2018(04)
■とろけるほどの情熱を
++++
1月9日水曜日午前9時半、ピンクの外壁をしたいかにもな女性専用マンションの最上階に立ち、その部屋のインターホンを鳴らした。時間には基本厳格な奴だ。一度鳴らせば出て来るだろうとは過去の経験から。しかし、音沙汰がない。もう一度、インターホンを鳴らす。
インターホンを2度鳴らしてしばらくの間の後に、ガチャリと鍵の開く音。ようやくか。4階まで上って来たとは言え外で待つのは寒いし、何よりピンクの外壁をした女性専用マンションに男が立っているというのがまた異質な光景なのだ。早く出て来てもらって下まで降りたい。
「――ってお前、まさか寝起きか」
「本当に今起きた……悪い、上がってちょっと待っててくれるか」
ドアを開けた菜月は、部屋着にメガネのガチなオフモード。髪も跳ねて少しボサボサだ。俺が鳴らしたインターホンで起きたらしく、どうやらこれから身支度を始めるらしい。と言うかいくら俺でも一応は来客なのだから、あまりガチなオフモードで出て来るのもどうかと。
「珍しいこともあったモンだな、お前が約束の時間に遅れるとか」
「1年に何回か今回みたいな大爆発があるんだ」
「それじゃあ、俺は今日たまたま当たりを引いたワケだな」
「そういうことになる」
今日は菜月と出かける予定になっている。少し遅れた誕生日祝いの体だ。10月に俺のそれをやってもらったし、そのギブ&テイクで。先月の9日が菜月の誕生日だったんだけど、先月は俺がやたら忙しくて会う時間が取れなかったんだ。
ちょうど今日なら水曜日で俺は元々全休だしバイトも休みだ。菜月こそ本来全休ではないらしいがサボれるタイプの一般教養しかないとかで会うことになった。つか文系の3年で未だに般教取ってるとか地味にヤバいだろ。まあ、他校の事情は知らねえけれどもだ。
顔を洗い化粧水で肌を整え、コンタクトレンズを入れるなど諸々の身支度をしながら、菜月は大爆発の経緯を語り始めた。パソコンに入っているスパイダーソリティアに夢中になり過ぎたと。眠りません勝つまではという縛りプレイの結果、最難度ゲームに勝利したのは午前4時。
「でも、まだ今日で良かったかもしれないな」
「――っていうのは?」
「これがサークルの関係だったりすると、人のことを言えなくなる」
「向島は大なり小なり酷いとは聞くけどな」
「りっちゃん以外あまり信用出来ないんだ」
「ああ、律はちゃんとしてるな確かに」
「小なりで言えば圭斗と奈々、中なりがヒロとカンザキ。言わずと知れた悪質な遅刻魔がノサカだけど、うちの大爆発は下手したらノサカクラスだからな」
「年に1回2回クラスならまだ事故で済むじゃねえか」
「いや、仮にノサカより集合が遅かったりでもしてみろ、これ以上ないほどの屈辱だぞ」
「まあ、それはわからないでもない」
ヘアアイロンで前髪を伸ばしながら、菜月は先の大爆発時の悲劇とやらを語り始めた。長期休暇中のサークル特別活動の日のこと、圭斗からの電話で目が覚めたそうだ。圭斗からの用件は一言で。「野坂はもう来ているよ」と。
その宣告は、菜月にとってはこれ以上ないほどの屈辱だったらしい。日頃から昼放送の収録に時間単位で遅れて来る悪質な遅刻魔の野坂よりも自分の方が集合が遅いという事実に立ち上がれないほどの衝撃を受けた。あれは思い出したくもない。そう話を閉じてヘアアイロンの電源を切った。
「えっと、何着てこうかな」
「二輪移動に支障がないようにしとけとは言っとくぞ」
「ん」
服も着替え、何となく準備が整ったらしい。さて、もう5分もすれば外に出られるか。
「あー、欲しいの売り切れてたらどうしよう」
「その時は自分を恨め。つかこの時点で既に整理券配布には間に合ってねえからな」
「はい、すみません」
「朝イチから並ぼうとする根性だな。ま、爆発が起きて結果並べてねえけどな」
「だってさ、こういうイベントって大体星港開催じゃないか。まさか星港より先に豊葦でやるなんて思わないし、絶対行くしかないじゃないか」
「同意だ。さすがに星港よりは人も少ないだろうし、何よりちょっとそこまでっていう感覚で行きやすいのは魅力的だ」
「今日は限界までチョコをうまうまするんだ」
ちなみに今日の目的は豊葦市駅前の百貨店で開かれるチョコレートの祭典だ。有名なチョコレートの店やら海外のブランド、それからこのイベント限定のスイーツまでいろんなチョコレートが登場するらしい。正月が終われば間髪おかずに節分とバレンタインだ。
「豊葦の祭典でこれだけは外すなっていうポイントを某チョコレートお化けから聞いてるけど、その情報は使うか使わないか」
「使うに決まってるだろ。アイツの情報はガチだぞ。って言うか現場で会いそうな気さえする」
「ああ。開催期間中に1回は行くっつってたからな。つかお前軍資金は大丈夫なのか」
「来週から短期バイトの予定がある。だから少しの贅沢くらいなら大丈夫だ」
「お前がバイトすんのか」
「大石からの紹介でさ、吊り札付けの仕事。結構条件良かったし、ちょっとやっとこうかなと」
「よし、準備出来たか?」
「バッチリだ。待たせて本当に悪い」
「問題ねえ」
誕生日祝いの体ではあるが、俺の趣味でもあるから今回のチョコレートの祭典は単なる戦争なのかもしれない。ただ、こういうのは1人で行くよりも2人の方が交換し合ったり出来るし最終的に楽しいじゃねえか。祝い事はやっぱり楽しくなくちゃな。
「と言うか、ここでいいチョコ食べたら来月のハードルめっちゃ上がりそうだなあ。あの、あんま期待しないでいてもらえると」
「おっ、くれる体でいていいのか」
「3月にはちゃんと3倍返ししてもらうからな」
「はいはい、お前はそういう奴だよな」
end.
++++
ただしチョコレートへの情熱である。某チョコレートお化けさんもきっと遠征しに来ているだろうなあ
というワケで今年度らしい高菜要素、遅れた誕生日祝いです。本来今日浅浦誕なんですけど何をしてるんだろうかナノスパは
無制限飲みならぬ無制限チョコレート……いいじゃないですか、楽しいじゃないですか
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1月9日水曜日午前9時半、ピンクの外壁をしたいかにもな女性専用マンションの最上階に立ち、その部屋のインターホンを鳴らした。時間には基本厳格な奴だ。一度鳴らせば出て来るだろうとは過去の経験から。しかし、音沙汰がない。もう一度、インターホンを鳴らす。
インターホンを2度鳴らしてしばらくの間の後に、ガチャリと鍵の開く音。ようやくか。4階まで上って来たとは言え外で待つのは寒いし、何よりピンクの外壁をした女性専用マンションに男が立っているというのがまた異質な光景なのだ。早く出て来てもらって下まで降りたい。
「――ってお前、まさか寝起きか」
「本当に今起きた……悪い、上がってちょっと待っててくれるか」
ドアを開けた菜月は、部屋着にメガネのガチなオフモード。髪も跳ねて少しボサボサだ。俺が鳴らしたインターホンで起きたらしく、どうやらこれから身支度を始めるらしい。と言うかいくら俺でも一応は来客なのだから、あまりガチなオフモードで出て来るのもどうかと。
「珍しいこともあったモンだな、お前が約束の時間に遅れるとか」
「1年に何回か今回みたいな大爆発があるんだ」
「それじゃあ、俺は今日たまたま当たりを引いたワケだな」
「そういうことになる」
今日は菜月と出かける予定になっている。少し遅れた誕生日祝いの体だ。10月に俺のそれをやってもらったし、そのギブ&テイクで。先月の9日が菜月の誕生日だったんだけど、先月は俺がやたら忙しくて会う時間が取れなかったんだ。
ちょうど今日なら水曜日で俺は元々全休だしバイトも休みだ。菜月こそ本来全休ではないらしいがサボれるタイプの一般教養しかないとかで会うことになった。つか文系の3年で未だに般教取ってるとか地味にヤバいだろ。まあ、他校の事情は知らねえけれどもだ。
顔を洗い化粧水で肌を整え、コンタクトレンズを入れるなど諸々の身支度をしながら、菜月は大爆発の経緯を語り始めた。パソコンに入っているスパイダーソリティアに夢中になり過ぎたと。眠りません勝つまではという縛りプレイの結果、最難度ゲームに勝利したのは午前4時。
「でも、まだ今日で良かったかもしれないな」
「――っていうのは?」
「これがサークルの関係だったりすると、人のことを言えなくなる」
「向島は大なり小なり酷いとは聞くけどな」
「りっちゃん以外あまり信用出来ないんだ」
「ああ、律はちゃんとしてるな確かに」
「小なりで言えば圭斗と奈々、中なりがヒロとカンザキ。言わずと知れた悪質な遅刻魔がノサカだけど、うちの大爆発は下手したらノサカクラスだからな」
「年に1回2回クラスならまだ事故で済むじゃねえか」
「いや、仮にノサカより集合が遅かったりでもしてみろ、これ以上ないほどの屈辱だぞ」
「まあ、それはわからないでもない」
ヘアアイロンで前髪を伸ばしながら、菜月は先の大爆発時の悲劇とやらを語り始めた。長期休暇中のサークル特別活動の日のこと、圭斗からの電話で目が覚めたそうだ。圭斗からの用件は一言で。「野坂はもう来ているよ」と。
その宣告は、菜月にとってはこれ以上ないほどの屈辱だったらしい。日頃から昼放送の収録に時間単位で遅れて来る悪質な遅刻魔の野坂よりも自分の方が集合が遅いという事実に立ち上がれないほどの衝撃を受けた。あれは思い出したくもない。そう話を閉じてヘアアイロンの電源を切った。
「えっと、何着てこうかな」
「二輪移動に支障がないようにしとけとは言っとくぞ」
「ん」
服も着替え、何となく準備が整ったらしい。さて、もう5分もすれば外に出られるか。
「あー、欲しいの売り切れてたらどうしよう」
「その時は自分を恨め。つかこの時点で既に整理券配布には間に合ってねえからな」
「はい、すみません」
「朝イチから並ぼうとする根性だな。ま、爆発が起きて結果並べてねえけどな」
「だってさ、こういうイベントって大体星港開催じゃないか。まさか星港より先に豊葦でやるなんて思わないし、絶対行くしかないじゃないか」
「同意だ。さすがに星港よりは人も少ないだろうし、何よりちょっとそこまでっていう感覚で行きやすいのは魅力的だ」
「今日は限界までチョコをうまうまするんだ」
ちなみに今日の目的は豊葦市駅前の百貨店で開かれるチョコレートの祭典だ。有名なチョコレートの店やら海外のブランド、それからこのイベント限定のスイーツまでいろんなチョコレートが登場するらしい。正月が終われば間髪おかずに節分とバレンタインだ。
「豊葦の祭典でこれだけは外すなっていうポイントを某チョコレートお化けから聞いてるけど、その情報は使うか使わないか」
「使うに決まってるだろ。アイツの情報はガチだぞ。って言うか現場で会いそうな気さえする」
「ああ。開催期間中に1回は行くっつってたからな。つかお前軍資金は大丈夫なのか」
「来週から短期バイトの予定がある。だから少しの贅沢くらいなら大丈夫だ」
「お前がバイトすんのか」
「大石からの紹介でさ、吊り札付けの仕事。結構条件良かったし、ちょっとやっとこうかなと」
「よし、準備出来たか?」
「バッチリだ。待たせて本当に悪い」
「問題ねえ」
誕生日祝いの体ではあるが、俺の趣味でもあるから今回のチョコレートの祭典は単なる戦争なのかもしれない。ただ、こういうのは1人で行くよりも2人の方が交換し合ったり出来るし最終的に楽しいじゃねえか。祝い事はやっぱり楽しくなくちゃな。
「と言うか、ここでいいチョコ食べたら来月のハードルめっちゃ上がりそうだなあ。あの、あんま期待しないでいてもらえると」
「おっ、くれる体でいていいのか」
「3月にはちゃんと3倍返ししてもらうからな」
「はいはい、お前はそういう奴だよな」
end.
++++
ただしチョコレートへの情熱である。某チョコレートお化けさんもきっと遠征しに来ているだろうなあ
というワケで今年度らしい高菜要素、遅れた誕生日祝いです。本来今日浅浦誕なんですけど何をしてるんだろうかナノスパは
無制限飲みならぬ無制限チョコレート……いいじゃないですか、楽しいじゃないですか
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