2018(04)
■オトナの音を奏でたい
++++
「悠哉君! 悠哉くーん! おーい、悠哉君? ゆ、う、や、くーん」
買い物から帰ってきたら、俺の部屋の前ではギターを背負った見覚えのある野郎がインターホンを連打していた。と言うか、年末と違って今は周りがみんな帰省しているワケでもないのにあまり騒がしくするなと強く思う。
俺が特別気配を消すまでもなく、奴が騒がしいおかげで背後まで迫っていることには気付かれていないようだ。ちょうどいいところにある太腿に軽く蹴りを入れてやる。パシッとデニムが乾いた音を立てた。
「人ン家の前で何やってやがんだ、この野郎」
「痛い!」
「手加減してんのに痛いワケがねえだろ。やめろ、近所迷惑だ」
「悠哉君どこ行ってたんすかー!」
「買い物だ。壮馬てめェ何しに来やがった」
「悠哉君に会いたかったんすよ」
「なら呼び出せばいいだろ。わざわざ来るな。俺は部屋に他人を入れない主義だ」
「他人って~! メンバーじゃないすか~!」
「あ? てめェはトリプルメソッドだろ」
「TCFも解散はしてないっす!」
今日はガチで部屋に入れるつもりはないから、買い物した物だけ置いて外に出る。その間も壮馬は部屋に入れろと喚いているけど、ガチのマジで今日は部屋に入れない。奴を無理矢理二輪の後ろに乗せ、ヘルメットを被せる。
坂を下ってちょっと行ったところにコーヒーショップがある。果林がバイトをしているガソリンスタンドとの併設店だ。チェーン店だし、多少の長居は出来るだろう。適当な席に陣取って、用事とやらを聞いてやる。
「で、用件はなんだ」
「年末のアレがすっごい楽しかったんで、TCFで音源録りたいなって思ったんすよ」
「は?」
その昔組んでいたThe Cloudberry Funclubというバンドは自然消滅状態だったが、去年の年末に巻き込まれて参加したライブイベントでその名前は久々に日の目を見ることとなった。とは言っても実際にTCFとして曲をやったワケではなく、TCFの曲を他の奴がやっていたのだが。
シャッフルバンド音楽祭というそのイベントの存在を知った壮馬は、正式な参加者ではないにも関わらず突如乱入して来やがった。それで適当に音を掻き鳴らして場を荒らし回った。荒らし回ると言っても、悪い意味ではない。
今ではトリプルメソッドというバンドで一般に流通する音源まで出した壮馬が、今更自然消滅した、仮に息を吹き返したとしても虫の息に過ぎないバンドで音源を録りたいと言い出したその意味がわからない。いや、単純に趣味なのか?
「で、トラックが一応あって」
「この話をするためだけに作ったのか」
「そうなんすよ。だって、粗方話の筋をしっかりしとかないと悠哉君聞いてくれないじゃないすか」
「まあ、一応聞くけど」
音源を確認していくと、トリプルメソッドとは確かにちょっと違う感じのサウンドになっている。トリプルメソッドがゴリゴリのロックだとすれば、この新しいトラックはシティポップやジャズっぽい雰囲気もちょっとある。
「いい音じゃねえか」
「でしょ!?」
「トリメソでやりゃいいんじゃねえのか」
「聞いたらわかると思うんすけど、トリメソとはちょっと違うじゃないすか。で、俺もちょっと大人になったっすし、悠哉君たちはもっと大人じゃないすか」
「そんなモン、歳だけじゃねえか」
「でも、いろんなことがやれるっていうのは年末に証明済みっすよね。マジで! 俺の一生のお願いっす!」
「で、百歩譲ってやるとしても、ちゃんとメンバー全員の了解は取ってんのか」
「正悟君がやっぱり忙しいみたいなんすよね。拳悟君はオッケーっつってたっす」
「だよな。あと、お前が作って来たこのトラックみたいにやるとするならピアノ弾ける奴が要るんじゃねえのか。まあ、打ち込みでもいいのか」
「それなんすよ! サポートのベースとキーボードが欲しいんすよ! それから、この曲の歌詞は悠哉君に書いて欲しいなーって」
「ふざけんな」
「もっとワガママ言うなら悠哉君もボーカルやって欲しいっす」
「いい加減にしろ」
黙って聞いてやればマジでワガママ放題じゃねえか。いくらコイツがTCFの末っ子で~とか言って権利を主張しようとしてもこればっかりは許すワケにはいかねえ。一生のお願いとやらをここでいくつも許せば今後が大変なことになるのは目に見えている。
壮馬との攻防は続いていた。壮馬はどうしてこういうことをやりたいのか、そしてどうして俺に詞を書かせたいのかということを熱だけで押すプレゼンを続けてくる。文脈も理屈もメチャクチャだけど、確かに熱意と誠意だけはちゃんとしてやがるのだ。
「そこまで言うからにはやってやる。ただ、俺も就活やラジオが始まるからそう長い期間は取れねえ。お前に付き合えるのは年度末までだ」
「あざっす! お願いします!」
「ったく。これっきりだぞ」
「あ、それでですね悠哉君」
「あ?」
「サポートベースなんすけど、あの人とツテないすか? 年末のライブにいた銀髪の背デカいあの人。あそこで聞いてマジカッコいいなって思ってー」
「拓馬さんかー……ツテがないことはないけど、あの人は俺以上に口説くの難しいぞ」
「よーし、じゃあさっそくお願いしに行きましょう!」
「いや、マジかよ! つかあの人普通に社会人だから忙しいだろ」
end.
++++
年末頃にチラッと出てきたTCFの末っ子が再登場。高崎と音楽をさらに結び付けるという意味では今年度らしいかも。
壮馬がとことん末っ子と言うか後輩気質。年上のメンバーは君付けだし「~なんすよ」ってな感じの喋り方だしで。体も大きいイメージ。
と言うかサポートベースw まさかそこ狙いに行くかw いや、それはともかく今インフルで寝込んでるはずっすよ
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「悠哉君! 悠哉くーん! おーい、悠哉君? ゆ、う、や、くーん」
買い物から帰ってきたら、俺の部屋の前ではギターを背負った見覚えのある野郎がインターホンを連打していた。と言うか、年末と違って今は周りがみんな帰省しているワケでもないのにあまり騒がしくするなと強く思う。
俺が特別気配を消すまでもなく、奴が騒がしいおかげで背後まで迫っていることには気付かれていないようだ。ちょうどいいところにある太腿に軽く蹴りを入れてやる。パシッとデニムが乾いた音を立てた。
「人ン家の前で何やってやがんだ、この野郎」
「痛い!」
「手加減してんのに痛いワケがねえだろ。やめろ、近所迷惑だ」
「悠哉君どこ行ってたんすかー!」
「買い物だ。壮馬てめェ何しに来やがった」
「悠哉君に会いたかったんすよ」
「なら呼び出せばいいだろ。わざわざ来るな。俺は部屋に他人を入れない主義だ」
「他人って~! メンバーじゃないすか~!」
「あ? てめェはトリプルメソッドだろ」
「TCFも解散はしてないっす!」
今日はガチで部屋に入れるつもりはないから、買い物した物だけ置いて外に出る。その間も壮馬は部屋に入れろと喚いているけど、ガチのマジで今日は部屋に入れない。奴を無理矢理二輪の後ろに乗せ、ヘルメットを被せる。
坂を下ってちょっと行ったところにコーヒーショップがある。果林がバイトをしているガソリンスタンドとの併設店だ。チェーン店だし、多少の長居は出来るだろう。適当な席に陣取って、用事とやらを聞いてやる。
「で、用件はなんだ」
「年末のアレがすっごい楽しかったんで、TCFで音源録りたいなって思ったんすよ」
「は?」
その昔組んでいたThe Cloudberry Funclubというバンドは自然消滅状態だったが、去年の年末に巻き込まれて参加したライブイベントでその名前は久々に日の目を見ることとなった。とは言っても実際にTCFとして曲をやったワケではなく、TCFの曲を他の奴がやっていたのだが。
シャッフルバンド音楽祭というそのイベントの存在を知った壮馬は、正式な参加者ではないにも関わらず突如乱入して来やがった。それで適当に音を掻き鳴らして場を荒らし回った。荒らし回ると言っても、悪い意味ではない。
今ではトリプルメソッドというバンドで一般に流通する音源まで出した壮馬が、今更自然消滅した、仮に息を吹き返したとしても虫の息に過ぎないバンドで音源を録りたいと言い出したその意味がわからない。いや、単純に趣味なのか?
「で、トラックが一応あって」
「この話をするためだけに作ったのか」
「そうなんすよ。だって、粗方話の筋をしっかりしとかないと悠哉君聞いてくれないじゃないすか」
「まあ、一応聞くけど」
音源を確認していくと、トリプルメソッドとは確かにちょっと違う感じのサウンドになっている。トリプルメソッドがゴリゴリのロックだとすれば、この新しいトラックはシティポップやジャズっぽい雰囲気もちょっとある。
「いい音じゃねえか」
「でしょ!?」
「トリメソでやりゃいいんじゃねえのか」
「聞いたらわかると思うんすけど、トリメソとはちょっと違うじゃないすか。で、俺もちょっと大人になったっすし、悠哉君たちはもっと大人じゃないすか」
「そんなモン、歳だけじゃねえか」
「でも、いろんなことがやれるっていうのは年末に証明済みっすよね。マジで! 俺の一生のお願いっす!」
「で、百歩譲ってやるとしても、ちゃんとメンバー全員の了解は取ってんのか」
「正悟君がやっぱり忙しいみたいなんすよね。拳悟君はオッケーっつってたっす」
「だよな。あと、お前が作って来たこのトラックみたいにやるとするならピアノ弾ける奴が要るんじゃねえのか。まあ、打ち込みでもいいのか」
「それなんすよ! サポートのベースとキーボードが欲しいんすよ! それから、この曲の歌詞は悠哉君に書いて欲しいなーって」
「ふざけんな」
「もっとワガママ言うなら悠哉君もボーカルやって欲しいっす」
「いい加減にしろ」
黙って聞いてやればマジでワガママ放題じゃねえか。いくらコイツがTCFの末っ子で~とか言って権利を主張しようとしてもこればっかりは許すワケにはいかねえ。一生のお願いとやらをここでいくつも許せば今後が大変なことになるのは目に見えている。
壮馬との攻防は続いていた。壮馬はどうしてこういうことをやりたいのか、そしてどうして俺に詞を書かせたいのかということを熱だけで押すプレゼンを続けてくる。文脈も理屈もメチャクチャだけど、確かに熱意と誠意だけはちゃんとしてやがるのだ。
「そこまで言うからにはやってやる。ただ、俺も就活やラジオが始まるからそう長い期間は取れねえ。お前に付き合えるのは年度末までだ」
「あざっす! お願いします!」
「ったく。これっきりだぞ」
「あ、それでですね悠哉君」
「あ?」
「サポートベースなんすけど、あの人とツテないすか? 年末のライブにいた銀髪の背デカいあの人。あそこで聞いてマジカッコいいなって思ってー」
「拓馬さんかー……ツテがないことはないけど、あの人は俺以上に口説くの難しいぞ」
「よーし、じゃあさっそくお願いしに行きましょう!」
「いや、マジかよ! つかあの人普通に社会人だから忙しいだろ」
end.
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年末頃にチラッと出てきたTCFの末っ子が再登場。高崎と音楽をさらに結び付けるという意味では今年度らしいかも。
壮馬がとことん末っ子と言うか後輩気質。年上のメンバーは君付けだし「~なんすよ」ってな感じの喋り方だしで。体も大きいイメージ。
と言うかサポートベースw まさかそこ狙いに行くかw いや、それはともかく今インフルで寝込んでるはずっすよ
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