2018(04)

■非常食にも革命を

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「よーしタカちゃん、買い物の時間ですよ」
「よろしくお願いします」
「今日の目的は2泊3日を戦い抜けるだけの非常食を買うこと。タカちゃん、今回の軍資金は?」
「えーと、5000円ですね」
「まあ、1年生はお酒禁止だしそんなモンか。それじゃあ行きましょー」

 来週の12日から14日にかけて、佐藤ゼミの卒論発表合宿というものが長篠エリアにある大学のセミナーハウスで行われる。セミナーハウスとは言うけど、パンフレットを見る限り豪勢な洋館のような感じ。
 スキー場がすぐ脇にあって、そこまで大型バスじゃ辿り着けないとかでマイクロバスに乗り換えたりもするらしい。如何せんそんな山の中だし雪に閉ざされているから物資は充実させなければならないんだって。自販機はあるけど観光地料金だとも。
 俺は去年の合宿を経験している果林先輩から手取り足取り教えてもらって備えを充実させる予定。合宿にかかる諸費用を捻出するためにアルバイトもしていた。第1弾の給料も月末に振り込まれていたので、今日の買い出しには余裕を持って臨める。

「えーと、アウトドア用品ですか?」
「こういうところにね、結構いいご飯が売ってるんですよタカちゃん。タカちゃんスポーツ用品店とかアウトドア用品コーナーとか来る?」
「無縁ですね」
「だと思ってたけど。えーと、登山コーナーはっと」

 果林先輩に連れられてきたのはビルが丸々一棟生活雑貨店になっている建物の、アウトドアフロア。周りには登山グッズなどがあって、確かに雪山には行くけど非常食なんて売ってるのかなとは。

「はー、あったあった。タカちゃんあったよご飯」
「これがご飯ですか?」

 辿り着いた先には、たくさんのパッケージ。水かお湯で戻して食べるタイプのごはんが目に付く。米だけでも種類はいろいろある。白飯に、炊き込みご飯、ドライカレーにチキンライスなどなど……とにかく種類が豊富だ。
 セミナーハウスの宿泊室にはホテルのように湯沸しポットが備え付けられている。つまりお湯は使い放題ということで、飲み物を作ったりカップラーメンを食べたり出来るんだけど、果林先輩の考える規模はとんでもなかった。
 白いご飯は基本ですよねー、と言ってお店の人に白いご飯は箱買い出来ますかと聞いている。そしたらお店の人も詰め合わせセットというのがありますよと言って出してきたんだけど、4000円を超えるそれを果林先輩は即決で買いますよね。

「え、これだけの荷物を持って行くんですか?」
「乾燥してるから軽いんだよ。1.5キロくらいじゃないかな」
「本当に軽いですね」
「タカちゃん何ご飯買う?」
「とりあえず白飯と、ドライカレーにしてみます」
「あ~、カレーいいよね。恋しくなる味」

 米は用意できたということで、次のコーナーへ。次はフリーズドライ食品のコーナーへ。しかしここもいろいろあるなあ。味噌汁に雑炊の素、にゅうめんやパスタまである。フリーズドライされてるからひとつひとつはすごく小さいんだけど、美味しいのかなあ。

「ここでね、丼の素を買うんですよ」
「えっ、丼の素まであるんですか」
「親子丼の素を買うでしょ? お湯で戻す、さっきのごはんの上に乗せる。はい、親子丼の完成!」
「技術の進歩って凄いですね」

 お湯で溶かす味噌汁の素と言えば、ちょっと具が小さかったりして残念な印象がある。だけど、意外にこういうのは具もちゃんとしてるらしい。本当かなあ。果林先輩は丼の素をいくつかカゴに入れている。俺はパスタがちょっと気になっている。チーズのクリームパスタが。

「ちょっと、パスタを買ってみます」
「あー、チーズのクリームパスタね。タカちゃん好きそう」
「もしかしてこれ、器が要りますかね」
「紙皿とか買ってけばいいよ。帰りは捨てるだけだし」
「そうですね」
「ゴミと言えばさ、缶詰もいろいろ種類があって美味しいんだけど、重いのとゴミの処理がネックでさ。あっ、でもこの後缶詰とその他のレトルトも見に行くよ。サバの味噌煮買わなきゃいけないし」
「えーと、俺はついて行くだけなので」

 そもそも、どうして非常食がいるのかという事情だ。セミナーハウスでの朝食は簡易バイキング、夕食はフランス料理のフルコースなんだけど、このフルコースというのがなかなか食べた気のしない物らしく、平均的な男子でも夜食を欲してしまうとか。
 俺はお金がないからあまり量を食べないだけで胃袋自体は至極平均的だから、きっと非常食はないよりあった方がいいんだろうなと。あと、嫌いな物はどう足掻いても食べられないから、確実に食べられる物を持っておく必要があった。

「何かね、過去には部屋のポットでうどん茹でてたっていう猛者もいるらしいよ」
「うどんですか!?」
「うん、うどん。ほら、湯沸しポットって蓋閉めなかったら沸騰しっぱなしになるでしょ? それを利用して茹でてたんだって」
「それは大丈夫なんですか」
「故障しても保証対象外だろうねえ」
「でしょうねえ」

 さすがのアタシでもポットでうどんは茹でないよ。そう言って果林先輩は山盛りの買い物カゴを引き摺るように運びながら次の非常食を探し求めるのだ。と言うか、いくら軽いと言ってもそれをどうやって持って行くんだろう。

「ちょっと思ったんですけど、部屋にフリーズドライの食べ物を置いておけば、めんどくさい時とかに家事をサボれますかね」
「食べないよりはいいと思うよ。でも、タカちゃんならお湯を沸かすのすらめんどくさいって言いかねない」
「あ、それは大丈夫だと思います。コーヒーは飲みますから」


end.


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アルバイトで稼いだお金は非常食にも費やされることになりました。無事に買い物が出来たようで何より。
そしてここ最近ではフリーズドライ食品の技術も進歩して種類もどんどん増えて来ているので果林には嬉しいところ。軽いしね。
お湯を沸かすのは面倒でないのなら、カップ麺とかを食べればいいんでないのかなあ

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