2018(04)
■あたたかな空気を纏って
++++
「うー、さむっ」
「本当に冷えるね」
「つか、やっぱ星港って寒いわ」
定例会が終わり、夕飯を食いに行こうと歩く星港の街なかはビル風が吹き付けてとても寒い。一応ピーコートは着てるけど、そんなモンで防げる寒さではないなと心底思う。暖冬とか絶対ウソだろって。
先月は厚手のジャケットだけだった直も今月はコートを着込んでいるし、すっかり冬だ。街路樹もイルミネーション仕様になってるし。つかとりあえず何かあったかい物が欲しいし、あったかい場所に行きたい。
緑ヶ丘大学のある豊葦市は星港市よりも山間にあって気温もちょっと低いんだけど、星港は星港で風が強くて体感温度が低い。それに、都会ほど自分の足で歩くことが多いから、寒い中に野ざらしになる時間も長いんだ。
「Lは地元が……えっと、山羽だったっけ」
「そうだな。山羽の湖西」
「山羽はあったかい?」
「山羽全体で見ると広いからよくわかんないけど、湖西はあったかい方だと思う。でも、山羽の人って大体星港の寒さにビビってんじゃんな、圭斗先輩とか」
「ああ、そう言われればそうだね」
「でも、ウチだとハナだし向島ならなっち先輩みたいな北の方の人だと星港くらいならどうってことないって言うだろ。育った環境ってやっぱデカいなって思うんだよ」
「育った環境もそうだけど、中学生とか高校生がマフラーだけで歩いてるのを見ると若いなって思う」
「さみー! 絶対無理!」
ちなみに今日は花栄の地下で親子丼を食べようって話になってる。ちょっととろみのあるような物が食べたくなるのは冬だなって感じ。あと、地下なのは地下の方が歩くにもあったかいだろうからという理由だけど、地下に入るまでが寒い。
育って来た環境云々以上に、寒さへの耐性という意味でこの人抜きに語れないというのが高崎先輩だ。高崎先輩はとにかく寒さに弱い。誰よりも早くダウンベストやジャケットを着始めたし、冬は電気の契約も暖房機器のために上げるんだ。
そんな高崎先輩でも、こたつを出すのはギリギリまで我慢している。何故なら、こたつを出してしまうと外に出られなくなって社会的な死を迎えるからだ。普段なら部屋に人を上げない高崎先輩も、こたつを出すと「俺の部屋に来い」と俺を呼び付けることが増える。
「あの泣く子も黙る高崎先輩にそんな弱点があったんだね」
「俺も自分を寒がりだと思ってたけど、あの人は異常なんだよ。鍋やるから来いっつって部屋に呼びつけられても準備とか俺にやらせてあの人はこたつで丸まってるだけだし」
「でも、それも別に嫌じゃないんでしょ?」
「まあなー。その分良くしてもらってるのは事実だし、何より、俺も寒いのは嫌だし」
「1人暮らしだとそういうのが楽しそうだよね」
「そっか、実家だとなかなかないか」
「啓子の家にも昔はたまに行ってたけど、最近はご無沙汰だな」
「Kちゃんとって中学からだっけ」
「そうだよ。啓子とは中学から一緒にエスカレーターで」
そんなことを話していると地下へ潜る階段が見えてきた。地下鉄の駅の出入り口を示すあの青い光がとても安心する。気持ち足早に、人の波を掻き分けながら地下を目掛けて。風も心なしか生温い気がする。
「はー、やっと地下だ」
「えっと、親子丼だよね」
「ああ。って言うか俺今気付いたんだけど、お前さ、コートは着てるけどマフラーしてなくね? 寒いじゃん」
「あ、そうだね」
「そうだねって」
「長く使ってたマフラーを去年処分したんだけど、その時に「来年買おう」って思って、まだ買ってなかったんだよ。思い出したらマフラー見たくなってきた」
「じゃあ、今ちょっと見てくか?」
「いいの? ご飯食べに来たのに」
「まだ時間早いし、俺も靴下とか欲しくてさ」
花栄という街は向島エリアの中心だけあって、地上でも地下でも何でも揃う。やることがないときの定例会なんか顔合わせくらいで終わってしまうし、実際今はまだ6時半過ぎ。来た意味があったのかと苦情をもらうレベルだ。
「ねえL、これなんかLに似合いそうだよ。緑ベースのチェック柄」
「――って、自分のを見に来たんだろ」
「あ、そっか」
店に着くやいなや直に勧められたマフラーは、手触りが今してるのより断然良くてうっかり浮気してしまいそうだ。靴下を見たかったはずなんだけど、気付けばそのマフラーを手にしてたんだから、手触りって怖い。そして本題は、直のマフラーだ。
「私は何色のマフラーにしたらいいかな」
「うーん、そうだなー。原色バリバリ、柄でハデハデってよりは、アイボリーとかで落ち着いた感じのじゃね?」
「そっか。こういうのかな」
「うん、そういうの。多分もこもこし過ぎない方が普段の服とかにも合うと思う」
「ありがとう。それじゃあこれを買うことにするよ」
直の買い物は本当にあっさりしているなと思った。あれもこれもっていう優柔不断な買い物じゃなくて、本当にスパッとしてる。俺はマフラーと靴下を、直はマフラーを買ったところでさらなる本題を思い出す。地下に入った目的は何だったかと。
買い物を挟んだことで飯を食うにもちょうどいい時間になっている。地下に入った本来の目的は買い物じゃなくて飯を食うことだった。すぐ使うからとタグを切ってもらった直のマフラーが襟元にお目見えするのは食後だろう。
「親子丼、あったかくて美味しいだろうな」
「問題はそのあったかさが原付に乗ってる俺をバリアしてくれるかだ。豊葦の夜を生身で走るのは地味に辛い」
「そっか…! 風邪をひかないようにね」
end.
++++
今年度はちょいちょいL直の話を入れたいんですよね。というワケでここでぶち込みました。
やることがないときの定例会は集まる意味があるのかというレベルらしいけど、去年は遅刻を待ってる時間があったからもうちょっと終わるのが遅かったんだろうなあ
直クンは多分そこまで寒さに弱くないと思われるのでマフラーがここまで延び延びになったのかな?
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「うー、さむっ」
「本当に冷えるね」
「つか、やっぱ星港って寒いわ」
定例会が終わり、夕飯を食いに行こうと歩く星港の街なかはビル風が吹き付けてとても寒い。一応ピーコートは着てるけど、そんなモンで防げる寒さではないなと心底思う。暖冬とか絶対ウソだろって。
先月は厚手のジャケットだけだった直も今月はコートを着込んでいるし、すっかり冬だ。街路樹もイルミネーション仕様になってるし。つかとりあえず何かあったかい物が欲しいし、あったかい場所に行きたい。
緑ヶ丘大学のある豊葦市は星港市よりも山間にあって気温もちょっと低いんだけど、星港は星港で風が強くて体感温度が低い。それに、都会ほど自分の足で歩くことが多いから、寒い中に野ざらしになる時間も長いんだ。
「Lは地元が……えっと、山羽だったっけ」
「そうだな。山羽の湖西」
「山羽はあったかい?」
「山羽全体で見ると広いからよくわかんないけど、湖西はあったかい方だと思う。でも、山羽の人って大体星港の寒さにビビってんじゃんな、圭斗先輩とか」
「ああ、そう言われればそうだね」
「でも、ウチだとハナだし向島ならなっち先輩みたいな北の方の人だと星港くらいならどうってことないって言うだろ。育った環境ってやっぱデカいなって思うんだよ」
「育った環境もそうだけど、中学生とか高校生がマフラーだけで歩いてるのを見ると若いなって思う」
「さみー! 絶対無理!」
ちなみに今日は花栄の地下で親子丼を食べようって話になってる。ちょっととろみのあるような物が食べたくなるのは冬だなって感じ。あと、地下なのは地下の方が歩くにもあったかいだろうからという理由だけど、地下に入るまでが寒い。
育って来た環境云々以上に、寒さへの耐性という意味でこの人抜きに語れないというのが高崎先輩だ。高崎先輩はとにかく寒さに弱い。誰よりも早くダウンベストやジャケットを着始めたし、冬は電気の契約も暖房機器のために上げるんだ。
そんな高崎先輩でも、こたつを出すのはギリギリまで我慢している。何故なら、こたつを出してしまうと外に出られなくなって社会的な死を迎えるからだ。普段なら部屋に人を上げない高崎先輩も、こたつを出すと「俺の部屋に来い」と俺を呼び付けることが増える。
「あの泣く子も黙る高崎先輩にそんな弱点があったんだね」
「俺も自分を寒がりだと思ってたけど、あの人は異常なんだよ。鍋やるから来いっつって部屋に呼びつけられても準備とか俺にやらせてあの人はこたつで丸まってるだけだし」
「でも、それも別に嫌じゃないんでしょ?」
「まあなー。その分良くしてもらってるのは事実だし、何より、俺も寒いのは嫌だし」
「1人暮らしだとそういうのが楽しそうだよね」
「そっか、実家だとなかなかないか」
「啓子の家にも昔はたまに行ってたけど、最近はご無沙汰だな」
「Kちゃんとって中学からだっけ」
「そうだよ。啓子とは中学から一緒にエスカレーターで」
そんなことを話していると地下へ潜る階段が見えてきた。地下鉄の駅の出入り口を示すあの青い光がとても安心する。気持ち足早に、人の波を掻き分けながら地下を目掛けて。風も心なしか生温い気がする。
「はー、やっと地下だ」
「えっと、親子丼だよね」
「ああ。って言うか俺今気付いたんだけど、お前さ、コートは着てるけどマフラーしてなくね? 寒いじゃん」
「あ、そうだね」
「そうだねって」
「長く使ってたマフラーを去年処分したんだけど、その時に「来年買おう」って思って、まだ買ってなかったんだよ。思い出したらマフラー見たくなってきた」
「じゃあ、今ちょっと見てくか?」
「いいの? ご飯食べに来たのに」
「まだ時間早いし、俺も靴下とか欲しくてさ」
花栄という街は向島エリアの中心だけあって、地上でも地下でも何でも揃う。やることがないときの定例会なんか顔合わせくらいで終わってしまうし、実際今はまだ6時半過ぎ。来た意味があったのかと苦情をもらうレベルだ。
「ねえL、これなんかLに似合いそうだよ。緑ベースのチェック柄」
「――って、自分のを見に来たんだろ」
「あ、そっか」
店に着くやいなや直に勧められたマフラーは、手触りが今してるのより断然良くてうっかり浮気してしまいそうだ。靴下を見たかったはずなんだけど、気付けばそのマフラーを手にしてたんだから、手触りって怖い。そして本題は、直のマフラーだ。
「私は何色のマフラーにしたらいいかな」
「うーん、そうだなー。原色バリバリ、柄でハデハデってよりは、アイボリーとかで落ち着いた感じのじゃね?」
「そっか。こういうのかな」
「うん、そういうの。多分もこもこし過ぎない方が普段の服とかにも合うと思う」
「ありがとう。それじゃあこれを買うことにするよ」
直の買い物は本当にあっさりしているなと思った。あれもこれもっていう優柔不断な買い物じゃなくて、本当にスパッとしてる。俺はマフラーと靴下を、直はマフラーを買ったところでさらなる本題を思い出す。地下に入った目的は何だったかと。
買い物を挟んだことで飯を食うにもちょうどいい時間になっている。地下に入った本来の目的は買い物じゃなくて飯を食うことだった。すぐ使うからとタグを切ってもらった直のマフラーが襟元にお目見えするのは食後だろう。
「親子丼、あったかくて美味しいだろうな」
「問題はそのあったかさが原付に乗ってる俺をバリアしてくれるかだ。豊葦の夜を生身で走るのは地味に辛い」
「そっか…! 風邪をひかないようにね」
end.
++++
今年度はちょいちょいL直の話を入れたいんですよね。というワケでここでぶち込みました。
やることがないときの定例会は集まる意味があるのかというレベルらしいけど、去年は遅刻を待ってる時間があったからもうちょっと終わるのが遅かったんだろうなあ
直クンは多分そこまで寒さに弱くないと思われるのでマフラーがここまで延び延びになったのかな?
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