2018(04)

■家主は床で寝ている

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「しかし、結構な量の食糧が集まったな」
「ホントっすね」

 久々に開催されるMBCCの無制限飲み。今日の会場は高木の部屋だということで、各々必要な物を持ち寄って集まった。無制限飲みでは自分の欲しい物は自分で用意するというのが基本ルールで、場合によっては折半という選択肢も出て来る。
 まず、果林がこれでもかと食糧を買い込んでくるのはいつものことにしても、いつもとは少し傾向が違った。そもそも、高木の部屋で飲み会をやることの目的とその理由だ。それは、2つの意味での高木の台所事情に関係している。

「つーか、家主は起こさなくていいのか」
「タカちゃんはもうちょっと寝かせておきましょう。起きてビックリしてもらったらいいと思いますよ」

 高木本人は床で毛布にくるまって午後2時を過ぎた今でも惰眠を貪っている。オートロックの解除番号は果林が聞いていたようで、部屋に上がる許可も事前に取っていたらしく俺たちは普通に邪魔しているワケだが。
 伊東はさっそく高木の部屋の冷蔵庫を品定めしている。賞味期限がギリギリになったもやしと卵、それから野菜生活の紙パックがあるくらいで他に目ぼしい物があるワケではない。バイトをして財布に余裕が出来たとは聞いていたが、節約生活は続いているようだ。
 俺たちが食糧を大量に買い込んできたのは、もしこの無制限飲みでそれらを余らせたとしても、このまま高木の部屋に置いて帰ればいいという考えからだ。むしろ、お前はもうちょっとちゃんとした飯を食えというのが俺たちの総意で、置いて来るために食材を買い込んだと言っても過言ではない。

「うん、みんなが買って来た物は大体詰めれそうだね。俺はさっそく準備始めるけど大丈夫かな」
「頼むぜ伊東。高木ン家はコンロが一口しかないから大変だろうけど」
「電子レンジもあるしその辺はどうにでもなるよ」
「そうか」
「ところで、このプレッツェルはどうしようか」
「そのまま食う量じゃねえことだけは確かだけど、たまたまにしちゃ出来すぎてないか」

 高木の部屋には外国語……多分ドイツ語が書かれた段ボールが10ケースほど積まれていた。伊東がみんなで食べようと持ち寄ったそれと全く同じものだ。2人で示し合わせたワケでもないが、たまたま全く同じものが部屋にあったのだ。
 伊東によれば、宮ちゃんの友達だという星大の奴から分けてもらったっつーコトだ。高木が同じものを大量に持ってるっつーのは、パターンからして星大の丸眼鏡ルートだろう。出所は同じだと考えられる。
 台所からは、何やらドンドン、ゴンゴンと何かを叩くような音が聞こえて来る。そっと覗いてみると、伊東が件のプレッツェルの袋を傘の柄で押し潰している。気でも狂ったかと思ったが、大量にあるプレッツェルのリメイクをしているようだ。

「果林、お前は何を買って来たんだ」
「えっとですねー、まず、パスタですよねー。それから、レンジでチンして食べるパックごはん。ウインナーも、賞味期限が案外長いんでたくさん買って来てみました。高ピー先輩食べますよね?」
「ああ。ウインナーは食うぞ」
「それから、水煮大豆が結構いいんですよ。煮て良し、炒めて良しで」
「ふーん、俺は使ったことねえな」
「それから、パックじゃないご飯もありますよ。今回はタカちゃんの家なので無洗米です」
「米自体まで買って来てんのかよ」
「あれば食べますからね」

 今日の果林はどうやら長期保存に舵を切った食材選びをしていたらしい。無制限飲みの食材と言うよりは、完全に高木への差し入れだろう。差し入れと言うか、誕生日プレゼントと言ってもいいかもしれない。
 高木と果林はヒゲゼミの合宿とやらで来週は2泊3日の日程で雪山に行ってくることになっているらしい。食材が長期保存寄りなのもそういうことなのだろう。高木は油断するとすぐに食材をダメにするとはエージがよく嘆いている。

「伊東、どうだ?」
「プレッツェルが大量にあるから、これを砕いて揚げ物の衣にするのと、フォンデュ用のソースを今作ってるところ」
「フォンデュか、いいな」
「昨日から考えてたんだよね。ただ食べてたんじゃ飽きるし、口の中の水分とられるしさ」
「水分はお前、酒があるから問題ねえよ」
「そうだけどさ、ソース大事。昨日素で食べてたけど味変したくなるマジで。本場ではビールと一緒に食べるおつまみみたいだけどね」

 台所でも部屋でもドタバタ音を立てているのに、毛布にくるまった家主は未だに起きる気配がない。つかコイツ眠り深すぎじゃねえか? 勝手に部屋に上がられてドタバタされてんのに気付く気配もないとか。

「高ピーせんぱーい」
「あ? どうした」
「いっちー先輩のミニテーブル、タカちゃん床に寝てたら設置出来ないですねー」
「……まあ、そろそろ叩き起こしてもいいんじゃねえか?」
「そうですね。さすがにそろそろ起こしましょうか。おーい、タカちゃーん!」

 果林が耳元で声を掛けながら高木を揺さぶると、ようやく少し起きそうな気配が見えて来る。

「何かこの光景、デジャヴです」
「デジャヴだ?」
「夏合宿の時に、対策委員の男子部屋にタカちゃんと星大のミドリが匿われてたんですよね。野坂がベッドを貸してあげてて。あの時もこうやって起こしたなー。おーいタカちゃーん、もうみんな来てるよー」
「……ん、うう……」
「起きた?」
「あ、おはようございます……」
「起きたか高木」
「わっ、おはようございます。スイマセン、今起きました」
「それは一部始終見てたから知ってる。とりあえず、その面何とかして来い。それから、台所は伊東が使ってるからな」
「はい」

 もうしばらくしたらある程度メンツも揃うだろうし、今日は早く始めて長く楽しむくらいでいいかもしれねえな。食材を全部使い切る必要がないというのが今日の無制限飲みの特別ルール。さて、足りないものはないだろうか。コンビニかスーパーに走るなら今だ。


end.


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TKG誕の無制限飲みは食糧補給の役割も大きいようです。みんな保存の利く物を買い込んできている模様。
夏合宿の時にタカちゃんとミドリが対策委員の男子部屋に匿われてたっていうのは何年か前の年度でやってた話。
いち氏、昨日もらったプレッツェルをさっそく持ち込んでいるようだけどダブったようですね

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