2018(04)
■春は眠っていられるように
++++
「なあ慧梨夏、ちょっと考えてたんだけど聞いてくれるか」
「うん、どうしたの」
洗濯した物を干そうとカゴに入れていて、ふと思ったんだ。こんな風にさあ洗濯物を干すぞって思いっきり窓を開けられるのも、もうわずかな時間しか残されていないんじゃないかって思って。それは別に洗濯物に限った話じゃない。布団干しにしてもそうだ。
「俺にはもう時間が残されていない。だから冬の間に溜まった洗い物を、来週の日曜日までに全部出してくれ。宣戦布告する。洗濯戦争を始めるから」
「うん、わかったけど時間が残されてないっていうのは? 部屋を引き払うからじゃなくて?」
伊東家の教育方針で、俺は3年生が終わるまで一人暮らしをすることになっている。姉ちゃんも3年までは一人暮らしをしてて、今は実家から大学に通ってるし。決して通えない距離じゃないけど一回やってみろってことですね。これは贅沢な話なんだろうとは今になって思う。
そんな一人暮らし生活ももうすぐ終わりを迎えようとしていて、何気に少しずつ引っ越しの準備を始めてたりもするんだ。要らない物は処分したり、実家に持ち帰ったり。極力物を増やさないようにするっていうのも心がけてるかな。慧梨夏の私物も最低限に抑えてもらってるし。
「引き払うからじゃなくて、もうすぐ魔の季節が始まるだろ。だから外に出れなくなる前に外での活動を済ませておきたい」
「そっか、それがあったね。わかった。洗濯物を全部出せばいいんだね。えっ、それは毛布とかも?」
「出せるんであれば出していいよ。家でやれるのは家でやるし、量次第ではコインランドリーに持ってくから」
春はあらゆる生命が蠢いて、芽吹く季節としてのイメージが強い。だけど俺にとって春は死の季節だ。春はこの世の地獄で、マジで消えてなくなれというその一点。冬の終わりほど絶望的な瞬間はこの世に存在しない。
それというのも、無尽蔵に飛始めるスギ花粉がすべての元凶で、災厄なんだ。一旦それを感知してしまえばくしゃみや鼻水は止まらないし、酷い日には寝込むし。もう何もしたくなくなって、生活すら破綻する。
洗濯物を外で干すなんて以ての外。春と梅雨のために室内干しを極めたと言っても過言じゃない。春は着る服の素材も花粉を落としやすい化学繊維を選んでるし。玄関で落とすところまで落としきらないと部屋まで上がらないし、外からの人も高ピーばりに上げなくなるからね。
「カズ、結局今年も病院行かなかったじゃん」
「行けるなら行こうとは思ってた」
「思ってるだけじゃ行かないからね結局」
「寝込むことがあっても食には困らないようにお前に少しずつ家事を教えてたんじゃんな」
「えっ、そのため!? 花嫁修業じゃなかったの!?」
「花粉症対策が8割」
「なにそれー!」
慧梨夏がやいやい言ってるけど、俺が寝込んでても慧梨夏には自分で何とかしてもらわないといけないワケだしな。花粉症対策と花嫁修業はイコールでいいと思うんだよ。決して間違ってないと俺は言い張る。いつまでも嫁が家事音痴どうこうでイジられるのも、慧梨夏の名誉に関わるし。
「聞いてくれ慧梨夏、今年の花粉飛散量は例年よりとんでもなく多いらしいんだ。つまり、俺はもう永くない」
「部屋の中では生きてくれるんでしょ?」
「花粉が持ち込まれなきゃな」
「でも、こう言っちゃ難だけど花粉症で寝込んでるカズがうちに甘えてくるのがかわいいし、悪いことばかりでもないかなとは」
「何だそれ。俺は死にそうになってるのに」
「それに乗じて昨シーズンおっぱいぱふぱふしてたのは誰ですか」
「すんませんっした。多分今シーズンもやります」
「宣言されても。まあいいんだけどさ。何か母性が芽生えるよね」
母性とか言われたらさ、反則だと思うんですよ。ぐちゃっぐちゃのどろっどろに甘えたいような感じもちょっとあるし、ぐちゃっぐちゃのどろっどろに溶かしてやりたいって感じもすごくあるし。欲情か? これが欲情か。肉欲がないとは言わないけれど、欲心の方の欲情な。一歩踏み込んで、慧梨夏の体を引き寄せる。少し目を合わせて、無言のまま顔を近付けていくと、唇の前に立てられた人差し指。
「カーズ、まだダメ。洗濯物干すんでしょ?」
「そうだった」
「素で忘れてたヤツじゃん。後でね」
このままなだれ込んだら洗濯物シワシワになっちゃうでしょ、と。確かに。洗濯物が本題だった。あーちきしょい、もやもやする。中途半端に性欲が滾ってのぼせてしまったので、冬の空気を吸って頭を冷やそう。ベランダに立ってなさいってか。まあ、後でねって寸止めされたそれがお流れになることは経験上ほとんどないし。今は洗濯物が優先。
「そうだ慧梨夏、花粉飛び始める前にどっか遠出するか」
「どっかって?」
「どっか。とにかく外。観光でも買い物でも温泉でもドライブでも。まだ何も考えてないけど」
「行きます」
「それか向島で花粉が飛び始めてから北辰とか飛んでないところに避難する的な」
「少しでも期間を短くする的な」
「的な」
そんな風にゆっくり時間をとれるのも学生のうちだけだろうし。でも来年の今頃は新婚旅行でもしてるのかなって考えると、ハネムーンは花粉に関係のない場所にしたいですね! 旅行のモチベーションにも関わるから。
「就活も始まるし、一人暮らしも終わるし。これからどうなるかね」
「カズの空清はどこに行くのかな」
「お前の部屋だろうなあ」
「入り浸る気マンマンじゃん」
「逆に聞くけど、俺がいなくてお前は趣味充出来るのかと」
「ごはん大事!」
end.
++++
バカップルが春に向けていろいろ申し合わせ事項を確認しているようです。そろそろ始まるのでね。
むっつりっちーが出て来るのもなかなかに久し振りな気がするけどこの人は隙あらば狙っていくんですよ!
って言うか肉欲じゃなくて欲心の方の欲情っつっときながら最終的にガッツリ性欲っつってるのはどうなんですかねえ
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「なあ慧梨夏、ちょっと考えてたんだけど聞いてくれるか」
「うん、どうしたの」
洗濯した物を干そうとカゴに入れていて、ふと思ったんだ。こんな風にさあ洗濯物を干すぞって思いっきり窓を開けられるのも、もうわずかな時間しか残されていないんじゃないかって思って。それは別に洗濯物に限った話じゃない。布団干しにしてもそうだ。
「俺にはもう時間が残されていない。だから冬の間に溜まった洗い物を、来週の日曜日までに全部出してくれ。宣戦布告する。洗濯戦争を始めるから」
「うん、わかったけど時間が残されてないっていうのは? 部屋を引き払うからじゃなくて?」
伊東家の教育方針で、俺は3年生が終わるまで一人暮らしをすることになっている。姉ちゃんも3年までは一人暮らしをしてて、今は実家から大学に通ってるし。決して通えない距離じゃないけど一回やってみろってことですね。これは贅沢な話なんだろうとは今になって思う。
そんな一人暮らし生活ももうすぐ終わりを迎えようとしていて、何気に少しずつ引っ越しの準備を始めてたりもするんだ。要らない物は処分したり、実家に持ち帰ったり。極力物を増やさないようにするっていうのも心がけてるかな。慧梨夏の私物も最低限に抑えてもらってるし。
「引き払うからじゃなくて、もうすぐ魔の季節が始まるだろ。だから外に出れなくなる前に外での活動を済ませておきたい」
「そっか、それがあったね。わかった。洗濯物を全部出せばいいんだね。えっ、それは毛布とかも?」
「出せるんであれば出していいよ。家でやれるのは家でやるし、量次第ではコインランドリーに持ってくから」
春はあらゆる生命が蠢いて、芽吹く季節としてのイメージが強い。だけど俺にとって春は死の季節だ。春はこの世の地獄で、マジで消えてなくなれというその一点。冬の終わりほど絶望的な瞬間はこの世に存在しない。
それというのも、無尽蔵に飛始めるスギ花粉がすべての元凶で、災厄なんだ。一旦それを感知してしまえばくしゃみや鼻水は止まらないし、酷い日には寝込むし。もう何もしたくなくなって、生活すら破綻する。
洗濯物を外で干すなんて以ての外。春と梅雨のために室内干しを極めたと言っても過言じゃない。春は着る服の素材も花粉を落としやすい化学繊維を選んでるし。玄関で落とすところまで落としきらないと部屋まで上がらないし、外からの人も高ピーばりに上げなくなるからね。
「カズ、結局今年も病院行かなかったじゃん」
「行けるなら行こうとは思ってた」
「思ってるだけじゃ行かないからね結局」
「寝込むことがあっても食には困らないようにお前に少しずつ家事を教えてたんじゃんな」
「えっ、そのため!? 花嫁修業じゃなかったの!?」
「花粉症対策が8割」
「なにそれー!」
慧梨夏がやいやい言ってるけど、俺が寝込んでても慧梨夏には自分で何とかしてもらわないといけないワケだしな。花粉症対策と花嫁修業はイコールでいいと思うんだよ。決して間違ってないと俺は言い張る。いつまでも嫁が家事音痴どうこうでイジられるのも、慧梨夏の名誉に関わるし。
「聞いてくれ慧梨夏、今年の花粉飛散量は例年よりとんでもなく多いらしいんだ。つまり、俺はもう永くない」
「部屋の中では生きてくれるんでしょ?」
「花粉が持ち込まれなきゃな」
「でも、こう言っちゃ難だけど花粉症で寝込んでるカズがうちに甘えてくるのがかわいいし、悪いことばかりでもないかなとは」
「何だそれ。俺は死にそうになってるのに」
「それに乗じて昨シーズンおっぱいぱふぱふしてたのは誰ですか」
「すんませんっした。多分今シーズンもやります」
「宣言されても。まあいいんだけどさ。何か母性が芽生えるよね」
母性とか言われたらさ、反則だと思うんですよ。ぐちゃっぐちゃのどろっどろに甘えたいような感じもちょっとあるし、ぐちゃっぐちゃのどろっどろに溶かしてやりたいって感じもすごくあるし。欲情か? これが欲情か。肉欲がないとは言わないけれど、欲心の方の欲情な。一歩踏み込んで、慧梨夏の体を引き寄せる。少し目を合わせて、無言のまま顔を近付けていくと、唇の前に立てられた人差し指。
「カーズ、まだダメ。洗濯物干すんでしょ?」
「そうだった」
「素で忘れてたヤツじゃん。後でね」
このままなだれ込んだら洗濯物シワシワになっちゃうでしょ、と。確かに。洗濯物が本題だった。あーちきしょい、もやもやする。中途半端に性欲が滾ってのぼせてしまったので、冬の空気を吸って頭を冷やそう。ベランダに立ってなさいってか。まあ、後でねって寸止めされたそれがお流れになることは経験上ほとんどないし。今は洗濯物が優先。
「そうだ慧梨夏、花粉飛び始める前にどっか遠出するか」
「どっかって?」
「どっか。とにかく外。観光でも買い物でも温泉でもドライブでも。まだ何も考えてないけど」
「行きます」
「それか向島で花粉が飛び始めてから北辰とか飛んでないところに避難する的な」
「少しでも期間を短くする的な」
「的な」
そんな風にゆっくり時間をとれるのも学生のうちだけだろうし。でも来年の今頃は新婚旅行でもしてるのかなって考えると、ハネムーンは花粉に関係のない場所にしたいですね! 旅行のモチベーションにも関わるから。
「就活も始まるし、一人暮らしも終わるし。これからどうなるかね」
「カズの空清はどこに行くのかな」
「お前の部屋だろうなあ」
「入り浸る気マンマンじゃん」
「逆に聞くけど、俺がいなくてお前は趣味充出来るのかと」
「ごはん大事!」
end.
++++
バカップルが春に向けていろいろ申し合わせ事項を確認しているようです。そろそろ始まるのでね。
むっつりっちーが出て来るのもなかなかに久し振りな気がするけどこの人は隙あらば狙っていくんですよ!
って言うか肉欲じゃなくて欲心の方の欲情っつっときながら最終的にガッツリ性欲っつってるのはどうなんですかねえ
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