2018(04)

■侵攻を耐える12時間

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「……えっ…? 大丈夫…? そう……ううん、それは、気にしないで……うん、はい、お大事に……」

 バイト後、ベティさんのお店に立ち寄って一息していたときのこと。リンから電話がかかって来た。電話だなんて珍しいこともあるなと思っていたら、明日の約束をまた後日にして欲しいという内容だった。どうやら、リンはインフルエンザに罹ってしまったと。
 インフルエンザにかかると、私たちの周りではまず徹が厳戒態勢に入る。妹の沙也ちゃんが受験生だから、ウイルスを持ち帰らないようにしている。だけど、今年は徹も沙也ちゃんも同時にインフルエンザに罹っているし、これまでよりはうるさくないかもしれないけれど……。
 明日は一緒に食事に行く約束をしていたのだけど、インフルエンザなら当分外に出ることは出来ないし、それは仕方ないこと。この約束はまた後日埋め合わせるからと気遣ってくれたけど、本当に、私のことより自分の体を気遣ってほしい。

「福井ちゃん、残念そうね」
「……リンが、インフルエンザに罹ったって……」
「あら、それは大変ね。まだまだ流行ってるし、気を付けなきゃいけないわね」
「本当に……」

 そんなことを話しているとカランカランと店のドアベルが鳴り、ハルちゃーんとあずさの声がする。あずさはカウンターに私の姿を見つけると、迷わずに私の横に陣取って来る。美奈ちゃんこんばんは、と。今日もあずさは元気そう。

「おい伏見、あまり逸るな」
「朝霞クンがのんびりさんなのでは」
「お前が無駄にはしゃいでるだけだ。ああ、ミーナ。来てたんだ」
「……ロイ」

 どうやらあずさはロイと一緒の様子。デートとかそういうのではなかったようだけど、あずさは映研の脚本を書いていたとか。それをロイが自分のレポートを書きながら見守ってくれていたそうで。ただ、ロイのそれは見守るという言葉のニュアンス以上にスパルタなのだけど。

「ハルちゃん、あたしモスコミュールで」
「はいはい。カオルちゃんはどうする? いつも通りシャンディガフかしら」
「あ、えっと……水ってありますか」
「あら、どうしたの」
「朝霞クン、節約?」
「ちげーよ」

 星港市内に住むロイが西海市駅前にあるこの店に来ると、飲食代よりも交通費の方が痛手になるそうだ。片道で1000円を超えて来るから、ここによく来るようになってからはアルバイトの頻度も上がっているそうだし、節約にも忙しいとか。

「ちょっと、体が熱くて。まず冷ましたいと言うか」
「……ロイ、大丈夫…? もしかして、ロイもインフルじゃ……」
「あー、そういやリン君インフルになっちゃったよね」
「聞いてたの…?」
「うん、LINEで。B型だって」
「あ、B型……」

 そこで、多数派とも言えるA型じゃない辺りがリンらしいなと思うのだけれど、そんなことより冷たい氷水を煽っているロイだ。カウンターに座ったまでは良かったけれど、時間を追うにつれて様子が変わってきている気がする。
 体が熱いというのがまずこの時期としては疑わしい症状で。あずさも心配そうにロイの顔を覗き込んでいるけれど、それを振り払う様子がまた気怠そう。そもそも、店に入ってきた時点であずさのペースについて行けていなさそうだった。
 もしも、ロイも体調が悪かったとして、今ここに来るまでは書き物をしていることで症状に気付いていなかっただけだとするならば。ロイだけに十分あり得る話ではある。お酒ではなく水を欲する辺りがまずいつもとは違う点で。

「……一応」
「ありがとうございます。……サイズ合わないけど」
「……応急処置の体……」
「何かすごいアロマなマスクだな」

 小さめサイズのマスクを一応渡したけど、少々サイズ感が合わない様子。サイズの合わないマスクと、今更それに意味はあるのかと問われればわからないけれど、しないよりはマシだろうから。

「けほっけほっ」
「朝霞クンホントに大丈夫?」
「しんどくなってきた」
「病院行かなきゃ! えっ、インフルじゃないよね!?」
「……仮にインフルだとしても、発症から12時間ほど経たないと陽性反応が出にくい……」
「あ、そっか。何か聞いたことある」
「今日は日曜日で、しかも夜……様子が見られるようであれば、明日の朝になってからの方が早いかもしれない……」
「ちょっと、来たばっかで、しかも何も頼んでないのに悪いんですけど、今日はもう帰ります」
「ううん、いいのよ。でもカオルちゃん、帰れそう?」
「気合で帰ろうかと」
「ダメだよ朝霞クン! この調子だったら帰ってる途中にも酷くなるよ!」
「じゃあどうしろと。西海に当てなんかねーぞ」
「ちーを招集するわ」

 ベティさんが大石君に連絡をしている向かいで、ロイもスマホを操作している。良かったーと息を吐くから、何が良かったのかを問えば、ダメ元で近所の病院のWEB予約ページを見てみたら、朝の10時半が奇跡的に開いていたから滑り込んだ、と。それは本当に良かった。

「あ」
「美奈ちゃん、どうしたの?」
「ううん、私も、今からでも予定を変えられないかな、と……」

 先日、菜月から月曜に会えないかと連絡をもらっていたことを思い出した。先の約束が流れてしまったし、もしかしたら。でも、菜月も別に予定を入れているかも……ううん、聞くだけ聞いてみよう。明日のことですが、と。

「兄さーん、来たよー」
「ちー、悪いけど、カオルちゃんを家まで送ってくれないかしら。具合悪いみたくて」
「えっ、大変。朝霞、大丈夫ー?」
「ああ、まだ大丈夫だ。でも、何か申し訳ない」
「大丈夫だよ。朝霞の家だったら電車で帰るより車の方が早いもん、送るよ」


end.


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美奈がリン様と約束をしていたようなのですが、どうにも例によってリン様が大事な時にインフルをやらかしてしまったようで。
そして朝霞Pも若干怪しい様子。さてどうなる。とりあえず病院には明日行こうとしているようなのだけれども
もしこれで兄さんが先にやっていたインフルがA型だったら、リン様今回Bだしまた大騒ぎになるんですかね

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