2018(04)

■怠惰な空気をやり過ごす

++++

「いや、お前さ、怒涛の挨拶ラッシュに疲れたのはわかる。でもさ、それはなくねーか!?」
「正月くらいだらだらしたい」
「だからって俺の部屋でやるか!?」
「逆にお前の部屋くらいしかないだろ、そんなことが出来る場所なんか」
「ふざけんな」
「お前だって暇だったんだろ」
「ヒマだけどだなあ!」

 年が明けて、伊東家では正月真っ只中。じっちゃん家での餅つき大会が終わって一息した頃、うちに1人の来客があった。携帯と財布、それから日本酒のワンカップを持って疲れた顔の浅浦が逃げるようにしてうちに上がり込んで来たんだ。
 元日は伊東家と浅浦家の挨拶で終わるような感じだけど、浅浦家の正月は2日になってからが本番だ。親戚だの何だのがひっきりなしに挨拶に来て、ちょっとした宴会が開かれるそうだ。当然浅浦も挨拶をさせられるんだけど、コイツはそういうのが嫌いなんだ。
 うちも親戚はまあまあいる方だけど、誰が来るわけでもこっちが行くわけでもなく至って静かな正月を過ごしている。まあ、じっちゃん家での餅つき大会くらいかな、強いて言えば。それを浅浦も当然知っているからうちを避難場所にするんだ。

「考えてもみろ、ひっきりなしに人が来て、酒の相手をして大して面白くもない話に付き合うのは苦行以外の何物でもないだろ」
「わかんないでもないけど、一応愛想よくしとけよ」
「俺は限界まで頑張った」
「で、どうやって逃げて来たんだよ」
「母さんに体温計見せた」
「ですよねー。出たよ、毎度お馴染み仮病がよ」
「いいんだ。一般的な基準では十分休むべき熱なんだから」

 日本酒を煽りながら、浅浦は家での苦行を淡々と語る。まあ、めんどくさいなとは俺も思うけど、それでも逃げて来るとはなかなかの度胸だと思う。こういうとき、浅浦が利用するのは自分の平熱の高さだ。37度台は当たり前だし、38度台で微熱レベル。それを利用してコイツは逃げやがったのだ。

「伊東、お前、何度からが“発熱”の基準だと思う」
「ん? えーっと、そりゃ、37度じゃねーの」
「だと思うだろ。37度くらいならむしろ平熱の範囲だというデータが示されている。ちなみに、感染症法では37.5度以上が“発熱”で、38.0度以上だと“高熱”と言うらしい」
「屁理屈もいートコじゃねーか」
「37度以上を発熱だと思うようになったのは、昔の水銀体温計の表示がそう思わせている説が有力だとか」
「へー。でも使いどころのない雑学だな」

 要は、親年代以上の人が多い親戚にちょっと平熱を示した体温計を見せれば逃げるくらい楽勝だということで、これは浅浦の常套手段だ。おかげで浅浦は親戚の中じゃ年末年始にかけて風邪をよくひく大変な子という扱いになっているらしい。
 つーか、実際はうちに逃げ込んできて人の部屋でごろごろしてるだけの野郎なんだけどな。でも、浅浦が逃げることも織り込み済みでママさんがケーキを用意してくれているっていうのが何だかな。でも、ママさんのケーキはマジで美味しいからそれはそれで嬉しかったりする。

「雅弘、餅あるけど食べる? さっきついたばっかりのやつ」
「いただきます」
「カズは?」
「食べる」

 京子さんが餅を持って来てくれて、それを食いながら正月番組を見ているだけのぐうたらした感じだ。俺と浅浦が今食べている餅は、鏡餅用じゃなくてすぐ食べることを前提にちょっと粗めについてあって、食べ応えがちょっとある。
 市販の餅を全く食べないワケじゃないけど、うちの餅つきは結構な規模だから大体それで終わってしまう。鏡開きが終われば、うちだけじゃ食べ切れないそれを浅浦家や慧梨夏といった周りの人に配ったりするんだ。
 実家にいるとやることがあんまりなくて暇を拗らせてしまう。基本的にバイトは休みだし。家事をやってもいいんだろうけど、自分の部屋とこっちじゃまた要領が違うだろうし。夏の帰省でも思うけど、本当にやることがなさすぎて床に張り付く以外にすることが見当たらない。

「あー、マジでヒマ」
「じゃあ、銭湯でも行くか」
「おっ、いいね! それじゃあ風呂セット……ってお前の車の中だしそもそもお前酒飲んでるじゃねーか」
「ああ、そうだな」
「そうだなって」
「お前が俺の車を運転すればいいだけの話だろ、あの人の車が乗れるなら俺の車でも大丈夫だ。同じ普通車だし」
「そうじゃなくて、何かあった時に保険の問題とかいろいろあるだろ……」

 一番近いスーパー銭湯も徒歩で行ける距離じゃないし、浅浦は車に乗れないし。俺のバイクはあるけどこのクソ寒い中タンデムで風呂に行く度胸はない。慧梨夏の車ならともかく、他の奴の車を運転するのって怖いんだよな、慣れてないし。

「マジでヒマすぎて張り合いがない」
「お前それは贅沢な発言だぞ。ひっきりなしに人が来てゆっくり出来ないのに比べたら暇すぎる方がマシだ」
「いや、つかお前は仮病使って逃げるじゃんか」
「仮病は時間を捻出するひとつの手段だ」
「何それらしく言ってんだよ」
「と言うか、お前の場合サッカーを見るための年末年始だったんじゃないのか?」
「まだ時間がちょっと早いんだよ。あ~、ヒマ~」

 そう言えば俺は高校サッカーなどなどサッカー漬けの年末年始を送る体でいたんだ。だから慧梨夏ともしばらく連絡は取ってないし、遊びの予定も入れてないんだ。サッカーの中継が始まるまではあと2時間くらいか。外に出るにも中途半端だ。あーあ、何してよう。


end.


++++

正月でぐだぐだしているいち浅です。伊東家は来客もなくまったりした様子ですが、浅浦家はバタバタしている様子。
仮病で親戚への挨拶をサボるのはよくあることらしいのですが、たまにいますよね、年末年始に風邪ひく人……
って言うか人の家に逃げて来て酒飲んでるってやってることが大概だな浅浦雅弘

.
35/100ページ