2018(04)
■非常食マリアージュ
++++
「あー、おなか空いたよー」
「あんなの食った気しないじゃん? 量が少ないのか? それとも雰囲気なのか?」
「話に聞いてた以上に食べた気しなかったね」
今日から始まったゼミ合宿では、社会学的なワークショップに4年生の卒論発表会、それからゼミ生同士の交流なんかが行われる。途中までは大型バスに、山に差し掛かってからはマイクロバスに乗り換え緑ヶ丘大学のセミナーハウスを目指した。
雪山の中腹にあるセミナーハウスに到着したのは夕方のこと。それから少しの自由時間を経て最初の食事にありつけた。雰囲気のあるレストランで出されたのはフランス料理のフルコース。何とかの何とかです、といちいち説明を入れてくれる本格さ。話に聞いていた通り、そこそこ豪華な代物。
問題はその後だった。果林先輩から話に聞いていた事態が現実となった。果林先輩によれば、夕食のフルコースがとても食べた気のしないもので、平均的な男子であれば必ずその後からおなかが空くとのこと。今も主に男子がご飯が足りないと悲鳴を上げている。だけど、雪山にコンビニなどがあるはずもなく。
「こんだけしか食わないと腹減りすぎてこの後のワークショップに響くじゃんな」
「俺、早々に非常食を開放しようと思う」
「非常食?」
「果林先輩から聞いてたんだ。夕飯は絶対足りないから非常食がいるって」
「はー、同じサークルの先輩がいると情報があっていいじゃんな」
「ホントに」
「良かったら少し分けようか? 鵠さんも樽中くんも、もうちょっと食べた方がいいでしょ?」
夜のワークショップまでにはまだもう少し時間がある。3人で宿泊室に戻って非常食カバンを開ける。こないだ果林先輩と一緒に買い揃えた、お湯を沸かせば食べることの出来る物たちだ。部屋に入って最初にやったことは、湯沸かしポットが本当にあるかの確認でしたよね。
俺の非常食カバンを覗き込んで、鵠さんと樽中くんが感心している。今時はこんなのがあるんだとか、パウチの中にスプーンまで用意されているのかと。俺もそれは最初に見たときはスゴいなって思ったポイントで、災害用非常食としても使えるものだから、その辺はしっかりしてるんだろうなって。
「しかしスゴいラインアップじゃんな」
「高木君の備えが凄すぎ。あっ、食べさせてもらった分はあとでお金返します」
「そうだ、俺も後払いで」
「大体でいいよ。あっ、1コ1コが少ないだろうから、2つ3つ食べていいよ」
「それじゃあお言葉に甘えて。白い飯とカップめんもらっていいか?」
「どうぞどうぞ」
「俺はわかめご飯と味噌汁を」
「俺は何にしようかなー……白いご飯と鯖の味噌煮にしよう」
「うわそれ最高のヤツじゃん!」
「いいね、王道だね」
湯沸かしポットでめいっぱいのお湯を沸かして、各々のパウチを開けて待つ。正直、果林先輩が果林先輩だからご飯が足りないんだと思ってたけど、平均的男子でも足りないっていう言葉にウソは無かったんだなって。ちょっとでも疑ってしまって申し訳なさがある。
フランス料理が食べられなかったときのことを想定して非常食はたくさん用意していた。思ったよりも食べられたから非常食は結構そのまま持ち帰らなきゃいけないかなと思ったりもしたけど、事前情報の無かった子たちが帰りの荷物を減らしてくれて本当にありがたい。
ご飯類はお湯を入れて5分ほどで食べられると書いてある。鵠さんのラーメンはお湯を入れて4分だから、一足早めに夕食の延長戦を。俺と樽中君はあと1分。腹が減っては戦は出来ぬというから、ワークショップに備えた腹ごしらえは必要だ。食べ過ぎて眠くなるということは、夜だからないと思う。
「さ、出来たね。食べてみよう」
「いただきます。ん、普通にわかめごはんだ。おいしい」
「俺も食べよう。いただきます。ん、おいしい。ご飯からの、鯖」
「ああ~っ! 高木君それはダメだって! 物資の乏しい雪山における最上級の贅沢! おフランス風に言えばマリアージュをキメていくぅ!」
「あー、ラーメンと飯が最高に美味い。高木に命を救われたじゃんな完全に」
「そうだね。お菓子はロビーに観光地価格のスナックやお土産のクッキーなんかが売ってたけど、ご飯にはなかなかありつけないからね」
雪山に2泊3日の日程で閉じこめられるのも十分に非常事態。備えあれば嬉しいなとも言うし、やっぱり持つべき物は仲のいい先輩だと。きっと今頃果林先輩も延長戦をやってるんだろうなあ。俺の何倍もの物資を運び込んでたし。みんなあの荷物にドン引きしてたけど、意味がわかると納得するはずだ。
「救いは明日の朝がバイキングってトコだな」
「ホントに。食べたいだけ食べられるのはありがたいね」
「って言うか明日のお昼って各自だよね」
「各自じゃんな、確か。どっか食うトコあんのかな。高木、先輩から何か聞いてるか?」
「えっと、レストランで食べるか持ち込んだ物を食べるか、スキーやる人はスキー小屋で食べるパターンもあるって。俺はスキーやるから小屋で食べることになるかな」
「お、マジか。俺もスキーやるし小屋飯かな」
「えっ。俺スキーやらないんですけど! 何を食べればいいの! レストランのランチって何があるの!」
「樽中お前引きこもってるのか」
「あーあ。お昼はちゃんとしたご飯があるといいね」
「いいもんね! 観光地仕様の人生ゲームやって引きこもってますし! 別にこの時間で洋館ロケハンして新刊の原稿やろうとか思ってませんでしたし!」
無事に腹拵えが終わって時間を確認すれば、少しお腹を休められるくらいの時間はある。これから始まる夜のワークショップに向けた準備は万全だ。授業と聞いて普段ならやってくる睡魔も夜の8時だからか全然ない。夜の授業っていいなあ。
end.
++++
先日タカりんが買い物をした非常食がとても役に立っているようです。
鵠さんと樽中サッカスがタカちゃんのお世話になっている様子。フランス料理が意外に食べれたけど、非常食の出番はあったのね
夜の授業なので居眠りなんかはしなくて済むかもしれないけど、お昼の授業では……ああ、うんはい
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「あー、おなか空いたよー」
「あんなの食った気しないじゃん? 量が少ないのか? それとも雰囲気なのか?」
「話に聞いてた以上に食べた気しなかったね」
今日から始まったゼミ合宿では、社会学的なワークショップに4年生の卒論発表会、それからゼミ生同士の交流なんかが行われる。途中までは大型バスに、山に差し掛かってからはマイクロバスに乗り換え緑ヶ丘大学のセミナーハウスを目指した。
雪山の中腹にあるセミナーハウスに到着したのは夕方のこと。それから少しの自由時間を経て最初の食事にありつけた。雰囲気のあるレストランで出されたのはフランス料理のフルコース。何とかの何とかです、といちいち説明を入れてくれる本格さ。話に聞いていた通り、そこそこ豪華な代物。
問題はその後だった。果林先輩から話に聞いていた事態が現実となった。果林先輩によれば、夕食のフルコースがとても食べた気のしないもので、平均的な男子であれば必ずその後からおなかが空くとのこと。今も主に男子がご飯が足りないと悲鳴を上げている。だけど、雪山にコンビニなどがあるはずもなく。
「こんだけしか食わないと腹減りすぎてこの後のワークショップに響くじゃんな」
「俺、早々に非常食を開放しようと思う」
「非常食?」
「果林先輩から聞いてたんだ。夕飯は絶対足りないから非常食がいるって」
「はー、同じサークルの先輩がいると情報があっていいじゃんな」
「ホントに」
「良かったら少し分けようか? 鵠さんも樽中くんも、もうちょっと食べた方がいいでしょ?」
夜のワークショップまでにはまだもう少し時間がある。3人で宿泊室に戻って非常食カバンを開ける。こないだ果林先輩と一緒に買い揃えた、お湯を沸かせば食べることの出来る物たちだ。部屋に入って最初にやったことは、湯沸かしポットが本当にあるかの確認でしたよね。
俺の非常食カバンを覗き込んで、鵠さんと樽中くんが感心している。今時はこんなのがあるんだとか、パウチの中にスプーンまで用意されているのかと。俺もそれは最初に見たときはスゴいなって思ったポイントで、災害用非常食としても使えるものだから、その辺はしっかりしてるんだろうなって。
「しかしスゴいラインアップじゃんな」
「高木君の備えが凄すぎ。あっ、食べさせてもらった分はあとでお金返します」
「そうだ、俺も後払いで」
「大体でいいよ。あっ、1コ1コが少ないだろうから、2つ3つ食べていいよ」
「それじゃあお言葉に甘えて。白い飯とカップめんもらっていいか?」
「どうぞどうぞ」
「俺はわかめご飯と味噌汁を」
「俺は何にしようかなー……白いご飯と鯖の味噌煮にしよう」
「うわそれ最高のヤツじゃん!」
「いいね、王道だね」
湯沸かしポットでめいっぱいのお湯を沸かして、各々のパウチを開けて待つ。正直、果林先輩が果林先輩だからご飯が足りないんだと思ってたけど、平均的男子でも足りないっていう言葉にウソは無かったんだなって。ちょっとでも疑ってしまって申し訳なさがある。
フランス料理が食べられなかったときのことを想定して非常食はたくさん用意していた。思ったよりも食べられたから非常食は結構そのまま持ち帰らなきゃいけないかなと思ったりもしたけど、事前情報の無かった子たちが帰りの荷物を減らしてくれて本当にありがたい。
ご飯類はお湯を入れて5分ほどで食べられると書いてある。鵠さんのラーメンはお湯を入れて4分だから、一足早めに夕食の延長戦を。俺と樽中君はあと1分。腹が減っては戦は出来ぬというから、ワークショップに備えた腹ごしらえは必要だ。食べ過ぎて眠くなるということは、夜だからないと思う。
「さ、出来たね。食べてみよう」
「いただきます。ん、普通にわかめごはんだ。おいしい」
「俺も食べよう。いただきます。ん、おいしい。ご飯からの、鯖」
「ああ~っ! 高木君それはダメだって! 物資の乏しい雪山における最上級の贅沢! おフランス風に言えばマリアージュをキメていくぅ!」
「あー、ラーメンと飯が最高に美味い。高木に命を救われたじゃんな完全に」
「そうだね。お菓子はロビーに観光地価格のスナックやお土産のクッキーなんかが売ってたけど、ご飯にはなかなかありつけないからね」
雪山に2泊3日の日程で閉じこめられるのも十分に非常事態。備えあれば嬉しいなとも言うし、やっぱり持つべき物は仲のいい先輩だと。きっと今頃果林先輩も延長戦をやってるんだろうなあ。俺の何倍もの物資を運び込んでたし。みんなあの荷物にドン引きしてたけど、意味がわかると納得するはずだ。
「救いは明日の朝がバイキングってトコだな」
「ホントに。食べたいだけ食べられるのはありがたいね」
「って言うか明日のお昼って各自だよね」
「各自じゃんな、確か。どっか食うトコあんのかな。高木、先輩から何か聞いてるか?」
「えっと、レストランで食べるか持ち込んだ物を食べるか、スキーやる人はスキー小屋で食べるパターンもあるって。俺はスキーやるから小屋で食べることになるかな」
「お、マジか。俺もスキーやるし小屋飯かな」
「えっ。俺スキーやらないんですけど! 何を食べればいいの! レストランのランチって何があるの!」
「樽中お前引きこもってるのか」
「あーあ。お昼はちゃんとしたご飯があるといいね」
「いいもんね! 観光地仕様の人生ゲームやって引きこもってますし! 別にこの時間で洋館ロケハンして新刊の原稿やろうとか思ってませんでしたし!」
無事に腹拵えが終わって時間を確認すれば、少しお腹を休められるくらいの時間はある。これから始まる夜のワークショップに向けた準備は万全だ。授業と聞いて普段ならやってくる睡魔も夜の8時だからか全然ない。夜の授業っていいなあ。
end.
++++
先日タカりんが買い物をした非常食がとても役に立っているようです。
鵠さんと樽中サッカスがタカちゃんのお世話になっている様子。フランス料理が意外に食べれたけど、非常食の出番はあったのね
夜の授業なので居眠りなんかはしなくて済むかもしれないけど、お昼の授業では……ああ、うんはい
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