2018(04)

■錬金術と禁じ手

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「と言うか、果林先輩は今日バイトはなかったんですか」
「言って基本火木土日だからね。今日は一応月曜日だからバイトはなし」
「休みでもその辺は変わらないんですね」

 世間的にはクリスマスイブというヤツだ。サークルでも伊東先輩がどうしたという話も聞こえていたけど、俺はいつもと変わらず暖房もつけない部屋で毛布にくるまりながらお酒を飲んでる予定だった。
 だけど、予定は未定とはよく言ったもので、晩酌の準備をしていたら果林先輩が部屋にやってきた。その出で立ちがまたすごい。サンタクロースもびっくりの白い袋をいくつも抱えていて。まあ、中身は食べ物なんでしょうけどね。

「だけどさ、みんなバイトかデートで忙しいみたいでさ。アタシもヒマなワケ。1人でケーキ焼いててもよかったんだけど、1人でやっててもって感じだったから絶対いるだろうなって人に白羽の矢を立てて」
「まあ、俺はバイトをしていないで絶対いますね」
「ですよねー。安心と信頼のタカちゃんですよ」

 おひとりさまパーティーと名付けられた今日の会は、別に何をするでもなくコンビニチキンを食べたりお酒を飲んだり、いろんなことを喋るだけ。サークルでよくある無制限飲みで他の人がみんな寝てしまってからの状況とよく似ている。
 いつもはつけない部屋の暖房も、さすがに果林先輩が遊びに来てくれているとなれば申し訳程度ではあるけどオンになっている。3日前につけたばっかりけど、変な臭いとかしないかな。実はちょっと不安だったり。エイジはお客さんに換算してないし。

「果林先輩すいません、ちょっとこれを見て欲しいんですけど」
「なになに? お姉さんに見せてみな?」
「ゼミ合宿のお知らせっていうプリントですね」

 実は先週の木曜日に来年度から佐藤ゼミに所属することになった1年生はゼミ室に召集されて、卒論発表合宿からゼミでの活動が実質的に始まるというようなことを言われていた。とは言え、何をどう構えていればいいのかがさっぱり。誰にも未知の経験だから。
 こんなとき同じサークルの先輩がいると心強いなって思う。果林先輩なら去年の合宿にも参加しているし、何かアドバイスをもらえないかなと素直に救援要請を。プリントをサッと見て、果林先輩は一言。

「タカちゃん、悪いことは言わないし単発でいいからバイトすべき」
「バイトですか? それが合宿と何の関係が」
「まず、この合宿会場ね。セミナーハウス赤木湖って書いてるけど」
「大学の施設だから割安だとは聞きました」
「割安になった上で合宿参加費が15000円だからね」
「えっ!?」

 このセミナーハウスというのがまた厄介な代物で、奥へ進んでいけば大学の講義棟と何ら変わりない部屋が並ぶそうだけど、ロビーやラウンジ、レストランなどはちょっと豪華なホテルかコテージのようになっているらしい。

「その上にお小遣いでしょ、合宿にいる物を用意しなきゃでしょ、自由時間にスキーをやりたいならそのレンタル費用もかかってくるけどタカちゃんはスキーやる? スポーツやるようには見えないけど」
「あ、実はスキーだけは得意なんです」
「えっ、そうなんだ意外」
「よく言われます。スキーがあるって話も聞いてて、あるならやりたいなとは思ってたんですけど、レンタル費の問題がありましたね……」
「あと、何が一番お金がかかるかって言ったら非常食だね」
「ひ、非常食ですか?」

 果林先輩のいつものヤツかなと思ったけど、実は非常食に需要があるのは果林先輩に限った話でもないらしい。このセミナーハウスの豪華なレストランでは、夕食にフランス料理のフルコースが出されるそうだ。それもまた想像を絶する世界だけど。
 このフランス料理のフルコースがまったく食べた気のしない代物で、おやつや夜食をがっつり食べないと平均的な男子でももたないそうだ。ホテルの宿泊部屋には湯沸かし器があるからカップラーメンやお湯で戻すパウチのごはんなどがあると便利らしい。

「去年なんかそれでアタシ小田ちゃんとか店長にカップラーメン盗られてさ。ただ盗られるのも癪だったから帰りのサービスエリアでご飯奢ってもらったけど」
「そんなことがあったんですね」
「アウトドア用品とか災害グッズのところに結構いいのがあってさ。お湯で戻せるごはんも最近じゃすっごい美味しいの。白いご飯と鯖の味噌煮はマスト」
「絶対おいしいヤツですね」
「そんな感じで何気にお金が要ります。タカちゃん、単発でいいから働こう」

 やろうやろうと思いつつも、これまでバイトはしていない。俺の性格的に接客業が出来る気はしないし、俺にも出来そうなバイトなんてあるだろうか。星港市内だし選ばなきゃいくらでもあるんだろうけど、やっぱり接客や体力勝負な仕事は自信がない。

「接客業でなくて、黙々と作業をしていられて、出来れば手先の器用さと速さが求められる単純作業ってありませんかね」
「アタシに言われても。だとすると工場系とか? そんなトコのバイトなんてそう聞かないよ。パートとかになるんじゃない?」
「ですよねー。やっぱりお金を捻出するには節約になるんですかね」
「食べないのはダメだよ」
「はい」

 ゼミ合宿まで1ヶ月半ほど。さて、金策はどうする。食べないのと光熱費の削減だけではやっぱり限界がありそうだけど。


end.


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今年もタカちゃんのアルバイトフラグが立ちました。あとはどうやってちーちゃんと朝霞Pに繋げていくかですね。
去年のおひとりさまパーティーではホットケーキを作っていましたが、今年はひたすらTKGの脅しに終始した先輩の果林である。
樽中サッカスは知らんけど、少なくとも鵠さんは絶対非常食が要るのでそれを教えてあげよう

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