2018(05)
■言葉はなくてもいいけれど
++++
「ちょっと福井ちゃん、メールが凄いわよ! これから4月が楽しみね~!」
「す、すごい……」
「そんなに来てるんすか」
「単純にいつもの2倍ね」
「2倍!?」
年度が変わった4月から、西海市のコミュニティラジオ局・FMにしうみでは新番組がスタートする。年度の変わり目はどこも番組編成期だから、これまでのやっている番組が終わったり、新しく番組が始まるのはよくあること。
今日はベティさんの番組の日だった。ベティさんはバーをやっている傍ら、週に一度番組を持っている。その他にもフリーペーパーで連載を持っている町の人気者。その番組のゲストとしてやってきたのが4月からの新番組でパーソナリティーを務めるBJ。
FMにしうみで新番組を持つことになると、そのパーソナリティーはベティさんの番組にゲスト出演するというのが登竜門となっている。言うならばこれは“番宣”というヤツで、BJに関してもその例に漏れることはなく。
「実際に今日だけでも数字になってるわよ。4月からどう番組を進めて行くかが問われるわね」
「そうっすね。ちなみに、どういう反響が来てるんすか?」
「4月から楽しみーとか、卒論頑張ってーとかいろいろあるわよ。高崎くん彼氏いますか……これは破棄しとくわ」
「彼氏彼女問わず恋人を作る気はないとは言っておきます」
「あら残念ねえ」
BJと恋愛の話題と聞いて思い浮かぶのが菜月の顔だけど……。一応、こんなことがあって、というような行事ごとの話は聞いているけどそれが恋愛に発展するかどうかはわからない。むしろ、発展するしないではなく関係のレベルを保っているように見える。どちらにしても、気になることには変わりない。
「……美奈、ンな目で見てもお前が思ってるようなことは何もねえからな」
「残念……」
「その件で言えばお前が一番怖いからな」
そもそも、生粋の星港市民で現在は緑ヶ丘大学のある豊葦市に住んでいるBJが何故片道1時間ほどはかかる西海で番組を持つのかというところに話は遡る。簡単に言えば卒論のフィールドワークなのだけれど……。
BJは「コミュニティラジオと双方向コミュニケーション」というテーマでの研究をしているらしく、良ければFMにしうみを紹介して欲しいと私に依頼があったのが3ヶ月ほど前のこと。番組サンプルを持って局の人にその話をすると、案外すんなりと受け入れてもらえて拍子抜けしたのも記憶に新しい。
それからはとんとん拍子に話が進み、4月から12月までの期間で1時間番組の枠を用意してもらえた。そして、どうせならフレッシュな番組にしようという局の意向でこの番組のディレクター作業は私が勤めることになって現在に至る。
「……一応、卒論のテーマに沿う必要は、あるかと……」
「コミュニティラジオを使った双方向コミュニケーションが成立するような、っつーことだな」
「そう……」
「それから、一応西海市のラジオだから、西海のことにもちょっと触れて欲しいわね」
「つってもほとんど来たことがないんすよね」
「あら、だったらリスナーさんから西海のオススメスポットを聞いてみたらいいんじゃないかしら。それで実際に足を運んでレポートにしてブログにアップ、からの~、番組でドーン! これよ! これよゆうちゃん!」
「……ネットとの相互活用……」
「それはそれで面白そうっすね。資料集めっつー点では俺も卒論のフィールドワークになりそうっすし。それはやってみたいっすね」
BJが自分の番組で検証・実践しようとしていること以外にも、コミュニティラジオの持つ役割を研究したいそうだ。年度が変わって落ち着いた頃には、災害の現場で使われたラジオ局のスタッフに話を聞こうとコンタクトを取っているとか。
「それはそうと、ゆうちゃんは大学のサークルでラジオをやってるじゃない? それだけでここまで上手にトークが出来るものなのねえ。元々弁が立つ方だったのかしら」
「どうですかね。サークルでは技術的な指導も確かにありましたけど」
「……BJは、FMむかいじまのコンテストで審査員特別賞を取っている……」
「大きな局のコンテストで賞をもらったのね、それは本当に凄いわよ」
「確かにそれだけ聞くと凄いことなのかもしれないんすけど、だからどうしたという気持ちもあって。別にラジオで飯を食うわけでもないっすし、コンテストにだって先輩に無理矢理引き摺られて行っただけで」
「あら、それで結果を出せるんだから勝負強いのね。それにラジオでご飯食べるワケじゃないって言うけど、仕事のためにわざわざアナウンス学校に通う人もいるんだから上手に自分の思いを伝えられることは悪いことじゃないわ。その上それが他の人からも認められてるんだから。言葉が無くても伝わる思いもはあるけど、どうせならあった方がいいわよ。人ならではのコミュニケーションの形じゃない、言葉って」
「ベティさん今のいただきます」
「どうぞ。フリー素材よ」
他のことには動じず、いつでも自分を信じて前に突き進んでいるという印象だったから、BJが少し弱気な発言をしたことに驚いた。でも、それは私が知らなかっただけでそれもBJという人の一面なのかもしれない。現に、徹からは“ガラスのハート”と呼ばれている。
そしてベティさんの言葉。言葉が無くても伝わる思いはあるけど、どうせならあった方がいい。言わなければ伝わらないことも確かにある。それを大切に心に秘めているだけでは……という意味で私の胸に突き刺さる。
「あら、もうすぐ11時半になるのね。お腹が空くわけだわ」
「今から帰って12時半……マジか……」
「明日に支障がないなら少し飲みましょうよ。ご飯もあるし。眠たくなったらそのままお店のソファで仮眠を取ればいいわ」
「じゃあ、そうします。腹も減りましたし」
「福井ちゃんもそうしましょう」
「ぜひ……」
end.
++++
高崎の卒論フィールドワークの話も年度を重ねるにつれそれっぽくなってきましたね
そして久々に聞いたガラスのハートよ。そういや初期の頃って言うか長編やってた頃はそんな風に言ってたわね
つか高崎は実家に帰って寝ればいいだけの話なのではおっとそれ以上言ってはいけないヤツだ
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「ちょっと福井ちゃん、メールが凄いわよ! これから4月が楽しみね~!」
「す、すごい……」
「そんなに来てるんすか」
「単純にいつもの2倍ね」
「2倍!?」
年度が変わった4月から、西海市のコミュニティラジオ局・FMにしうみでは新番組がスタートする。年度の変わり目はどこも番組編成期だから、これまでのやっている番組が終わったり、新しく番組が始まるのはよくあること。
今日はベティさんの番組の日だった。ベティさんはバーをやっている傍ら、週に一度番組を持っている。その他にもフリーペーパーで連載を持っている町の人気者。その番組のゲストとしてやってきたのが4月からの新番組でパーソナリティーを務めるBJ。
FMにしうみで新番組を持つことになると、そのパーソナリティーはベティさんの番組にゲスト出演するというのが登竜門となっている。言うならばこれは“番宣”というヤツで、BJに関してもその例に漏れることはなく。
「実際に今日だけでも数字になってるわよ。4月からどう番組を進めて行くかが問われるわね」
「そうっすね。ちなみに、どういう反響が来てるんすか?」
「4月から楽しみーとか、卒論頑張ってーとかいろいろあるわよ。高崎くん彼氏いますか……これは破棄しとくわ」
「彼氏彼女問わず恋人を作る気はないとは言っておきます」
「あら残念ねえ」
BJと恋愛の話題と聞いて思い浮かぶのが菜月の顔だけど……。一応、こんなことがあって、というような行事ごとの話は聞いているけどそれが恋愛に発展するかどうかはわからない。むしろ、発展するしないではなく関係のレベルを保っているように見える。どちらにしても、気になることには変わりない。
「……美奈、ンな目で見てもお前が思ってるようなことは何もねえからな」
「残念……」
「その件で言えばお前が一番怖いからな」
そもそも、生粋の星港市民で現在は緑ヶ丘大学のある豊葦市に住んでいるBJが何故片道1時間ほどはかかる西海で番組を持つのかというところに話は遡る。簡単に言えば卒論のフィールドワークなのだけれど……。
BJは「コミュニティラジオと双方向コミュニケーション」というテーマでの研究をしているらしく、良ければFMにしうみを紹介して欲しいと私に依頼があったのが3ヶ月ほど前のこと。番組サンプルを持って局の人にその話をすると、案外すんなりと受け入れてもらえて拍子抜けしたのも記憶に新しい。
それからはとんとん拍子に話が進み、4月から12月までの期間で1時間番組の枠を用意してもらえた。そして、どうせならフレッシュな番組にしようという局の意向でこの番組のディレクター作業は私が勤めることになって現在に至る。
「……一応、卒論のテーマに沿う必要は、あるかと……」
「コミュニティラジオを使った双方向コミュニケーションが成立するような、っつーことだな」
「そう……」
「それから、一応西海市のラジオだから、西海のことにもちょっと触れて欲しいわね」
「つってもほとんど来たことがないんすよね」
「あら、だったらリスナーさんから西海のオススメスポットを聞いてみたらいいんじゃないかしら。それで実際に足を運んでレポートにしてブログにアップ、からの~、番組でドーン! これよ! これよゆうちゃん!」
「……ネットとの相互活用……」
「それはそれで面白そうっすね。資料集めっつー点では俺も卒論のフィールドワークになりそうっすし。それはやってみたいっすね」
BJが自分の番組で検証・実践しようとしていること以外にも、コミュニティラジオの持つ役割を研究したいそうだ。年度が変わって落ち着いた頃には、災害の現場で使われたラジオ局のスタッフに話を聞こうとコンタクトを取っているとか。
「それはそうと、ゆうちゃんは大学のサークルでラジオをやってるじゃない? それだけでここまで上手にトークが出来るものなのねえ。元々弁が立つ方だったのかしら」
「どうですかね。サークルでは技術的な指導も確かにありましたけど」
「……BJは、FMむかいじまのコンテストで審査員特別賞を取っている……」
「大きな局のコンテストで賞をもらったのね、それは本当に凄いわよ」
「確かにそれだけ聞くと凄いことなのかもしれないんすけど、だからどうしたという気持ちもあって。別にラジオで飯を食うわけでもないっすし、コンテストにだって先輩に無理矢理引き摺られて行っただけで」
「あら、それで結果を出せるんだから勝負強いのね。それにラジオでご飯食べるワケじゃないって言うけど、仕事のためにわざわざアナウンス学校に通う人もいるんだから上手に自分の思いを伝えられることは悪いことじゃないわ。その上それが他の人からも認められてるんだから。言葉が無くても伝わる思いもはあるけど、どうせならあった方がいいわよ。人ならではのコミュニケーションの形じゃない、言葉って」
「ベティさん今のいただきます」
「どうぞ。フリー素材よ」
他のことには動じず、いつでも自分を信じて前に突き進んでいるという印象だったから、BJが少し弱気な発言をしたことに驚いた。でも、それは私が知らなかっただけでそれもBJという人の一面なのかもしれない。現に、徹からは“ガラスのハート”と呼ばれている。
そしてベティさんの言葉。言葉が無くても伝わる思いはあるけど、どうせならあった方がいい。言わなければ伝わらないことも確かにある。それを大切に心に秘めているだけでは……という意味で私の胸に突き刺さる。
「あら、もうすぐ11時半になるのね。お腹が空くわけだわ」
「今から帰って12時半……マジか……」
「明日に支障がないなら少し飲みましょうよ。ご飯もあるし。眠たくなったらそのままお店のソファで仮眠を取ればいいわ」
「じゃあ、そうします。腹も減りましたし」
「福井ちゃんもそうしましょう」
「ぜひ……」
end.
++++
高崎の卒論フィールドワークの話も年度を重ねるにつれそれっぽくなってきましたね
そして久々に聞いたガラスのハートよ。そういや初期の頃って言うか長編やってた頃はそんな風に言ってたわね
つか高崎は実家に帰って寝ればいいだけの話なのではおっとそれ以上言ってはいけないヤツだ
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