2018(04)
■余韻が尾を引いたまま
++++
「3、2、1……終わりー! 誓約書の効力は切れました!」
「はい、確かに。12月25日午前8時。終了です」
「ひゃっほーう! 書くぞー!」
クリスマスイブのデートを終え、2人で迎えた25日の朝。朝も早くから慧梨夏はパソコンデスクの前に陣取って正座で時計を確認している。デジタル時計の秒針が1秒1秒単調に刻んでいるのを穴が開くんじゃないかってくらいに見つめていて。
迎えた午前8時、慧梨夏は机の上に置いた1枚の白い紙をビリビリと引き裂きいろいろなアプリケーションを立ち上げた。23日から封印していた趣味の活動を再開するためだ。どうして趣味を封印していたのかと言うと、ビリビリにした紙が関係している。
「カズ、うち今日忙しいから遊びに行ってきていいよ」
「暗に出てけっつってないか」
「気の所為気の所為」
「つか、ここは俺の家だしお前が使ってるパソコンは俺のだということは一応言っておく」
24日の0時と言うか23日の24時と言うか。それから25日午前8時までは、一切の趣味の活動を封印するという誓約書を俺は慧梨夏に書かせていた。一応「趣味には相互不干渉」が互いのルールではあるんだけど、ここのところはちょっと酷すぎたから。
いや、冬のコミフェが近いから慧梨夏みたいな人にとっては戦争の準備に忙しいまさに修羅場なのはわかるけれどもだ。デートとかのイベントも大切にするっていうのも俺たちの間の決まり事で、それはそうとして慧梨夏も納得しているからだ。
ただ、油断するとデートの最中でもネタ集めを始めるし、爛れた妄想をダダ漏れにしてしまう悪癖が炸裂しかねない。……というワケで、24日から今朝までは一応趣味に関わる一切のことを中断してもらって、現実世界に帰って来てもらおうと。
「つか、完全に禁欲生活から解き放たれた獣じゃねーか」
「例えが酷いなあ。ホントのケダモノには言われたくないんですけど」
「例えじゃねーか」
「って言うかラストスパートかけなきゃだから。1日2日あればコピ本の1冊くらい作れるし。弾は多くなくちゃ。ネタは新鮮なうちに調理ですよ」
「よくやるわ」
年末年始は互いにいろいろ忙しい。慧梨夏はこんな感じで忙しいけど、俺は俺でサッカーに忙しい。案外利害が一致してくるもので、正月休みに初詣以外で会わないと言うと周りの人には意外がられるけど、忙しいんですよ趣味に。
さすがに来年の今頃は籍を入れてる予定だから、これまでは戦利品の消化に忙しくしていた慧梨夏にも年越しそばやら浅浦家への挨拶やら餅つきやらという正月行事が入って来る。さすがにお願いしますという風には話してあるけど、そのうち分裂し出しそうだから我が彼女ながら少し怖い。
「今は学生だからともかく、将来就職してからもその趣味続けんのか?」
「続けますよ。辞める予定はないよね」
そう言って慧梨夏は外国の高級チョコレートの箱を開け、一口大のそれをひとつ頬張った。このチョコレートは合同サークルとやらの相方である片桐さんという人が、慧梨夏が送った差し入れのお返しにくれた物だそうだ。
「カズ、このチョコすっごい美味しい」
「くれんの?」
「好きなの食べていいよ」
「サンキュ。……うまっ。なんだこれめっちゃ滑らかだ」
「片桐さんチョコレートにはうるさいんだよ」
片桐さんという作家の画集は俺もたまに眺めている。それというのも、片桐さんの描くメカメカしい世界観の絵が好きなんだ。MBCCで機材を触り始めてからそういう機材周りのことに興味を持って、その他にもバイクや家電なんかにも触れていたらね。
慧梨夏のことを狙い撃ちして描かれたバイク乗りのバディものの絵なんかはそのカッコよさに純粋に興奮した。バイクの描き込みがガチで。何かこういうと十分慧梨夏の趣味に染められているような気がしないでもないけど、あくまで俺は非オタだ。
「ところで慧梨夏、アヤさんとの打ち合わせとかってまだあるのか」
「明日うちの部屋でやるよ。今書いてるこの原稿をアヤちゃんが来るまでに刷って、綴じてもらわなきゃ」
「お前あんまアヤさん扱き使うなよ」
別にこの趣味をやめろとは全然思ってないし、生き生きしているならそれでいいと思う。だけど、あまり根詰めて体を壊さないかだけが心配だ。ワーカホリックとは言うけれど、体はひとつしかないんだから。ワーカホリックではあってもショートスリーパーではないんだし。
「慧梨夏悪い、3分だけ邪魔させてくれ」
椅子に座る慧梨夏の後ろに回り、そのまま腕を前に。言葉には出来ない想いがあるときに、こんな風に抱きしめたり触れたくなる。これは一種の愛情表現かもしれない。とにかく、言語化が出来ないんだ。テキストファイルのカーソルは点滅したまま動かない。無言のまま慧梨夏は俺を受け入れてくれている。
「……カズ、ズルいよね」
「何が?」
「見えてないけど、今絶対真剣な目してるでしょ」
「そうかもな。俺も自分の顔は見えないし」
「見えてなくてよかった。あと1分で作業に戻れる」
「もう2分経った?」
「経ったことにしないとこの原稿落としちゃいそう」
「なんだそれ」
本当はキスのひとつでもしたかったけど、一応作業中ということでこれ以上邪魔をしないために頭を撫でるくらいに留める。さて、部屋を乗っ取られつつある俺はどうしようか。俺も趣味の領域である台所に籠ろうか。パンを焼くか、クッキーを焼くか、ヨーグルトを作るか。
end.
++++
クリスマスデート明けのいちえりちゃんです。慧梨夏は趣味活動を再開しました。
雨宮先生に片桐さんからアリナミンのお返しも届いていたようです。美味しいチョコレートか……さすが片桐神だぜ!
もしかしたらいちえりちゃんが一番ナチュラルに距離を置いてるのが年末年始なのかもしれないなあ
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「3、2、1……終わりー! 誓約書の効力は切れました!」
「はい、確かに。12月25日午前8時。終了です」
「ひゃっほーう! 書くぞー!」
クリスマスイブのデートを終え、2人で迎えた25日の朝。朝も早くから慧梨夏はパソコンデスクの前に陣取って正座で時計を確認している。デジタル時計の秒針が1秒1秒単調に刻んでいるのを穴が開くんじゃないかってくらいに見つめていて。
迎えた午前8時、慧梨夏は机の上に置いた1枚の白い紙をビリビリと引き裂きいろいろなアプリケーションを立ち上げた。23日から封印していた趣味の活動を再開するためだ。どうして趣味を封印していたのかと言うと、ビリビリにした紙が関係している。
「カズ、うち今日忙しいから遊びに行ってきていいよ」
「暗に出てけっつってないか」
「気の所為気の所為」
「つか、ここは俺の家だしお前が使ってるパソコンは俺のだということは一応言っておく」
24日の0時と言うか23日の24時と言うか。それから25日午前8時までは、一切の趣味の活動を封印するという誓約書を俺は慧梨夏に書かせていた。一応「趣味には相互不干渉」が互いのルールではあるんだけど、ここのところはちょっと酷すぎたから。
いや、冬のコミフェが近いから慧梨夏みたいな人にとっては戦争の準備に忙しいまさに修羅場なのはわかるけれどもだ。デートとかのイベントも大切にするっていうのも俺たちの間の決まり事で、それはそうとして慧梨夏も納得しているからだ。
ただ、油断するとデートの最中でもネタ集めを始めるし、爛れた妄想をダダ漏れにしてしまう悪癖が炸裂しかねない。……というワケで、24日から今朝までは一応趣味に関わる一切のことを中断してもらって、現実世界に帰って来てもらおうと。
「つか、完全に禁欲生活から解き放たれた獣じゃねーか」
「例えが酷いなあ。ホントのケダモノには言われたくないんですけど」
「例えじゃねーか」
「って言うかラストスパートかけなきゃだから。1日2日あればコピ本の1冊くらい作れるし。弾は多くなくちゃ。ネタは新鮮なうちに調理ですよ」
「よくやるわ」
年末年始は互いにいろいろ忙しい。慧梨夏はこんな感じで忙しいけど、俺は俺でサッカーに忙しい。案外利害が一致してくるもので、正月休みに初詣以外で会わないと言うと周りの人には意外がられるけど、忙しいんですよ趣味に。
さすがに来年の今頃は籍を入れてる予定だから、これまでは戦利品の消化に忙しくしていた慧梨夏にも年越しそばやら浅浦家への挨拶やら餅つきやらという正月行事が入って来る。さすがにお願いしますという風には話してあるけど、そのうち分裂し出しそうだから我が彼女ながら少し怖い。
「今は学生だからともかく、将来就職してからもその趣味続けんのか?」
「続けますよ。辞める予定はないよね」
そう言って慧梨夏は外国の高級チョコレートの箱を開け、一口大のそれをひとつ頬張った。このチョコレートは合同サークルとやらの相方である片桐さんという人が、慧梨夏が送った差し入れのお返しにくれた物だそうだ。
「カズ、このチョコすっごい美味しい」
「くれんの?」
「好きなの食べていいよ」
「サンキュ。……うまっ。なんだこれめっちゃ滑らかだ」
「片桐さんチョコレートにはうるさいんだよ」
片桐さんという作家の画集は俺もたまに眺めている。それというのも、片桐さんの描くメカメカしい世界観の絵が好きなんだ。MBCCで機材を触り始めてからそういう機材周りのことに興味を持って、その他にもバイクや家電なんかにも触れていたらね。
慧梨夏のことを狙い撃ちして描かれたバイク乗りのバディものの絵なんかはそのカッコよさに純粋に興奮した。バイクの描き込みがガチで。何かこういうと十分慧梨夏の趣味に染められているような気がしないでもないけど、あくまで俺は非オタだ。
「ところで慧梨夏、アヤさんとの打ち合わせとかってまだあるのか」
「明日うちの部屋でやるよ。今書いてるこの原稿をアヤちゃんが来るまでに刷って、綴じてもらわなきゃ」
「お前あんまアヤさん扱き使うなよ」
別にこの趣味をやめろとは全然思ってないし、生き生きしているならそれでいいと思う。だけど、あまり根詰めて体を壊さないかだけが心配だ。ワーカホリックとは言うけれど、体はひとつしかないんだから。ワーカホリックではあってもショートスリーパーではないんだし。
「慧梨夏悪い、3分だけ邪魔させてくれ」
椅子に座る慧梨夏の後ろに回り、そのまま腕を前に。言葉には出来ない想いがあるときに、こんな風に抱きしめたり触れたくなる。これは一種の愛情表現かもしれない。とにかく、言語化が出来ないんだ。テキストファイルのカーソルは点滅したまま動かない。無言のまま慧梨夏は俺を受け入れてくれている。
「……カズ、ズルいよね」
「何が?」
「見えてないけど、今絶対真剣な目してるでしょ」
「そうかもな。俺も自分の顔は見えないし」
「見えてなくてよかった。あと1分で作業に戻れる」
「もう2分経った?」
「経ったことにしないとこの原稿落としちゃいそう」
「なんだそれ」
本当はキスのひとつでもしたかったけど、一応作業中ということでこれ以上邪魔をしないために頭を撫でるくらいに留める。さて、部屋を乗っ取られつつある俺はどうしようか。俺も趣味の領域である台所に籠ろうか。パンを焼くか、クッキーを焼くか、ヨーグルトを作るか。
end.
++++
クリスマスデート明けのいちえりちゃんです。慧梨夏は趣味活動を再開しました。
雨宮先生に片桐さんからアリナミンのお返しも届いていたようです。美味しいチョコレートか……さすが片桐神だぜ!
もしかしたらいちえりちゃんが一番ナチュラルに距離を置いてるのが年末年始なのかもしれないなあ
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