2018(04)
■戦いは西で東で
++++
「……よしっ。行くぞ浅浦、戦争だ!」
東都に出陣した彼女を見送り伊東が実家に戻って来ると、年末だという感じがする。数年前、うちの父さんが蕎麦打ちを始めた。それが人に出せる物になってからは、年越しには伊東家の面々も招待して年越し蕎麦を食べることが恒例行事になっている。
俺と伊東はその年越し蕎麦や正月に向けた買い物を頼まれるようになっていた。それぞれの母や兄弟は大掃除などに忙しくしていて外に出られない。派手な片付けの必要がないと見なされていることや、1人暮らしで買い物が日常の仕事と化していることもあり、外回りを担当するのだ。
伊東は買い物カゴを手に颯爽と俺の車の助手席に乗り込む。この買い物では基本的に俺がドライバーを担当することになっている。その理由はただひとつ。コイツの極度の方向音痴だ。と言うか、伊東家は方向音痴が多すぎる。京子さんも酷いし、美弥子も軽度の方向音痴だ。でもコイツが一番酷い。
「何を買うとかっていうのはメモしたりしてんのか」
「一応チラシをざっと見てたんだけど、慌てて飛びつくようなモンも特にないかなーとは。本当に必要なモンだけで十分だ」
「とりあえず目下の年越し蕎麦関係か」
「そうなるな。おせちとかはもう揃ってるし、餅は必要ないし。まあ、申し訳程度にカレーの材料くらいは買ってったらいいと思う」
伊東家は今時珍しいくらいに正月らしい正月の過ごし方をする家だ。年越し蕎麦を食べて初詣に行き、年始の挨拶をして餅つき大会。その間の食事はおせちを少しずつ摘まみ、それが無くなって来るか飽きてきた頃にはカレーを作り始める。
親同士が既に幼馴染みの腐れ縁である浅浦家とは年始の挨拶も丁寧に交わしている。毎年交代で挨拶に行ったり来たりするんだけど、今年はうちが伊東家にお邪魔する番だったかな。……ということはあの凶悪なぜんざいがお目見えするのか。
「年越しそばっつーか天ぷらの材料な。うちはみんな野菜のかき揚げだから苦労しないと思うけど、問題は浅浦家っつーかお前だ」
「俺か」
「正月イコールエビみたいなトコってあるじゃんな」
「そこまで確保出来なくなるようなことにはならないと思うけど」
「甘い。年末のスーパーはそれこそ戦場だぞ」
その発言にはさすがにお前はどこの主婦だとツッコミたくなるけど、それこそ日頃から主婦もビックリの家事三昧だから発言にはある一定の説得力がある。極度の方向音痴だからスーパーのハシゴは出来ないが、その分曜日と時間帯でどういう売り出し方をしているかなどの傾向と対策はしっかり分析出来ている。
実家近くのスーパーで、なおかつ年末商戦の中ではさすがにマンション近くのスーパーと同じ風にとは行かないだろう。だけど、どこかこの“戦争”を甘く見ている俺の尻を叩き、根性入れろよと檄を飛ばす様は歴戦の勇士だ。
ちなみに、年越し蕎麦の上には各々の好きな天麩羅を乗せるのが通例だ。伊東家は美弥子が薬味を大盛りにする以外はみんな野菜のかき揚げで統一されているけど、うちはみんなそれぞれ好きな具が違う。俺は海老天だし未夏はイカ、その他にもいろんな天麩羅を用意して摘まめばいいんじゃないかというスタイル。
かき揚げの具になる野菜と海老とイカと、他にどんな具があればそれらしくなるだろうか。天麩羅と言えば俺の中では海老一択で、他に何があっただろうかと想像することさえ出来ない。まあ、その辺は伊東に任せよう。
「そばに乗せる、またはおかずとして食べる天ぷらの具なー。ちくわとかかしわ天とか?」
「なるほど、その発想はなかった」
「あとなー、大葉の天ぷらが結構美味い」
「いかにも伊東家らしい発想だな」
「うるせー、ネギの天ぷらって言わないだけいいだろ。あっ、半熟卵天にも挑戦したいな。浅浦、ママさんに頼んだら俺も手伝わせてもらえるかな」
「まあ、むしろ歓迎されると思うけど」
「よし、帰ったら頼んでみよう」
コイツがどこを目指しているのかわからなくなることは多々ある。ただ、このクソ忙しい年末に、家のことを手伝うことの出来る戦力はあればあるだけ役に立つだろう。その点で言えば俺はあまり役に立たない。部屋だって本当は持ち帰って来た本で溢れてるから片付けなきゃいけないし。
「そう言えば、来年はわかってるだろ」
「へーへー。わかってますよ。つか俺からも一応言ってある。まあ、今言ったところで多分無意味だから、ちょこちょこ言い続けることにはなるんだろうけどな」
「ワーカホリックな嫁で苦労するな、なかなか捕まえられなくて」
「いいんだよ。最終的には帰って来るってわかってるから好き放題させられるワケだし」
「婚約ともなれば発言の重みが違うな」
「茶化すなこの野郎」
予定通り行けば、伊東は来年の今頃にはもうあの人と入籍を済ませている。家同士の年末年始の行事にも参加することになるだろうから東都での戦争はどうなるだろうか、という話はちょくちょく出ている。どうするつもりなんだろうな真面目に。
「何にせよ、慧梨夏は戦場をバタバタ行き来するくらいでちょうどいいんだよ」
「そうかもな。……さ、もうすぐ着くぞ。俺たちも戦場入りだ」
「年末特売とポイント10倍の威力はハンパないぞ浅浦、覚悟はいいか」
end.
++++
いち浅のお買物です。年末なので、いろいろ必要な物の買い出しですね。年末年始の行事は伊東家と浅浦家の合同でやってる感。
と言うかいち氏の方向音痴以前に荷物の運搬力なんかを考えた場合二輪よか普通車でしょう
スーパーで大活躍するのはいち氏ですね。年末商戦にも実はちょっとワクワクしてるんじゃないかしら
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「……よしっ。行くぞ浅浦、戦争だ!」
東都に出陣した彼女を見送り伊東が実家に戻って来ると、年末だという感じがする。数年前、うちの父さんが蕎麦打ちを始めた。それが人に出せる物になってからは、年越しには伊東家の面々も招待して年越し蕎麦を食べることが恒例行事になっている。
俺と伊東はその年越し蕎麦や正月に向けた買い物を頼まれるようになっていた。それぞれの母や兄弟は大掃除などに忙しくしていて外に出られない。派手な片付けの必要がないと見なされていることや、1人暮らしで買い物が日常の仕事と化していることもあり、外回りを担当するのだ。
伊東は買い物カゴを手に颯爽と俺の車の助手席に乗り込む。この買い物では基本的に俺がドライバーを担当することになっている。その理由はただひとつ。コイツの極度の方向音痴だ。と言うか、伊東家は方向音痴が多すぎる。京子さんも酷いし、美弥子も軽度の方向音痴だ。でもコイツが一番酷い。
「何を買うとかっていうのはメモしたりしてんのか」
「一応チラシをざっと見てたんだけど、慌てて飛びつくようなモンも特にないかなーとは。本当に必要なモンだけで十分だ」
「とりあえず目下の年越し蕎麦関係か」
「そうなるな。おせちとかはもう揃ってるし、餅は必要ないし。まあ、申し訳程度にカレーの材料くらいは買ってったらいいと思う」
伊東家は今時珍しいくらいに正月らしい正月の過ごし方をする家だ。年越し蕎麦を食べて初詣に行き、年始の挨拶をして餅つき大会。その間の食事はおせちを少しずつ摘まみ、それが無くなって来るか飽きてきた頃にはカレーを作り始める。
親同士が既に幼馴染みの腐れ縁である浅浦家とは年始の挨拶も丁寧に交わしている。毎年交代で挨拶に行ったり来たりするんだけど、今年はうちが伊東家にお邪魔する番だったかな。……ということはあの凶悪なぜんざいがお目見えするのか。
「年越しそばっつーか天ぷらの材料な。うちはみんな野菜のかき揚げだから苦労しないと思うけど、問題は浅浦家っつーかお前だ」
「俺か」
「正月イコールエビみたいなトコってあるじゃんな」
「そこまで確保出来なくなるようなことにはならないと思うけど」
「甘い。年末のスーパーはそれこそ戦場だぞ」
その発言にはさすがにお前はどこの主婦だとツッコミたくなるけど、それこそ日頃から主婦もビックリの家事三昧だから発言にはある一定の説得力がある。極度の方向音痴だからスーパーのハシゴは出来ないが、その分曜日と時間帯でどういう売り出し方をしているかなどの傾向と対策はしっかり分析出来ている。
実家近くのスーパーで、なおかつ年末商戦の中ではさすがにマンション近くのスーパーと同じ風にとは行かないだろう。だけど、どこかこの“戦争”を甘く見ている俺の尻を叩き、根性入れろよと檄を飛ばす様は歴戦の勇士だ。
ちなみに、年越し蕎麦の上には各々の好きな天麩羅を乗せるのが通例だ。伊東家は美弥子が薬味を大盛りにする以外はみんな野菜のかき揚げで統一されているけど、うちはみんなそれぞれ好きな具が違う。俺は海老天だし未夏はイカ、その他にもいろんな天麩羅を用意して摘まめばいいんじゃないかというスタイル。
かき揚げの具になる野菜と海老とイカと、他にどんな具があればそれらしくなるだろうか。天麩羅と言えば俺の中では海老一択で、他に何があっただろうかと想像することさえ出来ない。まあ、その辺は伊東に任せよう。
「そばに乗せる、またはおかずとして食べる天ぷらの具なー。ちくわとかかしわ天とか?」
「なるほど、その発想はなかった」
「あとなー、大葉の天ぷらが結構美味い」
「いかにも伊東家らしい発想だな」
「うるせー、ネギの天ぷらって言わないだけいいだろ。あっ、半熟卵天にも挑戦したいな。浅浦、ママさんに頼んだら俺も手伝わせてもらえるかな」
「まあ、むしろ歓迎されると思うけど」
「よし、帰ったら頼んでみよう」
コイツがどこを目指しているのかわからなくなることは多々ある。ただ、このクソ忙しい年末に、家のことを手伝うことの出来る戦力はあればあるだけ役に立つだろう。その点で言えば俺はあまり役に立たない。部屋だって本当は持ち帰って来た本で溢れてるから片付けなきゃいけないし。
「そう言えば、来年はわかってるだろ」
「へーへー。わかってますよ。つか俺からも一応言ってある。まあ、今言ったところで多分無意味だから、ちょこちょこ言い続けることにはなるんだろうけどな」
「ワーカホリックな嫁で苦労するな、なかなか捕まえられなくて」
「いいんだよ。最終的には帰って来るってわかってるから好き放題させられるワケだし」
「婚約ともなれば発言の重みが違うな」
「茶化すなこの野郎」
予定通り行けば、伊東は来年の今頃にはもうあの人と入籍を済ませている。家同士の年末年始の行事にも参加することになるだろうから東都での戦争はどうなるだろうか、という話はちょくちょく出ている。どうするつもりなんだろうな真面目に。
「何にせよ、慧梨夏は戦場をバタバタ行き来するくらいでちょうどいいんだよ」
「そうかもな。……さ、もうすぐ着くぞ。俺たちも戦場入りだ」
「年末特売とポイント10倍の威力はハンパないぞ浅浦、覚悟はいいか」
end.
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いち浅のお買物です。年末なので、いろいろ必要な物の買い出しですね。年末年始の行事は伊東家と浅浦家の合同でやってる感。
と言うかいち氏の方向音痴以前に荷物の運搬力なんかを考えた場合二輪よか普通車でしょう
スーパーで大活躍するのはいち氏ですね。年末商戦にも実はちょっとワクワクしてるんじゃないかしら
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