2018(04)

■スポット労働者の心得

++++

 朝霞先輩から誘われて始めたカバンの吊り札を付け替える仕事は佳境を迎えていて、もうすぐ最後のカラーに入るとか入らないとかいう話がチラリと聞こえても来ていた。だけど、現場はあまりの緊張感に包まれていた。
 いつもなら作業小屋に常駐しているのはアルバイトの大石先輩なんだけど、今日は社員の塩見さんなんだ。大石先輩が優しくてほわほわ~っとした感じだとすれば、塩見さんはとにかく厳しい。学生は別にいつも通り作業をするだけだけど、主婦の皆さんの様子が全然違う。
 いや、確かにいつも人材派遣会社から来ている主婦の皆さんはお喋りの方に夢中になっていて塩見さんから雷を落とされてはいる。だけど今日は特にお小言を言われたワケでもなく、雷が落ちたワケでもないのになんだろうこの圧みたいな物は。そういう人を近場で誰か知ってるなあと思ったら、ああ、うん。言わないでおこう。

「朝霞先輩、こっちもう少しで終わりそうです」
「あ、本当。それじゃあ次のケース開けてくわ」
「すみませんお願いします」

 今日は大石先輩が星大のテストでいないので、次に作業するケースのテープを切って準備してくれるのは朝霞先輩だ。パレットに積まれたケースを下ろしてはテープを切り、ローラーレーンに乗せていく。
 これが吊り札付けに比べると幾分重労働なようで、2人で捌ける分のケースだけを積んでいく。主婦組とは使うレーンが分かれているし、如何せん俺たちは2人しかいないから。ちなみに奥村先輩は今週からテストがあるということでバイト自体を終了した。
 しばらく仕事をしていると、木製パレットが作業済みケースでいっぱいになる。パレットがいっぱいになると、塩見さんが所定の場所にそれを戻しに行く。そして新しいパレットを持って戻って来るんだ。
 塩見さんがフォークリフトでパレットを運びに行った瞬間、小屋の緊張感が一気に緩んだ。主に俺たちが背にしている方向の。誰かが大きなため息を吐いた瞬間、少しずつざわざわと声が漏れ始める。1人が喋り始めると、それがだんだん連鎖して大きな声になる。

「この作業いつまで続くの?」
「月末までここに来ることになってるから、月末まででしょ」
「担当の人、あの若い子に戻らないかしら」
「本当ねえ。あの人に見られてると息が詰まりそうよ」
「柄が悪いのよね」
「次からこの会社の仕事、受けるのやめとこうかしら、怒鳴られるし」

 塩見さんは特に作業効率のようなことを重視するし、先日一緒になった伊東先輩のお姉さんによれば、手さえちゃんと動かしていれば口を同時に動かしていてもあまりキツくは怒らないそうだ。
 確かに背も高いし髪の色も派手だし、黙っていても圧のような物は感じるけど、悪い人ではないんだよなあ。言ってることは正しいし。怒られるのにはお喋りに夢中で手が動いてないとか、ミスが多いとかっていうそれなりの理由があるということを完全に棚に上げているような気がする。
 大石先輩は優しいし注意をするのにしてもやんわりとした言い方なんだけど、それをいいことに「これくらいならいっか」ってなっちゃってるような気もしていて。ニコニコしてる裏で主婦さんたちのやらかしをリカバリーしてくれていることも知らないだろうから。

「あー……まあ、テメーらうっせえよ黙れって思うには思うよね」
「朝霞先輩も思いましたか」

 今日は大石先輩がいないということで、朝霞先輩と電車で帰っている。その中で、思ったことについてのちょっとした話を。何だかんだ俺もMBCCの中で揉まれてるから、ある種の実力主義と言うか、成果が大事みたいな考えに寄っているのかもしれない。

「大石は優しすぎると言うか、どんな人でも「来てもらってるんだから」っていう考えだからあまりキツくは言えないみたいだけどな」
「そういうものなんですかね」
「人によるんじゃないかな。塩見さんは時給と作業効率の相対? コスパも重視してるような風じゃんね。同じ時給1000円ならより作業をしてくれる人を置いときたいでしょ」
「そうですね」
「会社も慈善事業で人材を雇ってるワケじゃないんだから、人材として来ている以上は最低限その会社に迷惑をかけないことが大前提だろって思う。作業のことじゃなくて勤務態度を叱られるとか論外だ」

 派遣会社に登録していろんな会社を行き来してる朝霞先輩だから知っているようなこともあるのかもしれない。派遣社員としての心得みたいなものとか。でも、時給1000円であるからにはそれなりの仕事をしないといけないとは思う。

「明日もあの人たちがうるさかったら俺言うわ、ちょっと黙ってもらえませんかって」
「えっ、大丈夫ですか」
「どこの派遣会社から来てるかは大体把握してるし」
「もしかして会社に直接…!?」
「さすがにそれはしないけど、この仕事が終わった後の参考にはする。会社によって人材の質も違うしね」
「いろいろ渡り歩いてるから知ってるんですね」
「まあ、そんなようなこと」
「俺がゲンゴローから聞いてる本気の朝霞先輩だったらきっと一発で主婦さんを黙らせちゃいますね」
「ちょっと待って、俺ってどんな奴だと思われてるの…?」
「端的に言うと、鬼だと」
「そっかー……」

 このバイトもあと少し。どうせなら悪い印象を持たれて終わりたくないなとは思う。そしてもうすぐ1回目の給料日。ゼミ合宿に備えて大事にしないと。


end.


++++

ちーちゃんの居ぬ日に。菜月さんは地味にテストが多いのでバイト生活も終了しています。
タカちゃんはどうやら塩見さんに高崎の面影があるなあという風に思ってるのかな? ある種の耐性がついてたかも。
そしてゲンゴローから聞いている本気の朝霞Pは、そら気のいい兄ちゃんじゃなくて鬼の朝霞Pの方でしょうから……

.
64/100ページ