2018(04)
■晦日詣でとその目的
++++
「狐、遅いぞ」
「着くと伝えた通りに来ているではないか。せっかちな狸め」
「さ、行くぞ」
シャッフルバンド音楽祭とやらが終わり解散したその足で、オレは待ち合わせに指定されていた丸の駅公園駅へ。路上でしか使わなかった相棒を背にその場所へ行けば、痺れを切らした性悪狸の車があった。
年越しにもなろうというこんなタイミングで石川と待ち合わせをしていたその理由だ。それはもういかにもな事情で、これから初詣に行こうという話になっている。オレたちが行くのは星港のとても大きな有名神社ではなく、地元の少し大きな神社だが。
「一応配信を見てたけど、何だったんだあのライブは」
「オレが聞きたい」
「謎に高崎やらアオがいるし」
「声の届く限りのバンドを集めた結果らしい。高山は主催の青山さんと同じバイト先だからというだけの理由で巻き込まれたそうだ」
「ふーん。でも、インストの曲の中にたまに好みの感じの曲があった」
「ジャズ風でなければそれはおそらくCONTINUEというゲーム系インストバンドの曲だろう」
「ああ、そうだそうだ、ゲームっぽい雰囲気があるなと思ったんだ」
オレはこの大晦日という日を音楽漬けで過ごし、石川はバイト漬けで過ごしていたらしい。サービス業、飲食業と言うのか、接客などで人に関わる仕事は盆正月すら関係ないのが大変だと心底思う。オレはたまたま洋食屋のシフトが入っていないだけなのだが。
石川は家でソバを食らって妹と戯れ、程良い時間になったのを確認して出てきたそうだ。本来石川は神という物を信じるような男ではない。ただ、妹のことになれば話は別で、初詣もするしお守りも買って帰るつもりなのだという。当然、賽銭を投げるのも妹のためだ。
それならば妹と一緒に初詣に行けばいいのではないかと思うが、受験を控えた大切な体を何があるかわからない深夜の人混みに放り込むことは出来ない、という理由で留守番をさせているらしい。そういう話を聞く度一人っ子のオレと美奈は理解に苦しみ、シスコン振りに呆れるのだ。
「しかし、お前も分刻みのスケジュールだったのだろう」
「ああ。とにかくこの3日間は戦争だったからな。星港に帰ってきて人の少なさにホッとした」
「あそこと比べればどんな都会でも密度は低かろう」
「それな」
ソバを食っていたのは夜になってからの話で、今日を含めたそれまでの3日間は東都でコミフェに参戦していた石川だ。自分のサークルでも参加していたし、一般としても参加していたそうで、それはもう充実した活動になったとか。
コミフェと言えば綾瀬も東都からのトンボ返りでブルースプリングの路上ライブを見に来ていたが、アイツもアイツで頭がおかしい。いや、それは今更だった。綾瀬に頼んでいたおつかいのブツも無事受け取ったので、帰ってからが楽しみだ。
「そうだリン、お前のおつかいをこなしてやったぞ」
「素直に礼を言おう。金額は後で計算してくれ。それと駄賃でいいか」
「どうした、珍しい。守銭奴のお前がチップをはずむとは。また雪を降らす気か」
「いや、自分で東都に行くことを考えれば、交通費などが浮いているからな。少しくらいは手数料ではないが、出すことは厭わん。現金がいいか、それとも飯がいいか」
「Google Playで」
「了解した」
石川の妹どうこう以外にも、この初詣には目的があった。それは祈願でもなく、神社で巫女としてアルバイトをしている美奈の冷やかしだ。基本はラジオ局での仕事をしている美奈だが、稀に神社でも働いている。七五三や初詣などの繁忙期には駆り出されるとか。
当然、この年末から正月にかけても美奈は巫女として駆り出されている。オレと石川はそんな美奈を新年早々冷やかそうとわざわざ神社へ足を運ぶのだ。冷やかしとは言ってもある程度は参拝客で溢れているだろうからすぐに美奈が見つかるとも限らんのだが。
「しかし、さすがに普段よりは車が多いな」
「だろうな。似たようなことを考える連中が多いんだろう。ったく、地下鉄が終夜運行してんだから市内の奴はそっち使えよ」
「さて、この調子で年が明ける前に西海に入れるかな」
「知らね。何が悲しくて車の中でお前と年を越さないといけないんだ」
「それはこちらのセリフだ」
「進みが鈍いし動画でも流すか」
カーナビでYou Tubeの動画を見ようと石川が操作を始めた瞬間前の車が動き出す。あるあるだな。オレが操作を引き継ぎ、年末でライブがやたら増えている中から適当なチャンネルを探す。視聴者がまあまあいる「大晦日ぼっち配信【第九】」を選択。
再生した瞬間、ギィと一瞬耳を覆いたくなるような弦の音。キャラクターの面をかぶった男がバイオリンで第九を演奏しているようだが、お世辞にも上手いとは言えん。いや、弾けてはいるし普通に第九だとはわかるが上手くはない。
「リンてめえ、何だその第九は」
「フッ。多少耳障りな音が混ざるくらいの方が眠気覚ましになってよかろう」
そうこうしている間に年が明けようとしている。どうやらオレはこのまま車内で石川と年越しを迎えるらしい。年が明けたからと言って急に何が変わるワケではないが、ひとつの区切りとしてある程度はしっかりとしておきたい。さて、来年はどんな年になるかね。
end.
++++
2018年の最後はイシカー兄さんとリン様のお話。終始兄さんの車の中でしたね。
リン様はお酒を飲んでるから車を運転出来ないのはわかるけど、わざわざ星港市内まで迎えに来てあげた兄さん今回善人じゃねーか
そして唐突なプロ氏の第九である。リン様……アンタももうちょっとしたらその団体に入るんやで
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「狐、遅いぞ」
「着くと伝えた通りに来ているではないか。せっかちな狸め」
「さ、行くぞ」
シャッフルバンド音楽祭とやらが終わり解散したその足で、オレは待ち合わせに指定されていた丸の駅公園駅へ。路上でしか使わなかった相棒を背にその場所へ行けば、痺れを切らした性悪狸の車があった。
年越しにもなろうというこんなタイミングで石川と待ち合わせをしていたその理由だ。それはもういかにもな事情で、これから初詣に行こうという話になっている。オレたちが行くのは星港のとても大きな有名神社ではなく、地元の少し大きな神社だが。
「一応配信を見てたけど、何だったんだあのライブは」
「オレが聞きたい」
「謎に高崎やらアオがいるし」
「声の届く限りのバンドを集めた結果らしい。高山は主催の青山さんと同じバイト先だからというだけの理由で巻き込まれたそうだ」
「ふーん。でも、インストの曲の中にたまに好みの感じの曲があった」
「ジャズ風でなければそれはおそらくCONTINUEというゲーム系インストバンドの曲だろう」
「ああ、そうだそうだ、ゲームっぽい雰囲気があるなと思ったんだ」
オレはこの大晦日という日を音楽漬けで過ごし、石川はバイト漬けで過ごしていたらしい。サービス業、飲食業と言うのか、接客などで人に関わる仕事は盆正月すら関係ないのが大変だと心底思う。オレはたまたま洋食屋のシフトが入っていないだけなのだが。
石川は家でソバを食らって妹と戯れ、程良い時間になったのを確認して出てきたそうだ。本来石川は神という物を信じるような男ではない。ただ、妹のことになれば話は別で、初詣もするしお守りも買って帰るつもりなのだという。当然、賽銭を投げるのも妹のためだ。
それならば妹と一緒に初詣に行けばいいのではないかと思うが、受験を控えた大切な体を何があるかわからない深夜の人混みに放り込むことは出来ない、という理由で留守番をさせているらしい。そういう話を聞く度一人っ子のオレと美奈は理解に苦しみ、シスコン振りに呆れるのだ。
「しかし、お前も分刻みのスケジュールだったのだろう」
「ああ。とにかくこの3日間は戦争だったからな。星港に帰ってきて人の少なさにホッとした」
「あそこと比べればどんな都会でも密度は低かろう」
「それな」
ソバを食っていたのは夜になってからの話で、今日を含めたそれまでの3日間は東都でコミフェに参戦していた石川だ。自分のサークルでも参加していたし、一般としても参加していたそうで、それはもう充実した活動になったとか。
コミフェと言えば綾瀬も東都からのトンボ返りでブルースプリングの路上ライブを見に来ていたが、アイツもアイツで頭がおかしい。いや、それは今更だった。綾瀬に頼んでいたおつかいのブツも無事受け取ったので、帰ってからが楽しみだ。
「そうだリン、お前のおつかいをこなしてやったぞ」
「素直に礼を言おう。金額は後で計算してくれ。それと駄賃でいいか」
「どうした、珍しい。守銭奴のお前がチップをはずむとは。また雪を降らす気か」
「いや、自分で東都に行くことを考えれば、交通費などが浮いているからな。少しくらいは手数料ではないが、出すことは厭わん。現金がいいか、それとも飯がいいか」
「Google Playで」
「了解した」
石川の妹どうこう以外にも、この初詣には目的があった。それは祈願でもなく、神社で巫女としてアルバイトをしている美奈の冷やかしだ。基本はラジオ局での仕事をしている美奈だが、稀に神社でも働いている。七五三や初詣などの繁忙期には駆り出されるとか。
当然、この年末から正月にかけても美奈は巫女として駆り出されている。オレと石川はそんな美奈を新年早々冷やかそうとわざわざ神社へ足を運ぶのだ。冷やかしとは言ってもある程度は参拝客で溢れているだろうからすぐに美奈が見つかるとも限らんのだが。
「しかし、さすがに普段よりは車が多いな」
「だろうな。似たようなことを考える連中が多いんだろう。ったく、地下鉄が終夜運行してんだから市内の奴はそっち使えよ」
「さて、この調子で年が明ける前に西海に入れるかな」
「知らね。何が悲しくて車の中でお前と年を越さないといけないんだ」
「それはこちらのセリフだ」
「進みが鈍いし動画でも流すか」
カーナビでYou Tubeの動画を見ようと石川が操作を始めた瞬間前の車が動き出す。あるあるだな。オレが操作を引き継ぎ、年末でライブがやたら増えている中から適当なチャンネルを探す。視聴者がまあまあいる「大晦日ぼっち配信【第九】」を選択。
再生した瞬間、ギィと一瞬耳を覆いたくなるような弦の音。キャラクターの面をかぶった男がバイオリンで第九を演奏しているようだが、お世辞にも上手いとは言えん。いや、弾けてはいるし普通に第九だとはわかるが上手くはない。
「リンてめえ、何だその第九は」
「フッ。多少耳障りな音が混ざるくらいの方が眠気覚ましになってよかろう」
そうこうしている間に年が明けようとしている。どうやらオレはこのまま車内で石川と年越しを迎えるらしい。年が明けたからと言って急に何が変わるワケではないが、ひとつの区切りとしてある程度はしっかりとしておきたい。さて、来年はどんな年になるかね。
end.
++++
2018年の最後はイシカー兄さんとリン様のお話。終始兄さんの車の中でしたね。
リン様はお酒を飲んでるから車を運転出来ないのはわかるけど、わざわざ星港市内まで迎えに来てあげた兄さん今回善人じゃねーか
そして唐突なプロ氏の第九である。リン様……アンタももうちょっとしたらその団体に入るんやで
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