2018(04)
■戦場での心構え
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「――という訳なんですけど、なかなかつばめ先輩に話を聞いてもらうところまで行けないんです」
ズズズと空になったグラスをさらにストローで吸いながら、浦和さんは嘆いている。相談に乗ってくださいですと呼び出された喫茶店で、彼女の現状を聞く。
放送部の代替わりで新たに部長となったのが宇部班のプロデューサー、柳井健太郎。部長は基本的に先の部長からの指名制で決められる。私の見る限り、日高と柳井が表立って絡んでいる場面はなかったと思うのだけど、水面下で接触していたのかしらね。
部長になってからの柳井は、まず班から私の色を消そうとしたそう。それから、私が秘匿している監査以外の幹部を集めて完全に自らの管理下に置いた。特に会計の長門は何から何まで柳井の言いなり。同学年にも関わらず敬語で話さないと窘められるのは何なのかしらね。
浦和さんはしばらく柳井のやり方を黙って見ていたそうだけど、そのうち我慢が出来なくなって班を飛び出した。それも、柳井に喧嘩を売って。仮にも部長に喧嘩を売ってしまえば、他の班への加入は難しくなる。彼女の行き場は流刑地と呼ばれた旧朝霞班……今の戸田班しかない。
元々戸田さんへの憧れが強い浦和さんだけに、戸田班への移籍はむしろ本望と言うか希望ですらある。だけど、移籍交渉をしようにも門前払いを食らうこと数知れず。どうにか戸田さんと交渉をするところまで行きたいのだけれど、というのが相談の内容。
「一応聞くけれど、下心はないのよね? 戸田さんとお近付きになりたいとか」
「お近付きにはなりたいですけどひた隠しにはしてるです」
「……本当に隠せてるのかしら」
「私は朝霞が何か吹き込んでるんじゃないかと疑ってるですよ」
「あら、何故かしら」
「練習とかであんなに怒鳴られてたのにひたすら要求に応えてたつばめ先輩ですよ、何かしら洗脳されてたに違いないです」
浦和さんは朝霞のことをとにかく敵視している。戸田さんに対する当たりが強すぎるというのがその主な理由。朝霞はステージに対する妥協をしないし、班員にもさせないというスタンスだった。その結果、確かに言い方が強くなることも多々あった。でも、私からすれば適正範囲かと。
「ところで浦和さん」
「はいです」
「今はステージのことを考えているかしら」
「とてもじゃないですけど考えられる状態にないです。所属班だって決まってないですよ。私はアナウンサーでプロデューサーです。つばめ先輩には喉から手が出るほど欲しいはずの人材です。それでも声がかからないのは何か裏があるに違いないです」
自分の思うように事が進まないと全部朝霞の所為になる、というのは私が現役の時によく見た光景。浦和さんにはあれと同じところまで落ちて欲しくはない。
それはともかく、浦和さんはアナウンサーでプロデューサー。ディレクターとミキサーしかいない戸田班にとって浦和さんはかなりオイシイ人材であることには間違いない。技術的にもある程度はやれるはず。きっと戸田さんなりの考えがあって交渉に入らないのだろうけど、浦和さんにも問題があるわね。
「現状ではステージのことは考えられないと言ったわね」
「はいです。まずは班に入らないと」
「ところで浦和さん、あなたが戸田さんの立場だったとして、弾のない銃を装備するかしら」
「弾のない銃、ですか?」
「私を班に入れるとこういうことが出来ますと見せつけるくらいのことはした?」
「してませんです」
「班に入ってから、ステージの直前になってからじゃ遅すぎるわ。あなたは悠長に構え過ぎてる。アナ兼Pだから拾われるだろうという驕りがあるんじゃないかしら」
「……あるかもしれません、です」
少し厳しく諭すと、浦和さんは肩を落としてしまった。これまでの、自分は戸田さんに拾われるはずだという自信も完全に失われてしまったようで、お先真っ暗。途方に暮れてしまっている様子。だけど、弾や引き出しはないより多い方がいいのは事実だから。
「あなたは認めたくないかもしれないけれど、朝霞のプロデューサーとしての能力はかなり高かったわ。場に合わせた構成力、類い稀な発想、そして独創性。班員への信頼と筆の速さは言うまでもないわね」
「……朝霞以上の物を書けば、つばめ先輩は私を班に入れてくれるですか」
「そうじゃないわよ浦和さん。ステージはどこを向くべき物だったかしら」
「現場で見てくれてる人です」
「そうでしょう。朝霞はそれを第一にしていたから班員にも一切妥協させなかった。その精神を受け継いだ戸田さんに、中途半端な気持ちで臨んだところで門前払いを食らうわけよ。仮にも彼女の右腕となりたいと言うならば、彼女と同等、あるいはそれ以上の覚悟を持ちなさい」
「……はいです」
技術はまだこれから伸ばせるけれど、気持ちの面が合わなければ同じ班で活動していくことは難しい。それも、流刑地と呼ばれる少人数の班では特に。まずは邪な心を改めて、朝霞以上の物を書こうとするのではなく朝霞以上に数を書くこと。弾を充填しなければ戦場には立てやしない。
「もう大丈夫ね、浦和さん」
「頑張りますです。お話を聞いてもらってありがとうございました」
「それから」
「はいです?」
「インターフェイスでもやっていくとするなら、ラジオドラマの台本を書けるようになっておく必要があるわ」
「宇部さんは書けるですか? 良ければ教えてもらっても」
「残念ながら、私は書いた経験がないの。過去3年間、放送部でラジオドラマを書いていたのはただ1人」
「それは誰です!?」
end.
++++
ここいらで戸田班とマリンとその周りの人の動きを少々見ていきましょう。
柳井に喧嘩を売って班を飛び出したマリンは、戸田班に入りたいアピールこそしていたようですが、なかなか上手いこといかなかったみたいですね。
そしてラジオドラマの書き方についての話ですね。多分ここを乗り越えれば、マリンも一皮むけるのかしらね
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「――という訳なんですけど、なかなかつばめ先輩に話を聞いてもらうところまで行けないんです」
ズズズと空になったグラスをさらにストローで吸いながら、浦和さんは嘆いている。相談に乗ってくださいですと呼び出された喫茶店で、彼女の現状を聞く。
放送部の代替わりで新たに部長となったのが宇部班のプロデューサー、柳井健太郎。部長は基本的に先の部長からの指名制で決められる。私の見る限り、日高と柳井が表立って絡んでいる場面はなかったと思うのだけど、水面下で接触していたのかしらね。
部長になってからの柳井は、まず班から私の色を消そうとしたそう。それから、私が秘匿している監査以外の幹部を集めて完全に自らの管理下に置いた。特に会計の長門は何から何まで柳井の言いなり。同学年にも関わらず敬語で話さないと窘められるのは何なのかしらね。
浦和さんはしばらく柳井のやり方を黙って見ていたそうだけど、そのうち我慢が出来なくなって班を飛び出した。それも、柳井に喧嘩を売って。仮にも部長に喧嘩を売ってしまえば、他の班への加入は難しくなる。彼女の行き場は流刑地と呼ばれた旧朝霞班……今の戸田班しかない。
元々戸田さんへの憧れが強い浦和さんだけに、戸田班への移籍はむしろ本望と言うか希望ですらある。だけど、移籍交渉をしようにも門前払いを食らうこと数知れず。どうにか戸田さんと交渉をするところまで行きたいのだけれど、というのが相談の内容。
「一応聞くけれど、下心はないのよね? 戸田さんとお近付きになりたいとか」
「お近付きにはなりたいですけどひた隠しにはしてるです」
「……本当に隠せてるのかしら」
「私は朝霞が何か吹き込んでるんじゃないかと疑ってるですよ」
「あら、何故かしら」
「練習とかであんなに怒鳴られてたのにひたすら要求に応えてたつばめ先輩ですよ、何かしら洗脳されてたに違いないです」
浦和さんは朝霞のことをとにかく敵視している。戸田さんに対する当たりが強すぎるというのがその主な理由。朝霞はステージに対する妥協をしないし、班員にもさせないというスタンスだった。その結果、確かに言い方が強くなることも多々あった。でも、私からすれば適正範囲かと。
「ところで浦和さん」
「はいです」
「今はステージのことを考えているかしら」
「とてもじゃないですけど考えられる状態にないです。所属班だって決まってないですよ。私はアナウンサーでプロデューサーです。つばめ先輩には喉から手が出るほど欲しいはずの人材です。それでも声がかからないのは何か裏があるに違いないです」
自分の思うように事が進まないと全部朝霞の所為になる、というのは私が現役の時によく見た光景。浦和さんにはあれと同じところまで落ちて欲しくはない。
それはともかく、浦和さんはアナウンサーでプロデューサー。ディレクターとミキサーしかいない戸田班にとって浦和さんはかなりオイシイ人材であることには間違いない。技術的にもある程度はやれるはず。きっと戸田さんなりの考えがあって交渉に入らないのだろうけど、浦和さんにも問題があるわね。
「現状ではステージのことは考えられないと言ったわね」
「はいです。まずは班に入らないと」
「ところで浦和さん、あなたが戸田さんの立場だったとして、弾のない銃を装備するかしら」
「弾のない銃、ですか?」
「私を班に入れるとこういうことが出来ますと見せつけるくらいのことはした?」
「してませんです」
「班に入ってから、ステージの直前になってからじゃ遅すぎるわ。あなたは悠長に構え過ぎてる。アナ兼Pだから拾われるだろうという驕りがあるんじゃないかしら」
「……あるかもしれません、です」
少し厳しく諭すと、浦和さんは肩を落としてしまった。これまでの、自分は戸田さんに拾われるはずだという自信も完全に失われてしまったようで、お先真っ暗。途方に暮れてしまっている様子。だけど、弾や引き出しはないより多い方がいいのは事実だから。
「あなたは認めたくないかもしれないけれど、朝霞のプロデューサーとしての能力はかなり高かったわ。場に合わせた構成力、類い稀な発想、そして独創性。班員への信頼と筆の速さは言うまでもないわね」
「……朝霞以上の物を書けば、つばめ先輩は私を班に入れてくれるですか」
「そうじゃないわよ浦和さん。ステージはどこを向くべき物だったかしら」
「現場で見てくれてる人です」
「そうでしょう。朝霞はそれを第一にしていたから班員にも一切妥協させなかった。その精神を受け継いだ戸田さんに、中途半端な気持ちで臨んだところで門前払いを食らうわけよ。仮にも彼女の右腕となりたいと言うならば、彼女と同等、あるいはそれ以上の覚悟を持ちなさい」
「……はいです」
技術はまだこれから伸ばせるけれど、気持ちの面が合わなければ同じ班で活動していくことは難しい。それも、流刑地と呼ばれる少人数の班では特に。まずは邪な心を改めて、朝霞以上の物を書こうとするのではなく朝霞以上に数を書くこと。弾を充填しなければ戦場には立てやしない。
「もう大丈夫ね、浦和さん」
「頑張りますです。お話を聞いてもらってありがとうございました」
「それから」
「はいです?」
「インターフェイスでもやっていくとするなら、ラジオドラマの台本を書けるようになっておく必要があるわ」
「宇部さんは書けるですか? 良ければ教えてもらっても」
「残念ながら、私は書いた経験がないの。過去3年間、放送部でラジオドラマを書いていたのはただ1人」
「それは誰です!?」
end.
++++
ここいらで戸田班とマリンとその周りの人の動きを少々見ていきましょう。
柳井に喧嘩を売って班を飛び出したマリンは、戸田班に入りたいアピールこそしていたようですが、なかなか上手いこといかなかったみたいですね。
そしてラジオドラマの書き方についての話ですね。多分ここを乗り越えれば、マリンも一皮むけるのかしらね
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