2018(04)
■リスク・オブ・リジェクション
++++
虚ろな目をしてマスク姿。気だるげにゼミ室にやって来た徹は、明らかにいつもと様子が違っていた。買って来た物を冷蔵庫に入れて、力なくソファに腰掛ける。昨日から喉が痛いという風に言っていた。もしかしたら、病院に行ってきたのかもしれない。
「……徹、大丈夫…?」
「美奈、インフルの判定をもらってしまった」
「えっ…!?」
「全身が痛いし怠いし、熱も40度まで上がったからもしやと思って病院に行ったら」
「……どうして来たの」
「インフルなんか持って帰るワケには行かないだろ」
一般的には、インフルエンザに罹ったなら大学は出席停止になり、家で療養していなければならない。だけど徹は家には帰らずに大学にやって来た。ゼミ室の外にはあまり出ないから、とよくわからないことを言っているけど、私たちも普通にこの部屋にいるのだから。
すると、ピーと音が鳴り、この部屋にまた誰かがやって来た様子。リンだ。どうやら、昼食をとりに来た様子で、こちらも白いビニール袋を下げている。冷蔵庫を開けて取り出したのは、ヤクルト。フタに「林」と書かれているのがリンの印。
「……リン、徹を説得して……」
「どうした」
「インフル判定をもらったのに、帰ろうとしない……」
「コイツのことだ、テストを諦めきれないのではなく妹に伝染せんようにということなのだろう」
「そう……」
「受験生のいる家にウイルスなんか持ち込めるか」
徹には中学3年生の妹、沙也ちゃんがいる。沙也ちゃんは今年高校受験で、徹は日頃から勉強を見たり夜食を作ってあげたりして献身的にサポートをしている。自分の妹なのに性格もよくてすごく可愛いとはよく言っているし、徹が邪悪な物を全て吸い取って生まれてきたのだとすら思う。
沙也ちゃんが大事な時に、インフルエンザになんかなってしまったら大変だと家に帰ろうとせずここにやってきた。だけど、沙也ちゃんはきちんとインフルエンザのワクチン接種を(徹の実費で)しているし、かかったとしても重症化はしないと思うのだけれど。
「……リン」
「ん?」
「ちなみに、インフルエンザに罹った場合、大学の試験はどうなるの…?」
「速やかに事務局にその旨を連絡をして、後日適当な書類を提出するなりすれば追試験を受験する権利が与えられる」
「それは、知らなかった……」
「如何せん情報センターなどでバイトをしているとその辺の知識が身に付く。石川、お前も速やかに事務局に電話をして、家に帰るつもりがないのならその辺りで野垂れ死ね」
「そうは言っても、俺は昨日からここでお前たちといたんだ。お前たちが喚こうが、今更だ」
それは、確かにそう。徹は昨日からこの部屋で過ごしていた。それは私たちも同じように。同じ空間に長い間いたのだから、既にウイルス自体は持っていて、まだ発症していないだけという可能性もある。徹を中心としたインフルエンザのゼミ内流行が起こるのか。
「そう言っても美奈は平気だろう」
「……どうして…?」
「紅茶にはインフルエンザウイルスを無力化するという研究データが発表されている。美奈は寒くなって来た頃から冷え性対策として紅茶に生姜を入れて飲んでいるのだから、並の奴より発症しにくいのでは」
「……それなら、リンも……」
「いや、ミルクティーではタンパク質に紅茶ポリフェノールが取り込まれて効果が無くなるそうでな。一口二口をストレートで飲むということもしていないから、オレは対策をしていないに等しい」
「ヤクルトは……」
「A型とは戦えるようだがB型だとどうか」
病院でもう薬を吸ったりもらったりしているから、自分の症状自体は先より軽くなっているよう。だけど、徹がインフルエンザに罹っているという事実は変わりない。徹がこのままここにいるつもりなら私やリン、その他のゼミ生も危ない。
すると、ピロピロとどこからか電子音。誰かのスマホに通知が入ったのかもしれない。だけど、私でもリンでもなさそうな感じ。どうやら自分だと気付いた徹は、うるさいなと言いたげな顔で届いたであろう通知の内容を確認する。
「……帰ります」
「どうした、急に」
「何の心変わりが…?」
「いや、母さんからLINEが入って、沙也がインフルになったって」
「……大変」
「――とまあ、俺がここにいる理由もなくなったし、今日のところはこれくらいにしておいてやる」
「完全に悪役の去り際だな」
「何とでも言え。ああ、もしかしたら昨日俺にのど飴をくれたときか…!」
「帰るならさっさと帰れ、歩く病原体が」
徹が帰ると、リンはこれ見よがしにクレベリンを徹のいたところを中心に設置した。しばらく徹が大学に出て来れないのは確定したし、テストに関しては後日の追試を受けることになるのだろう。救いは、沙也ちゃんと同時に発症したことで今後はさほど大袈裟に心配することが無くなりそうなこと。
「まったく、人騒がせな奴だ」
「……一度やったことで、私たちに対してうるさく言うことも、今シーズンはきっと無くなる……」
「結果、どれだけ気を付けていてもなるときはなるし、ならんときはならんということだな」
「……確かに」
「しかし、一説ではチョコレートにもインフルエンザウイルスの感染抑制効果があるとかないとかと言うのだがな」
「……本当…?」
「省庁のサイトにその記述はあったが、医薬品ではないからな。なるときはなるしならんときはならんとしか言いようがないな」
end.
++++
今年はイシカー兄さんがインフルった様子。妹にだけはうつせない…!
それをリン美奈があーあって感じで見てるだけのヤツ。紅茶の研究レポートって新しい話ですよね結構
チョコレート、風邪のひきはじめにはあまり良くないみたいですね。チョコレートお化けの兄さんにはあまりよろしくない話だった
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虚ろな目をしてマスク姿。気だるげにゼミ室にやって来た徹は、明らかにいつもと様子が違っていた。買って来た物を冷蔵庫に入れて、力なくソファに腰掛ける。昨日から喉が痛いという風に言っていた。もしかしたら、病院に行ってきたのかもしれない。
「……徹、大丈夫…?」
「美奈、インフルの判定をもらってしまった」
「えっ…!?」
「全身が痛いし怠いし、熱も40度まで上がったからもしやと思って病院に行ったら」
「……どうして来たの」
「インフルなんか持って帰るワケには行かないだろ」
一般的には、インフルエンザに罹ったなら大学は出席停止になり、家で療養していなければならない。だけど徹は家には帰らずに大学にやって来た。ゼミ室の外にはあまり出ないから、とよくわからないことを言っているけど、私たちも普通にこの部屋にいるのだから。
すると、ピーと音が鳴り、この部屋にまた誰かがやって来た様子。リンだ。どうやら、昼食をとりに来た様子で、こちらも白いビニール袋を下げている。冷蔵庫を開けて取り出したのは、ヤクルト。フタに「林」と書かれているのがリンの印。
「……リン、徹を説得して……」
「どうした」
「インフル判定をもらったのに、帰ろうとしない……」
「コイツのことだ、テストを諦めきれないのではなく妹に伝染せんようにということなのだろう」
「そう……」
「受験生のいる家にウイルスなんか持ち込めるか」
徹には中学3年生の妹、沙也ちゃんがいる。沙也ちゃんは今年高校受験で、徹は日頃から勉強を見たり夜食を作ってあげたりして献身的にサポートをしている。自分の妹なのに性格もよくてすごく可愛いとはよく言っているし、徹が邪悪な物を全て吸い取って生まれてきたのだとすら思う。
沙也ちゃんが大事な時に、インフルエンザになんかなってしまったら大変だと家に帰ろうとせずここにやってきた。だけど、沙也ちゃんはきちんとインフルエンザのワクチン接種を(徹の実費で)しているし、かかったとしても重症化はしないと思うのだけれど。
「……リン」
「ん?」
「ちなみに、インフルエンザに罹った場合、大学の試験はどうなるの…?」
「速やかに事務局にその旨を連絡をして、後日適当な書類を提出するなりすれば追試験を受験する権利が与えられる」
「それは、知らなかった……」
「如何せん情報センターなどでバイトをしているとその辺の知識が身に付く。石川、お前も速やかに事務局に電話をして、家に帰るつもりがないのならその辺りで野垂れ死ね」
「そうは言っても、俺は昨日からここでお前たちといたんだ。お前たちが喚こうが、今更だ」
それは、確かにそう。徹は昨日からこの部屋で過ごしていた。それは私たちも同じように。同じ空間に長い間いたのだから、既にウイルス自体は持っていて、まだ発症していないだけという可能性もある。徹を中心としたインフルエンザのゼミ内流行が起こるのか。
「そう言っても美奈は平気だろう」
「……どうして…?」
「紅茶にはインフルエンザウイルスを無力化するという研究データが発表されている。美奈は寒くなって来た頃から冷え性対策として紅茶に生姜を入れて飲んでいるのだから、並の奴より発症しにくいのでは」
「……それなら、リンも……」
「いや、ミルクティーではタンパク質に紅茶ポリフェノールが取り込まれて効果が無くなるそうでな。一口二口をストレートで飲むということもしていないから、オレは対策をしていないに等しい」
「ヤクルトは……」
「A型とは戦えるようだがB型だとどうか」
病院でもう薬を吸ったりもらったりしているから、自分の症状自体は先より軽くなっているよう。だけど、徹がインフルエンザに罹っているという事実は変わりない。徹がこのままここにいるつもりなら私やリン、その他のゼミ生も危ない。
すると、ピロピロとどこからか電子音。誰かのスマホに通知が入ったのかもしれない。だけど、私でもリンでもなさそうな感じ。どうやら自分だと気付いた徹は、うるさいなと言いたげな顔で届いたであろう通知の内容を確認する。
「……帰ります」
「どうした、急に」
「何の心変わりが…?」
「いや、母さんからLINEが入って、沙也がインフルになったって」
「……大変」
「――とまあ、俺がここにいる理由もなくなったし、今日のところはこれくらいにしておいてやる」
「完全に悪役の去り際だな」
「何とでも言え。ああ、もしかしたら昨日俺にのど飴をくれたときか…!」
「帰るならさっさと帰れ、歩く病原体が」
徹が帰ると、リンはこれ見よがしにクレベリンを徹のいたところを中心に設置した。しばらく徹が大学に出て来れないのは確定したし、テストに関しては後日の追試を受けることになるのだろう。救いは、沙也ちゃんと同時に発症したことで今後はさほど大袈裟に心配することが無くなりそうなこと。
「まったく、人騒がせな奴だ」
「……一度やったことで、私たちに対してうるさく言うことも、今シーズンはきっと無くなる……」
「結果、どれだけ気を付けていてもなるときはなるし、ならんときはならんということだな」
「……確かに」
「しかし、一説ではチョコレートにもインフルエンザウイルスの感染抑制効果があるとかないとかと言うのだがな」
「……本当…?」
「省庁のサイトにその記述はあったが、医薬品ではないからな。なるときはなるしならんときはならんとしか言いようがないな」
end.
++++
今年はイシカー兄さんがインフルった様子。妹にだけはうつせない…!
それをリン美奈があーあって感じで見てるだけのヤツ。紅茶の研究レポートって新しい話ですよね結構
チョコレート、風邪のひきはじめにはあまり良くないみたいですね。チョコレートお化けの兄さんにはあまりよろしくない話だった
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