2018(04)

■Beyond the mountains

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 野暮用で久々にサークル棟に足を運ぶと、鍵の貸し出し帳簿にはノサカと名前があった。先客のいるらしいその部屋に向かうと、中からは音楽が聞こえて来る。どうやらミキサーらしく、それらしい作業をしているようだ。

「やあ、野坂。どうしたんだい」
「圭斗先輩! どうされたんですか!? ちなみに俺はMDストックのAD作業をしていました」
「ん、それはご苦労様。僕は卒コンについての調べものをしに来たんだよ」
「卒コンですか?」
「卒業式の後の飲み会だね。それと、卒業式で渡す贈り物の予算などだね」
「さすが圭斗先輩です…!」
「意味がわからないよ」

 何がどうさすがなのかは全く理解できないけど、野坂のあるあるなので深く気にしてはいけない。サークルの実権はりっちゃんたち2年生に移っているんだけど、卒業式関係のあれこれはやはり僕たちでやらなければならないだろう。
 過保護なような気がしないでもないけど、如何せんお麻里様の機嫌を損ねてはいけないので、僕が確実に履行しておきたい。ノウハウに関してはこれまでのことについてもきっと書記ノートに書かれてあるだろうし、これからのことに関しても書記ノートに残しておけばいいだろう。

「卒業式での贈り物と言いますと、菜月先輩と律以外が死ぬ例のヤツもありますか?」
「そうだね、菜月さんとりっちゃん以外には平等に死んでもらうことにはなるだろうね」
「うわああああ、今から無い語彙力をフル動員して麻里さんへのメッセージを捻り出さないといけないのか…!」
「村井おじちゃんのことも思い出してあげるんだよ」
「失礼ではありますが、村井さんに関しては多少ノリと勢いでバーッとやっても許されないかなと」
「間違いないね」

 MMPというサークルは筆不精の集まりでもあった。菜月さんとりっちゃんこそ書き物に関する作業が一通り得意で、あることないことを並べ立てたレポートで出席していない講義のA評価以上を軽く掻っ攫って行くとかいう特殊能力があったりもする。
 だけど残りのメンバーは書き物が非常に苦手だ。奈々は大丈夫にしても、4年生へのメッセージとなるとこれまでの絡みの数が少なすぎる……かと思ったけど、越谷さん関係でわちゃわちゃしてたから案外そうでもないのか。やっぱり不安要素は僕たちじゃないか。

「色紙のデザインは例によって菜月さんにお願いしているんだけど、僕たち筆不精が極力短い言葉で思いを乗せられるようなレイアウトにしてくれるそうだよ」
「さすが菜月先輩です…!」
「今のは正しい使い方だね」
「しかし、菜月先輩は緑風でどうしていらっしゃるのでしょうか……4年生追いコンが終わってからは連絡も取っていませんし、就活に悩まれている様子でもありましたのでお元気でいらっしゃるかどうか……」

 菜月さんのことを想うばかり、野坂がしょんぼりしている。何故だろう、クゥンと犬の鳴き声が聞こえたような気がするね。外にクララは歩いていないかな。それはそうと、ここまで来ると本格的に野坂が犬に見えて来るね。未だ来ぬ主人を待ち続ける忠犬。

「言っても菜月さんは自分から連絡をしてくるタイプではないし、気になるのならつついてみればいい」
「お忙しいでしょうに俺なんかに時間を割いていただくのも…! と言うか、圭斗先輩には菜月先輩からの私的な連絡が来たことがないのですか?」
「記憶の限り、数えるくらいしかないね。まさか、お前は基本菜月さんからの連絡を受ける方なのかい?」
「はい。追いコンの連絡など、よほど大事な用事でない限りは」
「遊ぶ約束なども基本は菜月さんからの連絡かな?」
「それは口約束のことも多いです。ああ…! 菜月先輩にぜひ一目お会いしたい…!」

 なるほど、会う頻度が異常なほどに高かったからこそでもあるのか。だけど、遊ぶ約束の話なんかをしてしまったからか、野坂がこれまでのことを思い出してはしょんぼりとしていてだんだんイライラしてきたよ。好きな女性に自分から攻めに行くくらいのことはしなくてどうするんだと。
 と言うか、菜月さん周りの男はどうにもこうにも受け身だとか消極的な奴が多くて嫌になるね! どこの高崎だとかどこの野坂だとは言わないけれども! たまーに場違いな三井とかいう勘違い男が攻めに行って財布としての働きを全うして帰って来るのは見るけれども。

「野坂君」
「はい」
「お前には山越えをする気概はないのかな?」
「山越え、と、言いますと」
「主人の帰りをただ待つのかい? それはナンセンスだね」
「圭斗先輩は、俺に北へ向かえと仰るのですね」
「せっかくの春休みだし、僕も旅行がしたいね。そうだ野坂君、男2人水入らずで緑風旅行なんてどうかな?」
「よ、喜んでお供します!」
「それじゃあ宿を取るよ。お、ちょうどいい宿があるよ。2泊で1人1万か」

 ついでだし、卒業式で先輩方に渡す色紙を受け取って来よう。それで、菜月さんが帰ってくるまでの間に臨時サークルを開催してりっちゃん以外のメンバーには平等に死んでもらうことにしよう。

「ん、そしたら菜月さんに色紙の納期を伝えよう。野坂、ちなみに3月4日から6日までの2泊3日の日程で行くからね。そのつもりでいてくれよ」
「わかりました! はっ…! 3月5日跨ぎ…!?」


end.


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安定のノサ犬である。今年はどうやら菜月さんが大量に置いて行った音源のAD作業をするという仕事をまだ少し積んでいる様子。
圭斗さんは不測の事態と言うか、間違いがないように4年生関係の仕事は自分が引き受けているようですね。お麻里様が怖いのよ
そして圭斗さんが攻めに行かない男たちにぷんすこしているよ。それでも基本はノサカ派なのでアシストはする様子。

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