2018(05)
■僕の闇は光より光る
++++
ピンポンとインターホンが鳴って、モニターを見る。合鍵を渡してるのにご丁寧に毎回俺の返事を待つ姿がとてもカワイイと思うけど、合鍵を渡してるんだからたまには勝手に上がってきてくれればいいのにと思う。
「いらっしゃい」
「宏樹さんこんにちは。食材が少なくなって来てたんでお買物して来ましたよ」
「ありがとう」
青敬の学部移転に伴って移り住んだ新しいマンションは、入居から2ヶ月弱ほどかな。大分俺の生活感も出てきたなと思う。前の狭くて少し暗いアパートも良かったけど、今の明るいマンションもそれはそれで悪くない。
さとちゃんと付き合い始めてからは大体1ヶ月。元々がさとちゃんの勉強の被験者だと思ってたし、これ以上さとちゃんに甘え過ぎるワケにもいかないなと思って黙って引っ越したんだけど、何か偶然また引き合っちゃって。
また偶然出会えたら。そんな都合のいいオカルトに仕立て上げたのは自分だから、きっちりと責任を取ることにした。それを抜きにしてもさとちゃんのいない生活がこんなに味気ないんだって、行方をくらませてた間に思い知らされたんだけどさ。
「でも、自分のことは大丈夫なの。勉強もサークルも忙しいんでしょ。バイトもだし」
「大丈夫ですよ。勉強はここでの研究も役に立ちますし、植物園ステージは2年生の子たちが中心になってやってくれてるので。私はいつも通り衣装作りをやるって感じで」
「ホント、よくやるよね」
「ここでコサージュを作ろうと思って材料も買って来ちゃいました」
「ちょっと、俺の部屋を内職小屋にしないでよ」
「ごめんなさい」
「ううん、嘘。いいよ、どんどん作って」
「ありがとうございます」
お互いの素性をちゃんと聞かないまま何となくお世話をしたりされたりしてたけど、付き合い始めてから改めて自己紹介をしたら、とんでもない事実が発覚したんだ。何と、さとちゃんは青女の放送サークルの子。それを知った瞬間即さっきーに挨拶のアポを入れたのは記憶に新しい。
青女でメンヘラ女が暴れてる、みたいな話は前々から有名だった。俺たちの学年ではインターフェイスに出る時に「三条詩愛とは関わるな」と言われたくらいだ。そのシーナさんの構ってちゃんな行動でさっきーやヒビキが困り顔をしているのはよく見ていたし、めんどくさい人なんだろうなとは。
その人が青女のサークル室に男を連れ込んで、穴という穴から男の体液を漏らし、自分も腕なんかの切れる場所を切って泡を吹いて倒れて救急車沙汰になったという噂も聞いている。その時を機にさっきーは変わったように思う。
それまでは「話し合いで解決出来るならその方がいいし、穏便にまとめたい」という考え方だった。今では「話し合いで解決出来るなら一度は試みるけど、通用しないならば力尽くで潰すことも厭わない」というスタンスだ。特に、かの件で後輩がトラウマを負ったことで、後輩には手を出させないという思いが強くなっていった。
……で、その件でトラウマを負った後輩というのがさとちゃんで、そのさとちゃんに手を出してしまったということになればそれはもう。インターフェイス経由で出会ってそのままさっきーの目の届くところで距離を縮めてたら良かったんだろうけど、経緯が経緯だけに。
「最近さっきーに会った?」
「図書館で会いましたよ。お元気そうでした。宏樹さんにくれぐれもよろしくと言付かってます」
「くれぐれもってところが怖いね」
「紗希先輩は特に私のことを心配してくれてましたから。でも、こないだ一緒にゴーストバスターズやアダムス・ファミリーを見たじゃないですか」
「そうだね」
「その話をしたら「おうちデートが楽しいんだね」って。思ってたよりも私が楽しそうで良かったと」
「“思ってたよりも”って何。俺はさとちゃんのことを第一に考えてるの。さっきーの心配はありがたいけど俺に任せて欲しいよね」
「じゃあ、そのように伝えて――」
「くれぐれもやんわりでお願いします」
「はい。今のところ、私が知っている人の中で宏樹さんより優しい男の人はいませんよ」
まあ、正直さとちゃんの実家のご両親への挨拶よりもさっきーに挨拶する方が怖かったしね。実家のご両親にも一応お付き合いさせてもらってますという風に挨拶はしてあるんだ。そしたら思った以上に温かく認めてもらえて挨拶はしてみる物だなと思いましたよね。妹のうたちゃんの壁はまだ破れてないんだけど。
「そう言えば、うたちゃんがお菓子を送ってくれたんですよ」
「うたちゃん進学で引っ越したんでしょ?」
「はい。宏樹さんにも食べられそうな感じだったんで持って来てみたんですけど、お茶にしませんか?」
「いいね。そうしよう」
アーモンドダックワーズとノンカフェインの紅茶でアフタヌーンティーを。机の上にはさとちゃんの作る花細工が散らばったまま。春みたいだね。あっ、春だった。
さとちゃんが来てくれることを前提に折り畳みテーブルや二人掛けソファを買ったりして、新しい生活にも慣れ始めてる。一応大学4年には進級するけど、卒業は半年遅れだから就活はまだもう少し先のこと。就活か。人生設計のことも考えなきゃいけないのかな。
「さとちゃん、お茶を済ませてもう少し花作ったらさ、散歩に行かない?」
「はい、いいですよ」
「特に目的のない、本当の散歩だよ」
「はい、いいと思います」
「それじゃあ、もう少しのんびりしてよっか」
end.
++++
思い出したように長さとの春のお話。今年度長野っち視点だけどあんまりやってなかったね。
長さとの話かと思いきや、主題は紗希ちゃんの闇なんだろうなあ。それに関しては新年度に続く!って感じで……
長野っちが真にうたちゃんに認められる日は来るのか! がんばえー
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ピンポンとインターホンが鳴って、モニターを見る。合鍵を渡してるのにご丁寧に毎回俺の返事を待つ姿がとてもカワイイと思うけど、合鍵を渡してるんだからたまには勝手に上がってきてくれればいいのにと思う。
「いらっしゃい」
「宏樹さんこんにちは。食材が少なくなって来てたんでお買物して来ましたよ」
「ありがとう」
青敬の学部移転に伴って移り住んだ新しいマンションは、入居から2ヶ月弱ほどかな。大分俺の生活感も出てきたなと思う。前の狭くて少し暗いアパートも良かったけど、今の明るいマンションもそれはそれで悪くない。
さとちゃんと付き合い始めてからは大体1ヶ月。元々がさとちゃんの勉強の被験者だと思ってたし、これ以上さとちゃんに甘え過ぎるワケにもいかないなと思って黙って引っ越したんだけど、何か偶然また引き合っちゃって。
また偶然出会えたら。そんな都合のいいオカルトに仕立て上げたのは自分だから、きっちりと責任を取ることにした。それを抜きにしてもさとちゃんのいない生活がこんなに味気ないんだって、行方をくらませてた間に思い知らされたんだけどさ。
「でも、自分のことは大丈夫なの。勉強もサークルも忙しいんでしょ。バイトもだし」
「大丈夫ですよ。勉強はここでの研究も役に立ちますし、植物園ステージは2年生の子たちが中心になってやってくれてるので。私はいつも通り衣装作りをやるって感じで」
「ホント、よくやるよね」
「ここでコサージュを作ろうと思って材料も買って来ちゃいました」
「ちょっと、俺の部屋を内職小屋にしないでよ」
「ごめんなさい」
「ううん、嘘。いいよ、どんどん作って」
「ありがとうございます」
お互いの素性をちゃんと聞かないまま何となくお世話をしたりされたりしてたけど、付き合い始めてから改めて自己紹介をしたら、とんでもない事実が発覚したんだ。何と、さとちゃんは青女の放送サークルの子。それを知った瞬間即さっきーに挨拶のアポを入れたのは記憶に新しい。
青女でメンヘラ女が暴れてる、みたいな話は前々から有名だった。俺たちの学年ではインターフェイスに出る時に「三条詩愛とは関わるな」と言われたくらいだ。そのシーナさんの構ってちゃんな行動でさっきーやヒビキが困り顔をしているのはよく見ていたし、めんどくさい人なんだろうなとは。
その人が青女のサークル室に男を連れ込んで、穴という穴から男の体液を漏らし、自分も腕なんかの切れる場所を切って泡を吹いて倒れて救急車沙汰になったという噂も聞いている。その時を機にさっきーは変わったように思う。
それまでは「話し合いで解決出来るならその方がいいし、穏便にまとめたい」という考え方だった。今では「話し合いで解決出来るなら一度は試みるけど、通用しないならば力尽くで潰すことも厭わない」というスタンスだ。特に、かの件で後輩がトラウマを負ったことで、後輩には手を出させないという思いが強くなっていった。
……で、その件でトラウマを負った後輩というのがさとちゃんで、そのさとちゃんに手を出してしまったということになればそれはもう。インターフェイス経由で出会ってそのままさっきーの目の届くところで距離を縮めてたら良かったんだろうけど、経緯が経緯だけに。
「最近さっきーに会った?」
「図書館で会いましたよ。お元気そうでした。宏樹さんにくれぐれもよろしくと言付かってます」
「くれぐれもってところが怖いね」
「紗希先輩は特に私のことを心配してくれてましたから。でも、こないだ一緒にゴーストバスターズやアダムス・ファミリーを見たじゃないですか」
「そうだね」
「その話をしたら「おうちデートが楽しいんだね」って。思ってたよりも私が楽しそうで良かったと」
「“思ってたよりも”って何。俺はさとちゃんのことを第一に考えてるの。さっきーの心配はありがたいけど俺に任せて欲しいよね」
「じゃあ、そのように伝えて――」
「くれぐれもやんわりでお願いします」
「はい。今のところ、私が知っている人の中で宏樹さんより優しい男の人はいませんよ」
まあ、正直さとちゃんの実家のご両親への挨拶よりもさっきーに挨拶する方が怖かったしね。実家のご両親にも一応お付き合いさせてもらってますという風に挨拶はしてあるんだ。そしたら思った以上に温かく認めてもらえて挨拶はしてみる物だなと思いましたよね。妹のうたちゃんの壁はまだ破れてないんだけど。
「そう言えば、うたちゃんがお菓子を送ってくれたんですよ」
「うたちゃん進学で引っ越したんでしょ?」
「はい。宏樹さんにも食べられそうな感じだったんで持って来てみたんですけど、お茶にしませんか?」
「いいね。そうしよう」
アーモンドダックワーズとノンカフェインの紅茶でアフタヌーンティーを。机の上にはさとちゃんの作る花細工が散らばったまま。春みたいだね。あっ、春だった。
さとちゃんが来てくれることを前提に折り畳みテーブルや二人掛けソファを買ったりして、新しい生活にも慣れ始めてる。一応大学4年には進級するけど、卒業は半年遅れだから就活はまだもう少し先のこと。就活か。人生設計のことも考えなきゃいけないのかな。
「さとちゃん、お茶を済ませてもう少し花作ったらさ、散歩に行かない?」
「はい、いいですよ」
「特に目的のない、本当の散歩だよ」
「はい、いいと思います」
「それじゃあ、もう少しのんびりしてよっか」
end.
++++
思い出したように長さとの春のお話。今年度長野っち視点だけどあんまりやってなかったね。
長さとの話かと思いきや、主題は紗希ちゃんの闇なんだろうなあ。それに関しては新年度に続く!って感じで……
長野っちが真にうたちゃんに認められる日は来るのか! がんばえー
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