2018(04)

■たとえ血で血を洗っても

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 12月はピザ屋の繁忙期とはよく言うが、特に酷いのが今くらいの時期だ。そう、クリスマスとかいう魔のイベント。この時期になるとひっきりなしに配達しては戻り、戻ってはすぐ配達へというのを繰り返す。
 一応手当的な物が出るのでそれがありがたくはある。クリスマスということでお宅の呼び鈴を鳴らす時点でサンタ帽をかぶる必要が出てくるのが正直面倒だが、仕事だと割り切るしかないし、忙しすぎてクソがという感情も消え果てていた。
 配達中は制服のウィンドブレーカーを着ているが、普段がダウンジャケットだけに防寒性能は正直かなりグレードダウンしている。一応ヒートテックを着て腰に貼るカイロもして、ネックウォーマーもしているが寒い物は寒い。俺は今日も車を獲れなかったのだ。

「いやぁーユーヤ君! お疲れさま!」
「チッ」
「てめーこのクソガキ、出会い頭に舌打ちとか。しかも年長者に」
「出会い頭に人が持ってた車の鍵強奪していく輩に殺意を抱かない理由をむしろ聞かせろ」
「えっ、俺の可愛さで世界平和?」
「ふざけんな」

 この長谷川正道とかいうクソは、俺が物理的に握っていた車の鍵を無理矢理強奪して自分が車でぬくぬくと配達していやがったのだ。コイツに車の鍵を奪われた俺は当然残る原付で寒さに震えながらの配達となる。こんなことは実はよくある。
 長谷川は自分が年長者であるということを主張して俺に車の鍵をよこせだの年長者を敬えだのと事あるごとに言ってくるのだ。年長者だろうとそうでなかろうと、敬うにはそれなりの格っつーモンがあるだろう。コイツにはそれが微塵たりともねえ。
 ラストオーダー終了後、店に帰るとコイツが満面の笑みで俺を出迎えやがったモンだから、場所と時代が違えば間違いなく殴っていた。車でも原付でも手当の値段は一緒なのだ。それが納得行かねえぜ。

「まーそう言うなよ! ほら、俺って年末にライブ控えてる大事な体じゃん?」
「それは俺も同じ条件だ」
「俺は職業がギタリストなワケよ」
「フリーターだろどこからどう見ても」

 長谷川が主催を務める「シャッフルバンド音楽祭」とかいうイベントは当初の予定よりかなり大掛かりな規模になっていたらしい。長谷川に言われるまま俺も否応なしに参加させられ、覚える曲のノルマをいくつか課せられた。
 職業ギタリストを自称するフリーターの長谷川は、スラップソウルというバンドでギターを担当している。本人はこのバンドでメジャーに行くんだと意気込んでいるが、ベースボーカルの拓馬さんはバリバリの社会人だしそれ辞めさすのかと。
 スラップソウルのことはともかく、長谷川はこのイベントを絶対に成功させるんだと意気込んでいる。音楽は楽しくやるもので、上手い下手熟練者初心者関係なくわちゃわちゃやりたいだけなんだということに対する異論はない。
 ただ、やっぱり知り合った当初に音楽の話で意気投合したからと言って仲良くしすぎたのが明らかに失敗だった。その当時はギターでメジャーを目指すバンドマンとしか思ってなかったし、クズだと知ってたら距離を置いてたんだけど。

「何にせよ、これから国宝級の音を鳴らすようになるギタリストと学生だったら酷使するのは学生だろうよ」
「あ? これから国やエリアの礎を築く将来ある学生と遊んでるだけのフリーターだったらフリーターが寒空の下を生身で走るべきだろ」
「お前のどこが国だのエリアだのの礎? なんかを築く将来ある学生だ。どーせ成績だってさほど良くないクセに」
「俺はこう見えて真面目に勉強してるからな。成績も普通にいい方だとは言っとく」
「ウソ吐け」

 と言うかコイツ相手に勉強の内容を語ったところでしょうがねえ。何にせよ、車の鍵を強奪されないようにしなければならない。コイツの性質が悪いのは、昔握ったネタをフル活用して脅しに脅してくるところだ。人間のカスでしかねえ。尤も、流出させてはならない画像を撮らせてしまった俺も隙だらけだったワケだが。
 それでも、人の寝込みを襲ってサンタクロースの女装服に着替えさせ、その寝姿を写真に撮ってるっつーのは悪質極まりないだろう。しかも下着を脱がせたバージョンと穿かせたままでスカートから敢えて下着をはみ出させたバージョンを作るとか。長谷川曰く、何をしても起きない俺が悪いんだと。

「いいか長谷川、明日は俺が車に乗るからな」
「あっ、そんなことすんのかユーヤ」
「で、年長者に逆らったら今度は何をバラマくって?」
「ノーパンミニスカユーヤのポロリ動画」
「普通に犯罪だろそれ。つか今すぐ消せ」
「もうバックアップ取ってるしクラウドにも放り込んでるから無理~。まあ、お前が俺と仲良くしてくれてりゃ火を噴くことはねーし? なあ!」

 これはクリスマスシーズンのバイトハイのテンションがさせていることだと思い込むほか無かった。ここを抜ければ少しはマシになると思いたい。いつかの別のピザ屋のCMにもあったが正月はピザなんか食ってないでおせち食ってろよと心底思う。俺? 当然正月からバイト漬けだ。

「でもお前真面目に寝てるとき無防備過ぎんのどうにかした方がよくね?」
「寝てるときにどうやって警戒しろっつーんだ」
「いろいろ悪戯したけど全然起きねーし」
「何をした。全部吐け」


end.


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クリスマスは問答無用で繁忙期のピザデリーです。高崎と長谷川マサちゃん。
何やかんや付き合いを続けてしまっているので何やかんや脅しネタとか弱味が増えていくのである。
マサちゃんはめっちゃ自分に自信があるのかしら。国宝級の音ってどんなんや

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