2018(05)
■新たなスタートラインから
++++
「はい、こんな感じです。これを踏まえて明日はやってみよう」
「ありがとうございましたー」
対策委員としての最後の行事、春の番組制作会が明日に迫っている。対策委員の会議の中で、そもそもインターフェイス形式のラジオに触れたことのない青女のわかばをどうするかという話が浮上していた。ちなみにDJネームは先日突貫で付けさせてもらった。さすがになっちというあだ名の流用はマズいもんな。
IF形式のラジオの基本すらやっていないのにいきなりダブルトークの練習なんて言われても戸惑うだろうし、誰かが教えなきゃなあという話になれば、視線を集めるのは俺なのだ。如何せん夏合宿の時に、初心者講習会に出ていないマリンとあやめにラジオの基礎を教えた前例がある。
そんなこんなで今日はわかばに対するガチ初心者講習と、夏合宿以来IF形式のラジオはご無沙汰なマリンとあやめの復習を兼ねた勉強会が向島大学で開かれていた。場所が辺鄙ではあるけど、俺が自由に使えるミキサーはここにしかない。でも、1年生がみんな文句も言わず来てくれてよかった。
「野坂先輩は本当に教えるのが上手で…!」
「でしょー? 私とあやめは夏合宿の時にお世話になってたですよ」
「です」
「安心と信頼の野坂先輩ブランドですよ」
「です」
わかばはラジオの基礎に触れるのは初めてとは言え、ステージの基礎があるからミキサーの操作自体に問題があるワケではなかった。ステージとラジオの違いを簡単に教えて、マリンの練習ついでにペアで練習してもらってみた。
もちろん座学の方も忘れずに。6月に菜月先輩からいただいた初心者講習会の講義内容をまとめたレジュメはすっかり使い倒されてシワシワだし、いくらか毛も生えた。一応わかばにもこれをコピーして渡してみたけど。わからないことがあれば学校で啓子さんに補足してもらってくださいとは。いや、ミキサーだし直クンか?
「野坂先輩が講師やるなら次の初心者講習会にも出てみたいですよ」
「ですね。野坂先輩、講習会の講師の話はまだ来てないんですか?」
「ひい…! 野坂先輩に講師をやってもらえるなんてそんな素敵な話…!」
「気が早い。俺の経験から言えば、初心者講習会の話が始まるのは学年が上がってからだし、講師を誰にしようって話し合うのも5月くらいからだから」
「えー。野坂先輩、講師やるですよ!」
「です!」
「定例会にその決定権はないだろ」
「じゃあわかばが対策委員の会議で提案するですよ!」
「です!」
「ひいっ……私が敢えて提案しなくても、野坂先輩なら自然に候補に挙がるかと……」
「それもそうです。愚問ですよ」
「です」
3人の間で話があれよあれよと進んでいるけど、俺が初心者講習会の講師? 冗談じゃない。今の2年はアナウンサーこそ講師候補は数えるくらいしかいないけど、ミキサーの多い学年だし選びたい放題じゃないか。そんな中で俺の名前が挙がるだなんて意味がわからない。
……いや、選びたい放題っていう話は今の3年生からアナウンサー講師の候補を挙げるときにも言ってたな。結果として選びたい放題じゃなくてどんどん候補が絞れて行ったっけ。今の2年生ミキサーもそんな感じで講師候補と呼べる程の人は数えるくらいしか残らないのかな。
「と言うか、3人とも俺を何だと思ってるんだ。そこまで言われるような凄いミキサーじゃないはずなんだけど」
「私はIF的にはアナウンサー、厳密にはプロデューサーなのでミキサーとしての野坂先輩の凄さはあまりわかりませんですけど、ラジオの活動をあまりやらない私たちがきちんと理解出来るように教えることが出来るっていうのは単純に凄みです」
「座学だけじゃなくて実践練習でも「なぜそうなるか」を教えてもらえるのはありがたいです」
「な、何より、野坂先輩がいるならっていう安心感があります……」
「いやいやいや待て待て待て、褒めても何も出ないぞ」
「私たちは事実を言っているですよ。次に野坂先輩の言いそうなことを先回りしますけど、先輩の先輩がどうこうじゃなくてこれは野坂先輩自身の強みなので誇るですよ」
「ガチで先回りしてるじゃないかマリン。人の特性を見るのはPの資質か何かか」
「宇部さんとつばめ先輩の次に私は野坂先輩に憧れてるですよ」
「わあ凄い! 野坂先輩、マリンがその2人の次にって大分凄いですよ!」
「ど、どうもありがとうございます……」
マリンに先回りされてしまったけど、俺のそれはあくまで菜月先輩からそうしてもらったことをそのまま同じようにしているだけの話だ。だけど、マリンの言うようにそれが俺自身の強みになっているとするならば。芯や軸として菜月先輩の存在を心に残しつつも、俺は自分の足で歩き始められているということなのだろうか。
ふと、缶蹴りの時の高崎先輩の言葉を思い出した。菜月先輩や圭斗先輩がいなくなったら、俺は自分の足で立てるのか。そして、俺の長所は存在しないのではなく認知していないだけ、どうせどうせと俺自身が押し込めている。昼放送最終回の菜月先輩からも、俺の長所だと言っていくつか挙げてもらった点があった。俺はそれを自分の物として認めてもいいのだろうか。
「……わかば」
「はい…!」
「対策の会議で初心者講習会の話になったら、教えて欲しいことをどんどん発言して欲しい。次の1年生の気持ちが一番わかるのはわかばだから。実は俺も少しは覚悟してるんだ、講師の話が来るんじゃないかって。その時に、何を教えて欲しいか明確にして持ってきてくれたら、日程の都合もあるだろうけど前向きには考えるから」
「ありがとうございます…!」
言ってしまったからには後戻りは出来ない。だけど、怯えて待っているよりは、そのつもりでいた方がずっと前向きに物事を考えられる。そして、日々学びのスタンスを忘れないでいられる。俺もまだまだミキサーとしては半人前。こーたや律と切磋琢磨する日々だ。
「さーて、いよいよ明日で対策委員も終わりだ」
「みんなが野坂先輩の遅刻を心配してますですよ」
「ですー」
「……啓子先輩が、野坂先輩がいなくても回るようにしないとって、忙しそうにしてました……」
「ああはい俺ってそういう扱いなんですねやっぱり!」
end.
++++
春の番組制作会を前に、ノサカがまーた1年生たちに簡易講習みたいなことをやってたみたいですね
さて、何気に今年度は2年生の年にしようと最初は思っていたのですが、今更ながらノサカの真面目な話だよ……
と言うかこの3人の中で何やらノサカの神格化?が始まっているようにも見えるぞ!
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「はい、こんな感じです。これを踏まえて明日はやってみよう」
「ありがとうございましたー」
対策委員としての最後の行事、春の番組制作会が明日に迫っている。対策委員の会議の中で、そもそもインターフェイス形式のラジオに触れたことのない青女のわかばをどうするかという話が浮上していた。ちなみにDJネームは先日突貫で付けさせてもらった。さすがになっちというあだ名の流用はマズいもんな。
IF形式のラジオの基本すらやっていないのにいきなりダブルトークの練習なんて言われても戸惑うだろうし、誰かが教えなきゃなあという話になれば、視線を集めるのは俺なのだ。如何せん夏合宿の時に、初心者講習会に出ていないマリンとあやめにラジオの基礎を教えた前例がある。
そんなこんなで今日はわかばに対するガチ初心者講習と、夏合宿以来IF形式のラジオはご無沙汰なマリンとあやめの復習を兼ねた勉強会が向島大学で開かれていた。場所が辺鄙ではあるけど、俺が自由に使えるミキサーはここにしかない。でも、1年生がみんな文句も言わず来てくれてよかった。
「野坂先輩は本当に教えるのが上手で…!」
「でしょー? 私とあやめは夏合宿の時にお世話になってたですよ」
「です」
「安心と信頼の野坂先輩ブランドですよ」
「です」
わかばはラジオの基礎に触れるのは初めてとは言え、ステージの基礎があるからミキサーの操作自体に問題があるワケではなかった。ステージとラジオの違いを簡単に教えて、マリンの練習ついでにペアで練習してもらってみた。
もちろん座学の方も忘れずに。6月に菜月先輩からいただいた初心者講習会の講義内容をまとめたレジュメはすっかり使い倒されてシワシワだし、いくらか毛も生えた。一応わかばにもこれをコピーして渡してみたけど。わからないことがあれば学校で啓子さんに補足してもらってくださいとは。いや、ミキサーだし直クンか?
「野坂先輩が講師やるなら次の初心者講習会にも出てみたいですよ」
「ですね。野坂先輩、講習会の講師の話はまだ来てないんですか?」
「ひい…! 野坂先輩に講師をやってもらえるなんてそんな素敵な話…!」
「気が早い。俺の経験から言えば、初心者講習会の話が始まるのは学年が上がってからだし、講師を誰にしようって話し合うのも5月くらいからだから」
「えー。野坂先輩、講師やるですよ!」
「です!」
「定例会にその決定権はないだろ」
「じゃあわかばが対策委員の会議で提案するですよ!」
「です!」
「ひいっ……私が敢えて提案しなくても、野坂先輩なら自然に候補に挙がるかと……」
「それもそうです。愚問ですよ」
「です」
3人の間で話があれよあれよと進んでいるけど、俺が初心者講習会の講師? 冗談じゃない。今の2年はアナウンサーこそ講師候補は数えるくらいしかいないけど、ミキサーの多い学年だし選びたい放題じゃないか。そんな中で俺の名前が挙がるだなんて意味がわからない。
……いや、選びたい放題っていう話は今の3年生からアナウンサー講師の候補を挙げるときにも言ってたな。結果として選びたい放題じゃなくてどんどん候補が絞れて行ったっけ。今の2年生ミキサーもそんな感じで講師候補と呼べる程の人は数えるくらいしか残らないのかな。
「と言うか、3人とも俺を何だと思ってるんだ。そこまで言われるような凄いミキサーじゃないはずなんだけど」
「私はIF的にはアナウンサー、厳密にはプロデューサーなのでミキサーとしての野坂先輩の凄さはあまりわかりませんですけど、ラジオの活動をあまりやらない私たちがきちんと理解出来るように教えることが出来るっていうのは単純に凄みです」
「座学だけじゃなくて実践練習でも「なぜそうなるか」を教えてもらえるのはありがたいです」
「な、何より、野坂先輩がいるならっていう安心感があります……」
「いやいやいや待て待て待て、褒めても何も出ないぞ」
「私たちは事実を言っているですよ。次に野坂先輩の言いそうなことを先回りしますけど、先輩の先輩がどうこうじゃなくてこれは野坂先輩自身の強みなので誇るですよ」
「ガチで先回りしてるじゃないかマリン。人の特性を見るのはPの資質か何かか」
「宇部さんとつばめ先輩の次に私は野坂先輩に憧れてるですよ」
「わあ凄い! 野坂先輩、マリンがその2人の次にって大分凄いですよ!」
「ど、どうもありがとうございます……」
マリンに先回りされてしまったけど、俺のそれはあくまで菜月先輩からそうしてもらったことをそのまま同じようにしているだけの話だ。だけど、マリンの言うようにそれが俺自身の強みになっているとするならば。芯や軸として菜月先輩の存在を心に残しつつも、俺は自分の足で歩き始められているということなのだろうか。
ふと、缶蹴りの時の高崎先輩の言葉を思い出した。菜月先輩や圭斗先輩がいなくなったら、俺は自分の足で立てるのか。そして、俺の長所は存在しないのではなく認知していないだけ、どうせどうせと俺自身が押し込めている。昼放送最終回の菜月先輩からも、俺の長所だと言っていくつか挙げてもらった点があった。俺はそれを自分の物として認めてもいいのだろうか。
「……わかば」
「はい…!」
「対策の会議で初心者講習会の話になったら、教えて欲しいことをどんどん発言して欲しい。次の1年生の気持ちが一番わかるのはわかばだから。実は俺も少しは覚悟してるんだ、講師の話が来るんじゃないかって。その時に、何を教えて欲しいか明確にして持ってきてくれたら、日程の都合もあるだろうけど前向きには考えるから」
「ありがとうございます…!」
言ってしまったからには後戻りは出来ない。だけど、怯えて待っているよりは、そのつもりでいた方がずっと前向きに物事を考えられる。そして、日々学びのスタンスを忘れないでいられる。俺もまだまだミキサーとしては半人前。こーたや律と切磋琢磨する日々だ。
「さーて、いよいよ明日で対策委員も終わりだ」
「みんなが野坂先輩の遅刻を心配してますですよ」
「ですー」
「……啓子先輩が、野坂先輩がいなくても回るようにしないとって、忙しそうにしてました……」
「ああはい俺ってそういう扱いなんですねやっぱり!」
end.
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春の番組制作会を前に、ノサカがまーた1年生たちに簡易講習みたいなことをやってたみたいですね
さて、何気に今年度は2年生の年にしようと最初は思っていたのですが、今更ながらノサカの真面目な話だよ……
と言うかこの3人の中で何やらノサカの神格化?が始まっているようにも見えるぞ!
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