2018(04)
■街歩きのToDoリスト
++++
テストが終わってから2週間ほど実家に帰っていたのだけど、4年生追いコンのために一旦向島に戻ってきた。星港駅で高速バスを降りると、バス停の前には予め到着時間を伝えておいた高崎が待っていて、今日のタイムテーブルの始まりを迎えた。
追いコンが終わったらまたすぐ実家に戻るから、今日はスーツケースを転がすような大層な移動ではない。バスの中では基本的に仮眠を取るからメガネだし、髪も下ろしている。大勢の人がいる密室だからマスクも欠かせない。
「よう菜月。首から上がオフモードだな」
「バス移動だからな」
「さ、行くか」
世間ではバレンタインデーとされる今日だけど、うちにとってはチョコレートの祭典の最終日という認識でしかない。この日を境に街からはチョコレートが少なくなってしまうのだ。デパートやその他お店でのイベントも、こぞって今日が最終日。
せっかく星港のど真ん中に上陸するからには、ついでと言っては難だけど、チョコレートを堪能しておきたいと思う。先月末にバイト代もちょっと入ってたし、ここでほんの少しくらいなら贅沢をしたって罰は当たらないだろう。
「チョコを買いたいけど、買ったら買ったでまたすぐ実家に戻るからなあ」
「何か問題があんのか」
「すぐ食べたいから持って帰りたいけど、バス移動だと温度が高すぎて溶けちゃうんじゃないかと」
「バスってそんなに暑いのか」
「うん、暑い。暖房がガンガンにかかってるから足下には置けないし、頭の上も、暖気は上に来るって言うだろ。膝の上にも置いておけないだろうしトランクも何やかんや暑い」
「なるほどな。どっちに振っても難儀だな」
チョコレートの祭典は最終日だけど、いい物はもうとっくになくなってるだろうと見た。だから今日はとびっきり美味しいチョコレートのスイーツを食べる大会だ。そんなことに付き合ってくれるのはやっぱり高崎かなと。美奈は甘い物が食べられないし。
どこのカフェでどんな美味しいチョコレートケーキがあって、というような情報は事前に仕入れてある。というワケで、高崎のビッグスクーターに跨がりさっそく世音坂商店街に向かう。
「はー、久し振り。せっかくだしういろうでも買ってこうかな、本店あるし」
「お前ういろうも好きなのか」
「まあな。あと、追いコンが終わって火曜とか水曜にはもう実家に戻る予定なんだけど、ちょうど芽依ちゃんの誕生日が近いから」
「お袋さんの誕生日か」
「お土産ついでにな。あっ、誕生日と言えば美奈の誕生日も近いな。会えそうかな、どうかな、うーん、でも……」
「悩むくらいなら今連絡してみたらいいんじゃねえのか」
「そっか」
商店街の入り口の前で、美奈にメールを作る。良かったら来週の月曜に遊びませんかと。送るだけ送って返信を待つ。別に急ぎじゃないからメール画面を閉じてタスク整理を。ここでの目的は美味しいチョコレートケーキと芽依ちゃんのういろうだ。
うちもたまにこの世音坂商店街には来るけど、結構入り組んでいるし、どこにどんな店があるのかの把握は全然出来ていないまま行き当たりばったりで見つけた店に入って買い物をしている。こんな調子で目的のカフェがどこにあるのかわかるはずもない。
だけど、今日に限っては方向感覚がずば抜けた高崎がいる。一度来た道は大体すぐに覚えるし、今でこそ豊葦に住んでいるけど元々は生粋の星港市民だ。世音坂商店街にもよく来ていただろう。
「ところで高崎、この店なんだけど。住所や簡単な地図は書いてるけど、全然わかんなくて」
「ああ、これならこっちだ」
「さすが」
「ういろうの方が近いけど、どうする」
「じゃあういろうを先に買ってく」
実家に帰るのはもう少し先だ。だから駅のキヨスクとか駅ビルの中にある方の店で買えばいいんじゃないかと思うけど、せっかく本店に来たんだから本店でいろいろ見ておきたい。それに、リクエストされているのは日持ちのするういろうだから今買っても大した問題じゃない。
「うちも方向音痴じゃないとは思うけど、星港の土地勘はどうも付かなくて」
「方向音痴な奴はガチで大変そうだからな。どこの伊東とは言わねえが」
「世音坂にはノサカと神崎がよく遊びに来てるみたいなんだけど、効率よく歩けるのが凄いなあと思って。一本道を間違えるともう目的地に着かないだろ。藍沢の道みたいだ」
「藍沢じゃ一本間違える大変なことになるのか」
「こう、3車線の道とかでさ、入るレーンを間違えると思う方向に曲がれないし、曲がったら曲がった先が一通とかで戻るに戻れないとかがザラだ」
「初見殺しもいいトコじゃねえか。あ、ういろうはそこだぞ」
「やった!」
とか何とかやっていると、微かに振動を感じる。美奈からメールが届いたらしい。何か忙しいなあ。18日にいかがですかという誘いには、先約があるのでごめんなさいと書かれていた。どうやら、彼と食事に行くことになっているとか。それはお邪魔しましたと返信して、目の前のういろうに戻る。
「藍沢で思い出した。忘れる前にタスクをひとつ潰しとこう。はい、これ」
「ん?」
「藍沢のチョコレートフェスタにも参戦してたんだ。逆に大都市圏にはない美味しいチョコだ。3月の3倍返しに期待してるからな」
「ありがたくもらっとく」
「――ってちょっと! ケロちゃんまんじゅうにチョコ味がある!」
「あ、普通にめっちゃうめえぞ」
「これも買ってこう」
ケロちゃんまんじゅうと、季節のういろうとスタンダードなういろうを買い込んで、次に向かうのは美味しいケーキの待つカフェ……なんだけど、歩いているといろいろと誘惑が飛び込んでくる。かわいい服に、いい感じの靴。たどり着くまでに現金が尽きない自信もない。
「買い物はいいけど、お前ちゃんと金は持ってるんだろうな」
「多少の贅沢は出来ます」
「とか言って、使いすぎて俺に集るなよ」
end.
++++
バレンタインの高菜だよ。でも本題には辿り着かなかった模様。よくあるヤツですね
祭典にはもう滑り込めないと判断してカフェでの限定メニューに切り替えていくのは一種の戦術。
菜月さんはバイト代が入っていたのをいいことに地元の方でもチョコレートフェスタ的なものに参戦していたんですね
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テストが終わってから2週間ほど実家に帰っていたのだけど、4年生追いコンのために一旦向島に戻ってきた。星港駅で高速バスを降りると、バス停の前には予め到着時間を伝えておいた高崎が待っていて、今日のタイムテーブルの始まりを迎えた。
追いコンが終わったらまたすぐ実家に戻るから、今日はスーツケースを転がすような大層な移動ではない。バスの中では基本的に仮眠を取るからメガネだし、髪も下ろしている。大勢の人がいる密室だからマスクも欠かせない。
「よう菜月。首から上がオフモードだな」
「バス移動だからな」
「さ、行くか」
世間ではバレンタインデーとされる今日だけど、うちにとってはチョコレートの祭典の最終日という認識でしかない。この日を境に街からはチョコレートが少なくなってしまうのだ。デパートやその他お店でのイベントも、こぞって今日が最終日。
せっかく星港のど真ん中に上陸するからには、ついでと言っては難だけど、チョコレートを堪能しておきたいと思う。先月末にバイト代もちょっと入ってたし、ここでほんの少しくらいなら贅沢をしたって罰は当たらないだろう。
「チョコを買いたいけど、買ったら買ったでまたすぐ実家に戻るからなあ」
「何か問題があんのか」
「すぐ食べたいから持って帰りたいけど、バス移動だと温度が高すぎて溶けちゃうんじゃないかと」
「バスってそんなに暑いのか」
「うん、暑い。暖房がガンガンにかかってるから足下には置けないし、頭の上も、暖気は上に来るって言うだろ。膝の上にも置いておけないだろうしトランクも何やかんや暑い」
「なるほどな。どっちに振っても難儀だな」
チョコレートの祭典は最終日だけど、いい物はもうとっくになくなってるだろうと見た。だから今日はとびっきり美味しいチョコレートのスイーツを食べる大会だ。そんなことに付き合ってくれるのはやっぱり高崎かなと。美奈は甘い物が食べられないし。
どこのカフェでどんな美味しいチョコレートケーキがあって、というような情報は事前に仕入れてある。というワケで、高崎のビッグスクーターに跨がりさっそく世音坂商店街に向かう。
「はー、久し振り。せっかくだしういろうでも買ってこうかな、本店あるし」
「お前ういろうも好きなのか」
「まあな。あと、追いコンが終わって火曜とか水曜にはもう実家に戻る予定なんだけど、ちょうど芽依ちゃんの誕生日が近いから」
「お袋さんの誕生日か」
「お土産ついでにな。あっ、誕生日と言えば美奈の誕生日も近いな。会えそうかな、どうかな、うーん、でも……」
「悩むくらいなら今連絡してみたらいいんじゃねえのか」
「そっか」
商店街の入り口の前で、美奈にメールを作る。良かったら来週の月曜に遊びませんかと。送るだけ送って返信を待つ。別に急ぎじゃないからメール画面を閉じてタスク整理を。ここでの目的は美味しいチョコレートケーキと芽依ちゃんのういろうだ。
うちもたまにこの世音坂商店街には来るけど、結構入り組んでいるし、どこにどんな店があるのかの把握は全然出来ていないまま行き当たりばったりで見つけた店に入って買い物をしている。こんな調子で目的のカフェがどこにあるのかわかるはずもない。
だけど、今日に限っては方向感覚がずば抜けた高崎がいる。一度来た道は大体すぐに覚えるし、今でこそ豊葦に住んでいるけど元々は生粋の星港市民だ。世音坂商店街にもよく来ていただろう。
「ところで高崎、この店なんだけど。住所や簡単な地図は書いてるけど、全然わかんなくて」
「ああ、これならこっちだ」
「さすが」
「ういろうの方が近いけど、どうする」
「じゃあういろうを先に買ってく」
実家に帰るのはもう少し先だ。だから駅のキヨスクとか駅ビルの中にある方の店で買えばいいんじゃないかと思うけど、せっかく本店に来たんだから本店でいろいろ見ておきたい。それに、リクエストされているのは日持ちのするういろうだから今買っても大した問題じゃない。
「うちも方向音痴じゃないとは思うけど、星港の土地勘はどうも付かなくて」
「方向音痴な奴はガチで大変そうだからな。どこの伊東とは言わねえが」
「世音坂にはノサカと神崎がよく遊びに来てるみたいなんだけど、効率よく歩けるのが凄いなあと思って。一本道を間違えるともう目的地に着かないだろ。藍沢の道みたいだ」
「藍沢じゃ一本間違える大変なことになるのか」
「こう、3車線の道とかでさ、入るレーンを間違えると思う方向に曲がれないし、曲がったら曲がった先が一通とかで戻るに戻れないとかがザラだ」
「初見殺しもいいトコじゃねえか。あ、ういろうはそこだぞ」
「やった!」
とか何とかやっていると、微かに振動を感じる。美奈からメールが届いたらしい。何か忙しいなあ。18日にいかがですかという誘いには、先約があるのでごめんなさいと書かれていた。どうやら、彼と食事に行くことになっているとか。それはお邪魔しましたと返信して、目の前のういろうに戻る。
「藍沢で思い出した。忘れる前にタスクをひとつ潰しとこう。はい、これ」
「ん?」
「藍沢のチョコレートフェスタにも参戦してたんだ。逆に大都市圏にはない美味しいチョコだ。3月の3倍返しに期待してるからな」
「ありがたくもらっとく」
「――ってちょっと! ケロちゃんまんじゅうにチョコ味がある!」
「あ、普通にめっちゃうめえぞ」
「これも買ってこう」
ケロちゃんまんじゅうと、季節のういろうとスタンダードなういろうを買い込んで、次に向かうのは美味しいケーキの待つカフェ……なんだけど、歩いているといろいろと誘惑が飛び込んでくる。かわいい服に、いい感じの靴。たどり着くまでに現金が尽きない自信もない。
「買い物はいいけど、お前ちゃんと金は持ってるんだろうな」
「多少の贅沢は出来ます」
「とか言って、使いすぎて俺に集るなよ」
end.
++++
バレンタインの高菜だよ。でも本題には辿り着かなかった模様。よくあるヤツですね
祭典にはもう滑り込めないと判断してカフェでの限定メニューに切り替えていくのは一種の戦術。
菜月さんはバイト代が入っていたのをいいことに地元の方でもチョコレートフェスタ的なものに参戦していたんですね
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