2018(05)
■せめてパブリックスペースは
++++
「それじゃあエージをリーダーに掃除の方よろしくお願いします」
「了解っす!」
機材の壁が築かれてごちゃっとしていたMBCCのサークル室から物が消えた。消えたと言うか、厳密には運び出したんだけど。事の発端は、エイジのくしゃみだった。
春は何気にいろいろ話し合うことが増える季節で、特別活動日を設けて1・2年生が集まってたんだ。しばらく人の出入りがなかったサークル室の空気が動き出して、いよいよ次の学年に向かっていくんだなあと思ったら。エイジがくしゃみを連発したんだ。
風邪か花粉症かなって思ったけど、どっちも違うって。くしゃみの原因は、溜まりに溜まった埃だったんだ。綺麗好きのL先輩がサークルの代表になったことで、この問題が想像よりも大きく取り上げられることになった。一度部屋の中をすっからかんにして掃除をしようという日が設けられましたよね。
「すごい、何もないね」
「感慨に耽ってる暇があればさっさとハタキかけろっていう」
「エージ、ハナは何しよう」
「とりあえず、イスとか机の脚の裏を拭いてもらえると助かるべ」
「はーいリーダー」
今日集まった1年生の中では俺が1番背が高いからという理由でハタキ係に任命された。パタパタと何となくハタキをかけてたらそうじゃないって怒られるんだもんなあ。L先輩は綺麗好きだから楽しそうに掃除をするけど、エイジは神経質なんだよね。ピリピリしながら掃除してるというか。
L先輩から特別に相談役に任命されたエイジとの間で会議をした結果、部屋から物を全部出すという方針で一致した。高く険しい壁を築いていた機材たちはミーティングルームに集められて、使える物と使えない物をミキサーの先輩たちが判定しているらしい。
MBCCはサークル柄、顧問として名前を借りている佐藤ゼミの佐藤先生から要らなくなった機材をお下がりでもらうことが多い。いつか使うかもしれないともらい続けた結果、使わない機材が場所を食っていた、と。
2年生の先輩たちの間で「それで場所ばかり食うのもどうなの」という話になり、インターフェイスの他大学さんに譲ったらどうだろうという結論に至ったとか。ただ、譲る前に「緑ヶ丘大学社会学部佐藤ゼミ」と書かれたシールは剥がさないとね、と。果林先輩はそのシール剥がしを買いに出かけている。
「俺も機材判定がよかったなあ」
「つべこべ言ってないで次はクイックル!」
「えっ、掃除機じゃなくて?」
「最初に掃除機なんかかけたらせっかく落とした埃がまた舞い上がるっていう」
「えー」
「お前は自分の部屋の掃除も出来ないんだからせめてサークル室の掃除くらいしろっていう!」
「パブリックスペースではちゃんとやってるよ、カロリーメイトの箱捨てるにも破ってから袋に入れてるし」
掃除の基本は床を空けること。次に棚。要らない物は容赦なく捨てなきゃいけないし、捨てた物は戻さないのが基本だそうだ。掃除の出来る人たちに言わせれば、整理するということと整頓するということはまた違うらしい。
俺は自分の部屋の掃除も何となく出来てればいいかなあと思ってたけど、エイジに言わせれば俺の掃除は掃除ではないし、整理とも整頓とも違うらしい。ただ物をちょちょっとずらして歩く場所を確保しただけに過ぎないとか。手厳しい。
「クイックルをかけ終わったら次は何するの?」
「そりゃお前、クイックルかけたら次は掃除機だべ」
「えっ、拭き掃除したのにまだやるの!? それに掃除機はL先輩の専用機じゃない」
「拭き掃除の後に掃除機は常識だべ」
「エイジのローカルルールじゃないのかなあ」
ちなみにエイジは棚の中にただ詰め込まれている物の仕分けをしている。要る物と要らない物に分けて、要らない物は容赦なく捨てるという係。1年しかサークルにいないのに大丈夫なのかってエイジ本人も心配になってL先輩に聞いたら「1年の間で見てない物は大体使わない」という返答があったそうだ。
MBCCの場合、大事な書類はジャンル別にファイリングされているし、MDストックや会計帳簿などの見るからに大事な物は俺たちでもわかる。これは使うのか使わないのかという微妙なラインの物を、先入観のないエイジにばっさりやってもらおうと思ったのかもしれない。
「エージ、脚の裏拭き終わったよー。次何するー?」
「そしたら1回ラグの様子見て来てもらっていいかっていう」
「はーい」
「あっハナ、布団叩き忘れてっべ!」
「いっけなーい、しょぼーん」
「エイジ、俺とハナちゃんで扱いに差があり過ぎない? ハナちゃんばっかり贔屓してる気がする」
「お前は監視してないとすーぐサボるからな。最低限のことが出来るか出来ないかっていう能力差がどんだけあるか理解してるか?」
「はーい、すみませーん」
「やる気ないだろっていう。壁もちゃんとクイックルしろっていう」
エイジの手元では、要らない物認定された物の墓場になってるゴミ袋がこんもりと膨らんでいた。俺の部屋はまだ物が少ないからこれだけ思い切った処分をされてないんだろうけど、エイジが本気を出したらこれくらいは朝飯前なのか……こわいこわい。
「エージ、ちょっとは進んだか?」
「あっ、L先輩。天井から床に向かってハタキかけてクイックルで拭いて、掃除機かけてるトコっす」
「うんうん、さすがエージは言わなくてもわかってる。今後は日常的な掃除をやりやすいように部屋をレイアウトしようと思ってるんだ。物を少なくすればその分凹凸も少なくなって、掃除機やコロコロがかけやすくなるだろ」
「L先輩さすがっす! 掃除をしやすい環境作りからっすよね!」
何がどうさすがなのかはわからないけど、綺麗好きや神経質な人にはわかる何かがあるんだろうなあ。自分の部屋でもここまで大掛かりな掃除なんてしたことないけど、サークル室だからまだ出来てるって感じかな。自分の部屋だったら別に埃が積もっても死なないしって先送りにしそう。
「ところでL先輩、要らなさそうな物を削ったら棚に結構余裕が出来そうなんすよね。この空きスペースどうします?」
end.
++++
MBCCの機材整理に関して、2年生が話し合う話などはやっていたと思うのですが、1年生サイドは初めてかな。
エイジをリーダーに掃除してたんだけど、確かこの件に関しては果林視点の話で「エージが鬼だったとはタカちゃん談」的な感じでサラッとやった程度。
でも確かにこの様子を見ているとLがエイジを信頼してお掃除リーダーに任命したのも納得ですわ
.
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「それじゃあエージをリーダーに掃除の方よろしくお願いします」
「了解っす!」
機材の壁が築かれてごちゃっとしていたMBCCのサークル室から物が消えた。消えたと言うか、厳密には運び出したんだけど。事の発端は、エイジのくしゃみだった。
春は何気にいろいろ話し合うことが増える季節で、特別活動日を設けて1・2年生が集まってたんだ。しばらく人の出入りがなかったサークル室の空気が動き出して、いよいよ次の学年に向かっていくんだなあと思ったら。エイジがくしゃみを連発したんだ。
風邪か花粉症かなって思ったけど、どっちも違うって。くしゃみの原因は、溜まりに溜まった埃だったんだ。綺麗好きのL先輩がサークルの代表になったことで、この問題が想像よりも大きく取り上げられることになった。一度部屋の中をすっからかんにして掃除をしようという日が設けられましたよね。
「すごい、何もないね」
「感慨に耽ってる暇があればさっさとハタキかけろっていう」
「エージ、ハナは何しよう」
「とりあえず、イスとか机の脚の裏を拭いてもらえると助かるべ」
「はーいリーダー」
今日集まった1年生の中では俺が1番背が高いからという理由でハタキ係に任命された。パタパタと何となくハタキをかけてたらそうじゃないって怒られるんだもんなあ。L先輩は綺麗好きだから楽しそうに掃除をするけど、エイジは神経質なんだよね。ピリピリしながら掃除してるというか。
L先輩から特別に相談役に任命されたエイジとの間で会議をした結果、部屋から物を全部出すという方針で一致した。高く険しい壁を築いていた機材たちはミーティングルームに集められて、使える物と使えない物をミキサーの先輩たちが判定しているらしい。
MBCCはサークル柄、顧問として名前を借りている佐藤ゼミの佐藤先生から要らなくなった機材をお下がりでもらうことが多い。いつか使うかもしれないともらい続けた結果、使わない機材が場所を食っていた、と。
2年生の先輩たちの間で「それで場所ばかり食うのもどうなの」という話になり、インターフェイスの他大学さんに譲ったらどうだろうという結論に至ったとか。ただ、譲る前に「緑ヶ丘大学社会学部佐藤ゼミ」と書かれたシールは剥がさないとね、と。果林先輩はそのシール剥がしを買いに出かけている。
「俺も機材判定がよかったなあ」
「つべこべ言ってないで次はクイックル!」
「えっ、掃除機じゃなくて?」
「最初に掃除機なんかかけたらせっかく落とした埃がまた舞い上がるっていう」
「えー」
「お前は自分の部屋の掃除も出来ないんだからせめてサークル室の掃除くらいしろっていう!」
「パブリックスペースではちゃんとやってるよ、カロリーメイトの箱捨てるにも破ってから袋に入れてるし」
掃除の基本は床を空けること。次に棚。要らない物は容赦なく捨てなきゃいけないし、捨てた物は戻さないのが基本だそうだ。掃除の出来る人たちに言わせれば、整理するということと整頓するということはまた違うらしい。
俺は自分の部屋の掃除も何となく出来てればいいかなあと思ってたけど、エイジに言わせれば俺の掃除は掃除ではないし、整理とも整頓とも違うらしい。ただ物をちょちょっとずらして歩く場所を確保しただけに過ぎないとか。手厳しい。
「クイックルをかけ終わったら次は何するの?」
「そりゃお前、クイックルかけたら次は掃除機だべ」
「えっ、拭き掃除したのにまだやるの!? それに掃除機はL先輩の専用機じゃない」
「拭き掃除の後に掃除機は常識だべ」
「エイジのローカルルールじゃないのかなあ」
ちなみにエイジは棚の中にただ詰め込まれている物の仕分けをしている。要る物と要らない物に分けて、要らない物は容赦なく捨てるという係。1年しかサークルにいないのに大丈夫なのかってエイジ本人も心配になってL先輩に聞いたら「1年の間で見てない物は大体使わない」という返答があったそうだ。
MBCCの場合、大事な書類はジャンル別にファイリングされているし、MDストックや会計帳簿などの見るからに大事な物は俺たちでもわかる。これは使うのか使わないのかという微妙なラインの物を、先入観のないエイジにばっさりやってもらおうと思ったのかもしれない。
「エージ、脚の裏拭き終わったよー。次何するー?」
「そしたら1回ラグの様子見て来てもらっていいかっていう」
「はーい」
「あっハナ、布団叩き忘れてっべ!」
「いっけなーい、しょぼーん」
「エイジ、俺とハナちゃんで扱いに差があり過ぎない? ハナちゃんばっかり贔屓してる気がする」
「お前は監視してないとすーぐサボるからな。最低限のことが出来るか出来ないかっていう能力差がどんだけあるか理解してるか?」
「はーい、すみませーん」
「やる気ないだろっていう。壁もちゃんとクイックルしろっていう」
エイジの手元では、要らない物認定された物の墓場になってるゴミ袋がこんもりと膨らんでいた。俺の部屋はまだ物が少ないからこれだけ思い切った処分をされてないんだろうけど、エイジが本気を出したらこれくらいは朝飯前なのか……こわいこわい。
「エージ、ちょっとは進んだか?」
「あっ、L先輩。天井から床に向かってハタキかけてクイックルで拭いて、掃除機かけてるトコっす」
「うんうん、さすがエージは言わなくてもわかってる。今後は日常的な掃除をやりやすいように部屋をレイアウトしようと思ってるんだ。物を少なくすればその分凹凸も少なくなって、掃除機やコロコロがかけやすくなるだろ」
「L先輩さすがっす! 掃除をしやすい環境作りからっすよね!」
何がどうさすがなのかはわからないけど、綺麗好きや神経質な人にはわかる何かがあるんだろうなあ。自分の部屋でもここまで大掛かりな掃除なんてしたことないけど、サークル室だからまだ出来てるって感じかな。自分の部屋だったら別に埃が積もっても死なないしって先送りにしそう。
「ところでL先輩、要らなさそうな物を削ったら棚に結構余裕が出来そうなんすよね。この空きスペースどうします?」
end.
++++
MBCCの機材整理に関して、2年生が話し合う話などはやっていたと思うのですが、1年生サイドは初めてかな。
エイジをリーダーに掃除してたんだけど、確かこの件に関しては果林視点の話で「エージが鬼だったとはタカちゃん談」的な感じでサラッとやった程度。
でも確かにこの様子を見ているとLがエイジを信頼してお掃除リーダーに任命したのも納得ですわ
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