2018(04)

■horsedeer dog

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「……土曜日の感慨を返してくれないか」
「ん、それは菜月さんの都合だろう? 仕方ないよね、ノリって大事だよ」

 とうとうMMPの今期の活動は最終週を迎えて残り3回だ。その月曜日、アナウンサー席に立てられたマイクが2本。座るのは、圭斗先輩と菜月先輩だ。ここまではいい。ミキサー席には俺と律。これから始まるのは年末特番の収録……ではなく、昼放送の特番だ。

「やァー、ノリと勢いって大事だと思うンす?」
「りっちゃんめ、早々にノサカとかいう犬から落としやがって」
「野坂ほど扱いやすい犬はそういないスわ」
「律め、人を犬扱いしやがって」
「菜月さんを落とすにはまず彼女の忠犬からというのをよーくわかっているね。さすがりっちゃんだ」

 菜月先輩と俺の火曜ペアは、一昨日の土曜日に感動のフィナーレを迎え、オンエアを明日に残すのみとなっていた。一方、圭斗先輩と律の金曜ペアは今日以降のどこかで最終回の収録をすることになっていたのだけど。その話し合いの中で、水曜が空いてるし特番やろうぜというノリになったんだそうだ。
 一応木曜日にヒロとこーた&奈々ペアの番組はあるけど、水曜ならそこに全く影響しないし三井先輩がマルチで番組をやる様子もないのでやってやれと。で、特番やるなら圭斗先輩と菜月先輩のダブルトークでわちゃわちゃやるよね。……みたいなノリだったらしいぜ!
 火曜ペアは1週間前に渡されるテーマや菜月先輩の音源をもとに事前に綿密な計画を立ててリハまでしっかりやって番組を収録する。それに対し、現場でサッと打ち合わせてサッと収録してしまう金曜ペアのスピーディーさだ。ノリと勢いで番組やるとか火曜ペアじゃまず無理だからなあ。

「ノサカ、どうしてお前はそうチョロいんだ」
「申し訳ございません、菜月先輩の番組が再び聞けるという喜びと、それが圭斗先輩とのダブルトークであるというプレミアム感が俺の欲求をグンッと増し増しにしてきまして……それもこれも律とかいう悪魔が俺を殴ってくるのが悪いのです」
「その悪魔に魂を売った奴がよく言いヤすわァー」
「うるさい! 菜月先輩と圭斗先輩のダブルトークだなんて永久保存だぞ! もうないと思っていた菜月先輩の番組をやれるなら俺は悪魔にだって魂を売るし煉獄の炎に焼かれても構わない!」
「チョロっ」

 何かMMPの中ではアナウンサーとしての菜月先輩の扱いは野坂にということになっているようで(非常に光栄ではある!)、律が俺を誘惑してきたのは菜月先輩用のミキサーを用意しないと、ということらしい。将を射んと欲すれば先ず馬を射よか。ただ、俺が落ちた瞬間菜月先輩も態度を軟化されたんだよなあ。

「菜月さんは基本ヨコだし僕のトークに茶々を入れてくれればいいだけだよ」
「圭斗が真性のタテで本当に助かった」
「圭斗先輩と菜月先輩なら即興のダブルトークでも性質がケンカしないスからね」
「まあ、普通に喋ってるだけで漫才になるもんなあ……」

 そんなこんなで特番の収録が始まるのだ。今回はダブルトークだからトーク時間を少し長めにする。MMP式キューシートのテンプレなら基本は5曲用意する音楽も、今回は4曲構成で。とりあえず、1人1曲用意することに。

「あ、機材管理担当」
「はい、いかが致しましたか菜月先輩」
「録音したまんま溜めっぱなしで忘れてたんだけど、これをストックにどうぞ」
「ナ、ナンダッテー!」

 菜月先輩が思い出したように出してきたのはMDストックに寄贈してくださるという音源だ。いや、つかどんだけ溜めてたんだよ。軽く30枚はあるぞ。そしてこれに俺以上に興奮を隠せないのは律なのだ。

「や、ちッと菜月先輩これはヤバいすわ。え、あ、マジすか。ストックにしてくれたっつーコトはCDもあるッつーコトすよね。ヤ、熱いス。マジで」
「律、どうした」
「野坂は感覚が麻痺ってると思うンすけど、菜月先輩の音源は本当に自分の趣味を突いてくるンすわ。ミキノート見る度にこうキタかーっつって」
「ふーん。よくわかんないけど」
「犬に期待した自分が悪かったス」
「りっちゃん、良かったら何か貸すけど」
「マジすか! やったーい」

 音楽発掘を趣味にしていらっしゃる菜月先輩だけに、持ってくるCDが知らないアーティストばっかりだなあと常々思ってたんだ。だけど、そんな菜月先輩と同等の立ち位置で喋れるのは律なのだ。いや、俺も菜月先輩と音楽のお喋りがいつか出来たらと思って、番組関係で借りていた音源はパソコンに取り込んではあるけれども。

「りっちゃんだったらCDの扱いには問題ないし、授業でも会うし。好きなのがあったらいつでも言ってくれ」
「やァー、あざーす。お礼に自分のラインアップも今度紹介しやす」

 り、律の野郎~…! いつだって俺の前に立ちはだかるのはお前なのか! いや、俺も似た次元で喋れるようになれという話だけど! 今後はアニソンやネット発以外にも目を向ける必要がありそうですね!

「ところで機材管理担当」
「どうした代表」
「年が明けてからでもいーンで、この大量のストックのAD作業は頼みヤした。全部しーっかり聴いて中トロなんかも漏らさないよーに頼みヤす」
「はっ…! AD作業…!」
「さ、曲も出揃ったことスし、さっそく録っていきやしょー」


end.


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たまにやってた昼放送の特番のお話。感慨を返せってこれが初回じゃないはず。
ノサカが相変わらずチョロいし、ノサカが相変わらずりっちゃんに嫉妬してる。ミキサーとしてのライバルでもある。
あれっ、そういや今回圭斗さんが置物だぞ! 全然喋ってない!

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