2018(05)

■春の足音が焦らせる

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「ユキちゃん、やってる?」
「あっ、直クン先輩おはよーございまーす」
「はい、差し入れ」
「ありがとうございますー」

 5月にある植物園ステージに向けてABCは春休みから動き出していた。この植物園ステージは毎年2年生が中心になって計画してるんだけど、それはつまり1年生のうちから考えなきゃいけないということで。去年は啓子がステージの台本を書いてたんだけど、今年はユキちゃんがその役割に落ち着いたみたい。
 今の1年生はサドニナ、ユキちゃん、それからなっちゃんの3人がいる。この3人の中だとステージの台本を書けるのは多分ユキちゃんだろうなって。なっちゃんはミキサーだしまだABCに入ってからの日も浅い。サドニナは……多分台本を書くよりもそれをやる方が得意な感じだろうし。

「Kちゃん先輩から一通り教わりましたけど、台本書くのって難しいですね」
「そうだね。啓子でも毎回苦戦してたみたいだし、初めてだったら尚更だろうね」

 植物園ステージは主に子供を対象にしたイベントで、やっていること自体は毎年さほど変わりはない。だけど、年ごとに微妙に内容が変えたりするし、植物園の目玉になっている植物の紹介を入れたりもしている。
 子供を対象にすると言っても自分たちが子供ではないし、子供の間で何が流行っていて何をどうすれば掴めるのかということは知らない。そういうことを啓子も悩んでいた様子。子供文化の勉強をした方がいいのかな、とも言っていたね。

「ところで、ミドリと付き合い始めたって聞いたけど」
「えっ、もう先輩たちにも伝わっちゃってるんですかー!?」
「経緯が経緯だし伝わるのも早いと思うよ」
「それもそうですよねー。そうなんですよ、先週の土曜日に付き合うことになって」
「よかったね、おめでとう」
「ありがとうございますー」

 ミドリと付き合い始めたことをお祝いすると、ユキちゃんは控えめにはにかんだ。みんなの前で告白をしたっていうミドリの思い切りも凄いけど、それにちゃんと返すユキちゃんもなかなか凄いなあと思う。衆人環視じゃないけど、そんな状況だと話題を反らしたくてうやむやにしそうだし。
 沙都子も先月から青敬の長野先輩と付き合い始めた。インターフェイス経由での出会いではなかったし、お互いの素性はあまりちゃんとわかっていなかったけど、付き合い始めてから改めて自己紹介をしたらお互いびっくり。そんな感じだったって。長野先輩は紗希先輩にもちゃんと挨拶と報告を入れたとか。うん、気持ちはわかる。
 ABCではそういう恋愛のゴールインラッシュみたいな物が起こっているみたいだった。ヒビキ先輩こそ合コンに忙しそうだし紗希先輩はそういう感じでもないけど。そこで考え始めるのは自分のこと。沙都子とユキちゃんが羨ましいなあと。

「直クン先輩はその辺どうなんですかー、L先輩とはー」
「流れに任せるような感じなのかなあ。どうなんだろう」
「デートはしないんですか?」
「ユキちゃん、グイグイくるよね」
「それはほら、お互い様だと思うんですけど」
「そうでした」

 ユキちゃんのミドリに対する恋心を自覚させてしまったのがボクの不用意な一言だったということもあるし、ボク自身のこともユキちゃんからは突っ込まれていた。お互い定例会だからこそ見える物もあるんだよね。

「明日ホワイトデーじゃないですか、世間的には。デートとか」
「それはまるでユキちゃんがデートしますって言ってる風に聞こえるよ」
「実際会いますからね」
「付き合ってるのがみんなに知れ渡ってることの利点だよね。すごく堂々としてていいなあ」
「確かにこそこそしなくていいのはラクだなーって。って、直クン先輩の話ですよ」
「ボクも明日映画を見に行くことになってて」
「えー! いいじゃないですかー!」

 定例会の後でご飯を食べに行くのも変わらないし、それ以外にも買い物をしたり映画を見たりっていう風に会う機会がちょっと前より増えてるなとは思ってたんだ。別れ際には次はいつ会おうかって予定を合わせてるし。そうやって一緒にいる時間が増えていくと、だんだん想いを募らせている自分にも当然気付いていて。

「確かに、関係を変えたいなら自分が動かなきゃいけないなとは思ってるんだよ」
「兼ね合いが難しいところですよね」
「Lほどカッコいい人にいつまでも彼女が出来ないはずもないじゃない、ボクも一応は焦ってるんだよ」
「え、L先輩がカッコいい…? ちなみに、どの辺が……」
「定例会でもみんなの先頭に立ってインターフェイスをまとめようと頑張ってるのがまず一点。最近は意識もしっかりしてきて、変わったな、カッコいいなって。あとは、どんなことでもみんなの話を聞いた上で話をまとめようとするところとか。え、わかんない?」
「あたしにはさっぱり」
「スポーツも出来るし勉強の話も合うし、背も高いしオシャレだし笑顔が素敵じゃない」
「背の高さはともかく、直クン先輩の惚気にしか聞こえないんで明日にでも告白することをお勧めします」
「だから、ボクが一方的に好きなんじゃないかっていうのが怖いんだって、みんなと仲がいいし」

 それじゃあ何も動かないことは当然わかってるんだけど、怖いんだよなあ。だって男の人と付き合った経験なんてないし、自分から好きですって告白した経験もない。告白された経験はあるけど、それは全部女の子から。男の人とどう接したらいいのかも正直まだよくわかってない。

「ゴメンユキちゃん、台本の邪魔して」
「今は台本よりも直クン先輩の恋の方が大事ですよ!」
「台本もお願いね。大道具と小道具の兼ね合いもあるから」
「直クン先輩の成果報告を聞きながらじゃダメですか?」


end.


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結局恋バナに落ち着いてしまうのであった。でもこの時期だったらしょうがないか。さて、明日がL直のXデーとなるか
でも直クンがめっちゃ惚気てるな~…! 直クンから見たらLはカッコいいのか。そりゃ紗希ちゃんにも乙女って言われるワケですわ
そしてユキちゃんが完全に腹を括って開き直っているかのようにすら見える件。ミドユキはやっぱりユキちゃんの方が強そうですね

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