2018(05)

■再び立ち上がる条件

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「……はい! これでThe Cloudberry Funclubの新曲が3曲とも完成しましたー! ありがとうございました!」
「ったく、これ以上思い付きで人振り回すなよ、壮馬」
「悠哉君ごめんて」
「俺は春休みだからともかく拳悟と拓馬さんは普通に働いてんだぞ」
「まあまあ高崎、俺も楽しかったしさ。いいじゃない」
「拳悟、お前は甘すぎるんだ」

 壮馬の思い付きで唐突に制作することが決まったThe Cloudberry Funclubというバンドの新音源が無事に完成した。これをこれからどうこうするとは聞いてないし、完全に趣味の活動だったのだろう。
 TCFのオリジナルメンバーの俺と拳悟はともかく、サポートで入ってもらったベースの拓馬さんとキーボードの太一には壮馬とかいうクソ犬が振り回したい放題でメチャクチャ迷惑をかけまくったことだろう。
 現に、社会人の拳悟と拓馬さんは年度の変わり目で繁忙期に入っている。3月の美容院は入学・卒業シーズンで髪を整えたい奴が増えるそうだ。拓馬さんの勤務先の倉庫でも決算の季節とかで残業に次ぐ残業の日々だとか。

「楽しかったからはいオッケー、とかじゃなさそうな奴が1人いるんだよなあ。おーいソル、生きてるか」
「勝手に殺すな」
「でも、疲れから来る良さってのも多分あったんすよ! ベースの音がとにかくエロいんす!」
「喚くな壮馬」
「でも、大分しんどそうですね。大丈夫ですか?」
「終わった瞬間一気にキた。ちょっと休めば大丈夫だろ」

 壮馬からの終了宣言が出た瞬間、拓馬さんは糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。何でも、平日は毎日朝の8時から日付が変わるまで働いているらしい。そのほんのわずかな合間を縫ってこの活動に顔を出してもらっていたのだ。
 今日も拓馬さんにとっては貴重な休日で、本来なら次の1週間に向けて鋭気を養わなければならない時だ。にも関わらず休むどころか精力的に活動をさせているのだから、それ相応の対価じゃないけど、何か、こう。

「肉か……」

 揃った声に「ん?」と顔を見合わせた。太一だ。拓馬さんとは何かの知り合いらしく、拓馬さん相手にタメ口で喋れるとかいう謎な奴だ。だけど、こんな時の拓馬さんには肉を与えろというのはどうやら拓馬さん界隈での常識だったらしい。

「そうだ! 俺思ったんすけど、拓馬さんて元々ベースボーカルなんすよね! もしよかったら今回の曲の拓馬さんバージョンなんてのも聞きたいなーなんて」
「壮馬。お前なあ、これまでも散々協力してもらってんのにこれ以上無茶言うか?」
「ええー? だってこれを逃すともう聞けないじゃないすか。悠哉君、確かにこれは趣味の活動ではあるんすけど、音楽は俺が飯を食ってる大事なモンなんすよ。どうせやるなら突き詰めたくないすか? 拓馬さーん、お願いしまーす」

 座り込んでいる拓馬さんの周りで壮馬がちょこまかとしているのが怖くてしょうがねえ。確かに今じゃ堅気の人ではあるんだけど、俺の抱いてる最初の印象が星港を束ねた伝説のヤンキーだけに、キレられでもしたらっていう恐怖がどうも先に来ると言うか。

「条件がある」
「聞きます! 聞くっす!」
「1つ目が、この後焼肉を食いに行くこと」
「いいっすね焼肉~! なんなら俺が全員分奢りますよ!」
「2つ目が、コーラスにチータを置くこと。以上だ」
「うえええっ!? お前何言ってんの!?」
「いや、カバーなんだからそれくらいはするだろ」
「マジかよ~、いや、出来なくはないけど心の準備をしてなかったっつーかよ~」
「オフボーカルの音に声だけ入れる? それとも合わせる?」
「まあ合わせるだろ」

 条件が意外に緩かったのは疲れで拓馬さんも本能的な条件しか出せなかったのか、それともあまり深くは考えなかったのか。まあ、どちらにしてもその程度の条件なら今すぐにでも呑むと壮馬は乗り気だし、俺たちも再び各々の配置に着くのだ。
 壮馬ではないが、疲れから来る良さというのも強ちわからないでもないなという事柄はあるにはあった。スラップソウルはゴリゴリのロックとかメタルとか、とにかく激しい音だ。だけど今やってるTCFの新曲はシティポップやジャズ風の雰囲気もある音だ。
 どこかの野球選手だとかで、程よく疲れていた方が体に無駄な力が入らなくて投球がいい感じになるとか言ってた奴がいなかったかと思うが、今の拓馬さんのボーカルがまさにそんな感じなのだ。声の張り方もスラップソウルのそれとはまるで違う。

「すげー! これはこれでめっちゃいい! さすが拓馬さん大人っす! 太一君のコーラスもいーっすねー! オリジナルとは違うトコなぞってきましたもんね!」
「それほどでも~! ソーマお前わかってんな!」
「これで満足か」
「大満足っす! 改めてありがとうございました! で、焼肉っすよね!」
「壮馬、拓馬さんの言う焼肉がお前が思ってるみたいな平和的なモンじゃねえとは言っとくぞ」
「そうだぞ。ソルは自分の食い方を俺たちにも強制してくるからな。しかも量を食わない奴は迫害される世界だぞ」

 拓馬さんの焼肉はそれこそ本当に肉しか食わねえし、野菜や米、サイドメニューなんかを挟もうモンならそれは邪道だと言って止められるのだ。延々と肉だけを食っていなければならない耐久レース。

「京川サンとかいう変な院生でもない限り拓馬さん焼肉のルールからは逃れられねえしな……」
「きょうが……えっ、ユーヤお前キョージュのこと知ってんの」
「何だ、あの変な院生もお前の知り合いか」
「あ、いや、ちょっと。まあ知り合いだけど」
「ますますお前が謎だぜ。絶対ただの学生じゃねえだろ」
「俺自身は星ヶ丘で機械工学を勉強してる至って普通の学生でーす」

 壮馬はどこの店に行きますかなんてきゃいきゃいうるせえし、拳悟は拳悟でマイペースだ。拓馬さんはまだもうしばらくグロッキーだし太一は謎に包まれ過ぎている。寄せ集めのメンバーの割に音だけはそれなりの形になっちまったんだから何だかな。

「みんなー! 焼肉行くっすよー!」


end.


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塩見さんの繁忙期に伴いUSDXの方でもツミツミ動画がどうしたという話が月曜日辺りにありましたが、どうやらガチな様子。
そして高崎が塩見さんを恐れ過ぎだしカンDを怪訝な目で見ているのは相変わらず。こちらはこちらで犬の躾が忙しいようですね。
夏に焼肉行ってたなっていうのをギリギリになって思い出したんですよね。ちーちゃんと一緒にプロ氏と会ってたんでした

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