2018(05)
■火は自らの手で消していく
++++
約束の午前9時、その10分前。ちょうど見越した通りにそのピンク色のマンションの前に到着。あとは時間きっかりに4階から降りて来るであろう奴を待ちつつ一服をするのだ。ここで注意すべきはかの女傑の存在だが、さすがにこの時期にもなると4年生はアパートを引き払っている。あの人に目撃される心配はないだろう。
足元には野良猫が何匹も歩いている。前々から思っていたが、この辺りは猫が多い。緑ヶ丘大学にも猫にまつわる都市伝説みたいなモンがあるし、もしかすると豊葦一帯がそうなのかもしれねえ。一匹の三毛猫が向かいの大きな家に向かって歩いて行く。
「おーい! ユーヤ!」
どこからか、多分俺を呼ぶ声がする。だが、前にも後ろにも人はいない。俺がきょろきょろと声のする方を探す中、おーいおーいと声は響く。ただ、気にはなったが深くは気にしなかったから、声の主がわからないならわからないなりにまあいいかと俺は一服の方を優先したんだ。
「おいユーヤ、お前俺のことわかっててガン無視してっだろ」
「あ? ああ、太一か。お前どっから出てきた。呼ばれたのはわかったけどどこからかがガチでわかんなかったんだ」
「ああ、そこから」
そう言って太一が指さしたのは、さっき猫が歩いて行った大きな一軒家だ。この菅野太一とは、最近音楽関係でちょこちょこ会うようになった。壮馬に付き合わされて録音してるThe Cloudberry Funclubの新曲だな、コイツはそのサポートキーボードだ。
「つかそこお前の家だったのか」
「いや、俺の家ではない。ユーヤさ、年末の音楽祭でサックス吹いてたおじさん覚えてる?」
「ああ、無駄に凄かったあの人だろ。そりゃ覚えてるに決まってるだろ」
「あのおじさんの家なんだよ。ちなみにあの人はサックスで飯食ってるガチな人だからな」
この家の家主、須賀誠司のライブを見ようと思えばジャズライブハウスで7000円から8000円は出さなきゃいけないクラスだそうだ。そりゃ家もデカいし車もJeepなワケだ。あの黄色いJeep、地味に気になってたんだよな。
「で、何でそのプロのサックス奏者の家からお前が出て来るんだ。お前の親父でもねえだろ」
「俺のバンドのドラムのスガがさ、あのおじさんの娘と付き合ってんだよ。あっ、その娘ってのも俺とは同じ部活の友達なんだけどさ。何かその縁で誠司さんが自宅に構えてるスタジオでお世話になってるっつーワケ。昨日も普通にCONTINUEの合わせだったからさ」
「ふーん。使える物は使え的な感じか」
「俺らが利用してるってよりは、誠司さんに飼われてるって方が正しいかもだけど。あっユーヤ、お前吸い殻どこでも捨てんなよ」
「捨てねえよ。俺はちゃんと携帯灰皿を持ってる。どこにでも捨てたら猫が誤飲して大変なことになるだろ。スモーカーとしてちゃんとその辺は弁えてる」
「真面目か! でも猫の心配が一番なところが意外に可愛いな」
「うるせえ。冷やかしならさっさと家に戻れ」
シッシッと太一にハウスを促せば、犬扱いすんじゃねーと吠え始めるものだからまるで子犬を手懐けているようだ。子犬と言えば、実家で新しく買い始めたミニチュアダックスフントのマリンとはまだ仲良くなれていない。アクアにも会いたいし、マリンとも仲良くなりたいから久々に実家に帰るか。
「太一くん、泰稚さんがそろそろ戻って来てって」
「あ、わりーわりー。ついうっかり立ち話が」
「あ」
「どうしたきらら」
「白のビッグスクーター……もしかしたら、お姉が見たっていうタンデムの」
太一を呼び戻しに家から出てきたマスクの女が何かにピンと来た瞬間、ピンクのマンションの方から人の気配がした。最上階に目をやれば、その部屋のドアが閉まった動きが見える。時間を確認すれば、午前9時ちょうどだ。さすがに今回は大爆発しなかったか。
「おい太一、呼ばれてんだろ。立ち話もいいけどさっさと戻ってやれよ。不義理な奴は嫌われるぞ」
「つか、緑大生のユーヤが向島大学のすぐそこの、しかも女子用マンションの前にいる理由をまだ聞いてないんだよなあ」
「大体において聞かれてねえしな」
「もしや女か!?」
「会うのは女で間違いないが、これから行われるのはひと月前に受けた義理を3倍にして返さなくちゃならねえっつー行事だ」
「あっ、やべ。ホワイトデーか。忘れてた」
「太一くん、いくら別れてるのが不思議な両想いでも、その辺はちゃんとしとかないと」
「今日中にちゃんとすればセーフ!」
ヤバいヤバいと言いながら太一は焦ったように家に戻っていく。マスクの女の方が俺に軽く会釈をして、俺もそれに応えたタイミングで菜月が階段からひょっこりと顔を出した。この感じだと、顔を出す機を窺ってたな。
「高崎、おはよう」
「よう菜月」
「お前、そこの家の人と知り合いなのか?」
「家の奴とは知り合いじゃないが、家に入り浸ってる奴とは音楽関係で最近ちょっと知り合って」
「音楽関係」
「話すと長くなる。ちゃんと聞きたいなら話すけど、今話すことではねえな」
「じゃあ、美味しい物でも食べながら聞かせてもらおうかな」
「はいはい。じゃ、行くぞ」
どこに行くかはちゃんと考えてないけど、あったかくなり始めたし多少なら探索ついでの回り道も出来るだろう。美味しい物というのが甘い物なのか、それともガッツリと食う飯なのかすらわからないが、多分どっちも食うことにはなるだろう。で、毎度のパターンで最終的には飲んでるヤツだ。
火を押し消してチラリと一軒家の方に目をやると、2階の窓から太一がこっちをガン見している。つか奴は普通に目力が強い。余計なことを誰彼構わず言い回ったらぶっ飛ばすぞ、の意味を込めて中指を一瞬突き立てた。
「そうだ、お土産もあるんだ。後で渡す」
「おっ、期待していいのか」
end.
++++
以前はお麻里様に帰ってきたところを目撃された高崎でしたが、今回は行くところをカンDに目撃されたのであった
それよか高崎とカンDの絡みが今年度っぽいですね。ある程度きゃいきゃい喋れてるってことは音楽方面での関係が良好なのね
きららがカンDを太一くんて呼ぶのが好きなので、それだけのために出させたと言っても過言ではない
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約束の午前9時、その10分前。ちょうど見越した通りにそのピンク色のマンションの前に到着。あとは時間きっかりに4階から降りて来るであろう奴を待ちつつ一服をするのだ。ここで注意すべきはかの女傑の存在だが、さすがにこの時期にもなると4年生はアパートを引き払っている。あの人に目撃される心配はないだろう。
足元には野良猫が何匹も歩いている。前々から思っていたが、この辺りは猫が多い。緑ヶ丘大学にも猫にまつわる都市伝説みたいなモンがあるし、もしかすると豊葦一帯がそうなのかもしれねえ。一匹の三毛猫が向かいの大きな家に向かって歩いて行く。
「おーい! ユーヤ!」
どこからか、多分俺を呼ぶ声がする。だが、前にも後ろにも人はいない。俺がきょろきょろと声のする方を探す中、おーいおーいと声は響く。ただ、気にはなったが深くは気にしなかったから、声の主がわからないならわからないなりにまあいいかと俺は一服の方を優先したんだ。
「おいユーヤ、お前俺のことわかっててガン無視してっだろ」
「あ? ああ、太一か。お前どっから出てきた。呼ばれたのはわかったけどどこからかがガチでわかんなかったんだ」
「ああ、そこから」
そう言って太一が指さしたのは、さっき猫が歩いて行った大きな一軒家だ。この菅野太一とは、最近音楽関係でちょこちょこ会うようになった。壮馬に付き合わされて録音してるThe Cloudberry Funclubの新曲だな、コイツはそのサポートキーボードだ。
「つかそこお前の家だったのか」
「いや、俺の家ではない。ユーヤさ、年末の音楽祭でサックス吹いてたおじさん覚えてる?」
「ああ、無駄に凄かったあの人だろ。そりゃ覚えてるに決まってるだろ」
「あのおじさんの家なんだよ。ちなみにあの人はサックスで飯食ってるガチな人だからな」
この家の家主、須賀誠司のライブを見ようと思えばジャズライブハウスで7000円から8000円は出さなきゃいけないクラスだそうだ。そりゃ家もデカいし車もJeepなワケだ。あの黄色いJeep、地味に気になってたんだよな。
「で、何でそのプロのサックス奏者の家からお前が出て来るんだ。お前の親父でもねえだろ」
「俺のバンドのドラムのスガがさ、あのおじさんの娘と付き合ってんだよ。あっ、その娘ってのも俺とは同じ部活の友達なんだけどさ。何かその縁で誠司さんが自宅に構えてるスタジオでお世話になってるっつーワケ。昨日も普通にCONTINUEの合わせだったからさ」
「ふーん。使える物は使え的な感じか」
「俺らが利用してるってよりは、誠司さんに飼われてるって方が正しいかもだけど。あっユーヤ、お前吸い殻どこでも捨てんなよ」
「捨てねえよ。俺はちゃんと携帯灰皿を持ってる。どこにでも捨てたら猫が誤飲して大変なことになるだろ。スモーカーとしてちゃんとその辺は弁えてる」
「真面目か! でも猫の心配が一番なところが意外に可愛いな」
「うるせえ。冷やかしならさっさと家に戻れ」
シッシッと太一にハウスを促せば、犬扱いすんじゃねーと吠え始めるものだからまるで子犬を手懐けているようだ。子犬と言えば、実家で新しく買い始めたミニチュアダックスフントのマリンとはまだ仲良くなれていない。アクアにも会いたいし、マリンとも仲良くなりたいから久々に実家に帰るか。
「太一くん、泰稚さんがそろそろ戻って来てって」
「あ、わりーわりー。ついうっかり立ち話が」
「あ」
「どうしたきらら」
「白のビッグスクーター……もしかしたら、お姉が見たっていうタンデムの」
太一を呼び戻しに家から出てきたマスクの女が何かにピンと来た瞬間、ピンクのマンションの方から人の気配がした。最上階に目をやれば、その部屋のドアが閉まった動きが見える。時間を確認すれば、午前9時ちょうどだ。さすがに今回は大爆発しなかったか。
「おい太一、呼ばれてんだろ。立ち話もいいけどさっさと戻ってやれよ。不義理な奴は嫌われるぞ」
「つか、緑大生のユーヤが向島大学のすぐそこの、しかも女子用マンションの前にいる理由をまだ聞いてないんだよなあ」
「大体において聞かれてねえしな」
「もしや女か!?」
「会うのは女で間違いないが、これから行われるのはひと月前に受けた義理を3倍にして返さなくちゃならねえっつー行事だ」
「あっ、やべ。ホワイトデーか。忘れてた」
「太一くん、いくら別れてるのが不思議な両想いでも、その辺はちゃんとしとかないと」
「今日中にちゃんとすればセーフ!」
ヤバいヤバいと言いながら太一は焦ったように家に戻っていく。マスクの女の方が俺に軽く会釈をして、俺もそれに応えたタイミングで菜月が階段からひょっこりと顔を出した。この感じだと、顔を出す機を窺ってたな。
「高崎、おはよう」
「よう菜月」
「お前、そこの家の人と知り合いなのか?」
「家の奴とは知り合いじゃないが、家に入り浸ってる奴とは音楽関係で最近ちょっと知り合って」
「音楽関係」
「話すと長くなる。ちゃんと聞きたいなら話すけど、今話すことではねえな」
「じゃあ、美味しい物でも食べながら聞かせてもらおうかな」
「はいはい。じゃ、行くぞ」
どこに行くかはちゃんと考えてないけど、あったかくなり始めたし多少なら探索ついでの回り道も出来るだろう。美味しい物というのが甘い物なのか、それともガッツリと食う飯なのかすらわからないが、多分どっちも食うことにはなるだろう。で、毎度のパターンで最終的には飲んでるヤツだ。
火を押し消してチラリと一軒家の方に目をやると、2階の窓から太一がこっちをガン見している。つか奴は普通に目力が強い。余計なことを誰彼構わず言い回ったらぶっ飛ばすぞ、の意味を込めて中指を一瞬突き立てた。
「そうだ、お土産もあるんだ。後で渡す」
「おっ、期待していいのか」
end.
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以前はお麻里様に帰ってきたところを目撃された高崎でしたが、今回は行くところをカンDに目撃されたのであった
それよか高崎とカンDの絡みが今年度っぽいですね。ある程度きゃいきゃい喋れてるってことは音楽方面での関係が良好なのね
きららがカンDを太一くんて呼ぶのが好きなので、それだけのために出させたと言っても過言ではない
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