2018(04)

■精神は日々発酵している

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「おなか空いたねえしょーこちゃん」
「空きましたねえ。いただきましょうかみなもさん」

 出版部の部誌は学内の何ヶ所かで無料配布されていて、それを設置するお仕事を終えてようやく休憩。って言うか鬼のいる部屋に帰りたくないだけとも言う。この仕事を手伝ってくれていたのは文芸サークルの樽中章子ちゃん。あきこだけどあだ名はしょーこちゃん。

「人が増えてきたねえ」
「人が増えようがここは余裕ですよ」

 しょーこちゃんに連れられてきたのは第1学食の奥まったコーナー。薄暗い第1学食の中でもさらに暗くて、狭い。あたしは普段第2学食を使ってるからあまり馴染みがない。だけど、ここを知ってる人が少ないのか、人が増えてもここにたどり着く人は少ないようだった。

「あれ、席がない」

 聞こえた声に2人で振り向くと、サングラスにデニムジャケットの人。この人ってあの人だよねえ。文学部のタメの人。知り合いじゃないけどよく見るし、目に付くから一方的に知ってるっていう感じ。

「あれっ、岡崎君だ。どうしたの」
「俺はいつもここだよ。どうしたのはこっちのセリフだよ。急にこんなところに来てどうしたの、樽中さん」
「前に岡崎君が言ってたことを思い出しました。ぼっち席は学内に人が増えてもゆったり食べれるって」
「教えたの失敗だったな」
「しょーこちゃん、知り合い?」
「同じゼミの岡崎君だよ。見た目は怪しいけど優しくていい人だよ」

 岡崎クンが岡崎ですと挨拶をしてくれたので、あたしも大内ゼミの関ですと挨拶を返す。しょーこちゃんの友達ですと。すると、岡崎クンが大内ゼミという単語に何か興味を示してるみたいな感じ。って言うか目が見えないから表情がわかりにくいなあ。

「大内ゼミってことは、彼、いるでしょ。浅浦君」
「あ、はい。友達です」
「ちょっと頼んでいいかな」
「何ですか」
「人づてに浅浦君が国内文学の海外版に興味があるっていう話を聞いて、とりあえず5ヵ国分用意したんだ。俺は本をゼミ室に置いてるし、言ってくれればいつでも渡しますという旨を伝えてもらいたいなと。連絡先知らないし」
「その教えてくれた人っていう人は」
「家まで届けてもらおうとも思ったけど結構重いし、バイクに頼むのもなと思って。俺と浅浦君の間で伝書鳩やるのも疲れたみたいだし」
「わかりました」

 忘れる前にさっそくメッセージを作る。岡崎クンが本を用意してくれましたと言えばわかるかな。ぽちぽち。そうしーん。

「ところで、岡崎クンはこんなに暗いところでもサングラスかけてると、何も見えなくないですか」
「これはサングラスじゃなくて色付き眼鏡なんだ。平たく言うと俺は視覚障害者で、生活に支障が出ないようにするための眼鏡」
「おしゃれだと思ってました、ごめんなさい」
「知らなかったらしょうがないし、慣れてるから」

 第1学食に来るのも薄暗くて目が楽だからなんだとか。明るく白飛びするように見えるって言うけど、あたしは普通に見えるから想像がしにくい。誰かフォトショとかで再現もしくは説明してください。

「あと、ここだとサークルでやってる番組を聞きやすいっていうのがあるかな。スピーカーの真下だし、人が少ないから」
「サークルってMBCCですかあ」
「うん。もしかして知ってる?」
「友達の彼氏さんがMBCCの人で。浅浦クンと一緒に学祭のミスコン冷やかして」
「カズのこと知ってるんだ」
「良妻賢母のカズさんですよねえ。知ってますよお。みやっちが消息を絶った時とかよく生存報告お願いされますしい」

 ちなみに今もみやっちは消息を絶ちそうになってるんで、金曜日には現世に引き戻してやってくださいとはカズさんからお願いされてますよね! ゲームが出たり年賀状の準備とか原稿に忙しいんですって、みやっち。
 あっ。しまった。しょーこちゃんは同類だからいいけど、初対面の人相手にいつものノリが出かかってる。でもカズさんの話になったらみやっちの話になっちゃうんですよねえ~! みやっちの話になったら、残念になるんですよお~。

「みなもさん、岡崎君はオタクに偏見ない人だよ」
「ちょっとお! しょーこちゃぁん!? 核心を脇から突くのはヤメナサーイ! 物静かな文学少女の方がめんどくさくないでしょお!?」
「そうね。物静かな文学少女の体で学祭の同人誌大会を回避してるもんねえ」
「この発酵大豆が!」
「発酵大豆は弟だわ! 誰がしょーゆ子だ、多少腐ってるけど!」
「ペッペッ! 中途半端に腐った大豆なんか食えねーわ! 腐り直してどうぞ」

 しょーこちゃん、小学校の時にお醤油作りの行程を授業で勉強してからお醤油ネタでいろいろ言われるんですって。多分醤油樽のせいですね。樽中家は昔お醤油作ってましたって言われても信じるよね、樽だけに。ちなみに家は醤油に全く関係ないって。

「ちょっと待てよ、樽中さんは味噌の可能性も?」
「ないです。しょーこちゃんはさしすせそなら塩派です。よって味噌派の岡崎君とは戦争です」
「岡崎クぅン、この近くに味噌饅頭を作り始めた和菓子屋さんがあってねえ、とぉってもおいしいんですよお。今なら出版部の部誌についてるクーポンで50円引きになるんですよお。しょーゆ子じゃなくてあたしに付きましょう」
「樽中さん、オタクかオタクじゃないかっていうのは性的嗜好や宗教ばりにセンシティブなことだし、死角から刺しに行くのは良くないと思うな」
「懐柔されてる! 見た目四天王なのに岡崎君が雑魚い!」

 何か、ワケのわからないことになったなあ。だけど岡崎クンの謎さは薄れたし、怖い人ではなかったらしい。あとしょーこは絶対に許さない。えーと、浅浦クンからの返信は来てるかな……って即レス来てた!? やばい!


end.


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文学部関係にキャラが増えました。樽中しょーこちゃんもとい章子ちゃんです。佐藤ゼミ系で出ていたサッカスのお姉さんですね。
そしてユノ先輩である。MBCCでは黒幕みたいなポジションだけどこっちではめっちゃチョロい。見た目四天王とは
はっ…! 樽中姉弟のお話とかもひょっとしたら出来そうですね。これで日曜日と長期休暇がまたひとつ救われるぜ!

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