2018(04)
■put thought into something
++++
「最後の最後までお前はやらかしたし、最後の最後までうちもやらかした。半年のクールを3期組んだけど、結局何も変わらなかったな」
辺りが暗くなってしばし。今日は昼放送の今期最後の収録だった。俺にとっては今期最後だけど、菜月先輩にとってはサークル生活最後の収録。にも拘わらず、俺は最後の最後まで安定のやらかしだった。当然、俺が遅れてくればその分だけ雑記帳が菜月先輩によって埋められていくし、俺がやってきた時刻も記録される。
菜月先輩のやらかしというのは、たまに出るヤツだ。菜月先輩は緊張にとても弱い。緊張が原因の過呼吸を起こすこともしばしばで、番組の収録時にも度々見てきた。過呼吸の発作が起こる前に「5分欲しい」とストップをかけることもある。今日はあまり良くない日だったようで、5回ほど待てがあった。
「最終回だからと言って、そう簡単に変わるものではなかったですね」
「良く言えば、気負わずに出来たということだな。ノサカ、そういうことにしておこう」
「はい」
気負わずに番組に臨めたかと言えば、答えは否だ。菜月先輩との最後の番組なのだから、気負わずにいられるはずもなかった。一番近いリスナーとして、アナウンサーと2人でひとつであるミキサーとして、菜月先輩を隣で支えることが俺の唯一にして最大の仕事で。
終わりが来ることはしょうがない。だけど、終わり方というものを大切にしたいと思った。菜月先輩に悔いを残して欲しくはなかった。今日の俺はそういう想いが強すぎたのかもしれない。いや、だからと言ってそれと安定のやらかしとは何ら関係なかったのだけど。
「この3期で俺は菜月先輩からいろいろなことを教わりました」
「教えた覚えはそうないぞ。強いて言えば「ミキサーは一番近いリスナー」っていうのと「アナウンサーとミキサーは2人でひとつ」くらいじゃないか」
「それは俺の中に深く刻み込まれているのですが、他にもたくさんあります。菜月先輩の背中を後ろから見ているだけでも学ぶことは多々ありました」
「……たった今確信に変わったけど、お前は能動的な奴だな」
「――と、言いますと」
能動は、自ら活動すること。自分から他に働きかけること。それに対して受動は、他から動作・作用を受けること。受け身。そんな意味がパッと思い浮かぶ。俺が能動的であるということは、自分から動いているという風に菜月先輩の目に映っているということだ。だけど、覚えがないんだ。
サークルでの存在感の薄さは当然のこととして、対策委員でも俺は基本置物の議長だ。自分から特に何かをするではなく、周りが話し合ったことに横やりを入れたり最終的にゴーを出すというくらいの役割でしかない。ミキサーとしても、こーたと律から刺激を受けてばかりだ。
「講習会だとか、人から何かを聞くとか得る機会になると、お前は「教わる」じゃなくて「学ぶ」っていう言葉を使うだろ。学ぶっていうのは教わるよりもより自分から動かなきゃならない行動だと思う」
「あまり意識していませんでしたが、言われてみるとそんな感じがしてきました」
「こっちが普段通りに動いていても、それを見て自分の物にしようという意識や目があるということだよな。常に何かしら学ぼうとしている。お前のその能動的なところや静かな積極性は紛れもない長所だ」
「長所……いいところ、ですか」
俺は勉強が好きだし、勉強以外にも知恵や技術などを得るときには何とかしてそれを習得したいという思いが強い方だとは思っていたし、それが俺にとっての普通だった。知識や知恵などをモノにするには自分から行かなければならないと。って言うか、恋愛にもそれくらい行ければいいのに。
「それから」
「まだ何か」
「お前は何かしら自分の考えを持っていて、それを貫くことが出来る。お前は嘘の吐けない顔だから、それが目にもよく表れるんだ」
「嘘の吐けない顔の議長だとは対策委員でも言われました」
「ヒロが「対策委員は良くも悪くもノサカ次第」って言ってたのはきっとそういう事なんだと思う。常に学び、自分の考えを強く持てる議長がその思いに確信を持てた時の強さだ」
「ですが、俺は菜月先輩のようには」
「人も時代も違うんだから当然だ。と言うかうちレベルで満足されても困るぞ」
番組の総括どころか、とんでもないところに話が飛んだと思う。だけど、菜月先輩から俺という人間がそんな風に見えていたのかと思うと、俺は誰だという気になる。だって、今の俺自身は菜月先輩が語るような前向きで真っ直ぐな人間であるようにはとても思えないからだ。
「3年はもう引退なんだ。いつまでもそんなことを言って後ろを振り返ってやがったら捻り潰すぞ。すぐにでも殴ってやる」
菜月先輩は俺の背後に回り、左の拳を俺の背中にそっと当てた。俺が後ろを振り返ればすぐにでも殴れる距離にいてくださるということなのかと都合のいい解釈をしてしまう。いや、そんなことがあるはずはないのだけど。先輩方にもそれぞれの道がある。ここから行く道が同じであるはずはないのだから。
「そう言えば、最終回恒例のをやってなかったな」
「……はい」
互いに向き合い、右手を交わした。最終回の終わりにいつもやっていた、お疲れさまでしたとありがとうございましたの握手。だけど、今回は本当にこれで最後。
「さあノサカ、そろそろ部屋を出ないと守衛さんに怒られるぞ」
「もうそんな時間でしたか! えっ、終バスがない!」
「終バスを逃したついでにふたご座流星群でも探して歩くか。極大は昨日だけど、まだもうちょっと見えるだろ」
「……うう、喜んでお付き合いいたします」
最終回だからと言って何が変わるわけでもなかったけど、火曜日のオンエア後にはしみじみしたりするのだろうか。冬の山での星空観察はきれいだろうなー!
end.
++++
久々にナツノサの昼放送最終回日のあれこれでしたが、菜月さんがノサカのいいところを説いて終わりました。
だけど、ノサカが思うより菜月さんの目にはノサカは強くしっかりしてる風に映っているようです。理解しているからこそ。
終わったからと言って何が変わるわけではないけれど、とりあえずノサカは圭斗さんから恋愛に対する積極性を学びに行くべき
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「最後の最後までお前はやらかしたし、最後の最後までうちもやらかした。半年のクールを3期組んだけど、結局何も変わらなかったな」
辺りが暗くなってしばし。今日は昼放送の今期最後の収録だった。俺にとっては今期最後だけど、菜月先輩にとってはサークル生活最後の収録。にも拘わらず、俺は最後の最後まで安定のやらかしだった。当然、俺が遅れてくればその分だけ雑記帳が菜月先輩によって埋められていくし、俺がやってきた時刻も記録される。
菜月先輩のやらかしというのは、たまに出るヤツだ。菜月先輩は緊張にとても弱い。緊張が原因の過呼吸を起こすこともしばしばで、番組の収録時にも度々見てきた。過呼吸の発作が起こる前に「5分欲しい」とストップをかけることもある。今日はあまり良くない日だったようで、5回ほど待てがあった。
「最終回だからと言って、そう簡単に変わるものではなかったですね」
「良く言えば、気負わずに出来たということだな。ノサカ、そういうことにしておこう」
「はい」
気負わずに番組に臨めたかと言えば、答えは否だ。菜月先輩との最後の番組なのだから、気負わずにいられるはずもなかった。一番近いリスナーとして、アナウンサーと2人でひとつであるミキサーとして、菜月先輩を隣で支えることが俺の唯一にして最大の仕事で。
終わりが来ることはしょうがない。だけど、終わり方というものを大切にしたいと思った。菜月先輩に悔いを残して欲しくはなかった。今日の俺はそういう想いが強すぎたのかもしれない。いや、だからと言ってそれと安定のやらかしとは何ら関係なかったのだけど。
「この3期で俺は菜月先輩からいろいろなことを教わりました」
「教えた覚えはそうないぞ。強いて言えば「ミキサーは一番近いリスナー」っていうのと「アナウンサーとミキサーは2人でひとつ」くらいじゃないか」
「それは俺の中に深く刻み込まれているのですが、他にもたくさんあります。菜月先輩の背中を後ろから見ているだけでも学ぶことは多々ありました」
「……たった今確信に変わったけど、お前は能動的な奴だな」
「――と、言いますと」
能動は、自ら活動すること。自分から他に働きかけること。それに対して受動は、他から動作・作用を受けること。受け身。そんな意味がパッと思い浮かぶ。俺が能動的であるということは、自分から動いているという風に菜月先輩の目に映っているということだ。だけど、覚えがないんだ。
サークルでの存在感の薄さは当然のこととして、対策委員でも俺は基本置物の議長だ。自分から特に何かをするではなく、周りが話し合ったことに横やりを入れたり最終的にゴーを出すというくらいの役割でしかない。ミキサーとしても、こーたと律から刺激を受けてばかりだ。
「講習会だとか、人から何かを聞くとか得る機会になると、お前は「教わる」じゃなくて「学ぶ」っていう言葉を使うだろ。学ぶっていうのは教わるよりもより自分から動かなきゃならない行動だと思う」
「あまり意識していませんでしたが、言われてみるとそんな感じがしてきました」
「こっちが普段通りに動いていても、それを見て自分の物にしようという意識や目があるということだよな。常に何かしら学ぼうとしている。お前のその能動的なところや静かな積極性は紛れもない長所だ」
「長所……いいところ、ですか」
俺は勉強が好きだし、勉強以外にも知恵や技術などを得るときには何とかしてそれを習得したいという思いが強い方だとは思っていたし、それが俺にとっての普通だった。知識や知恵などをモノにするには自分から行かなければならないと。って言うか、恋愛にもそれくらい行ければいいのに。
「それから」
「まだ何か」
「お前は何かしら自分の考えを持っていて、それを貫くことが出来る。お前は嘘の吐けない顔だから、それが目にもよく表れるんだ」
「嘘の吐けない顔の議長だとは対策委員でも言われました」
「ヒロが「対策委員は良くも悪くもノサカ次第」って言ってたのはきっとそういう事なんだと思う。常に学び、自分の考えを強く持てる議長がその思いに確信を持てた時の強さだ」
「ですが、俺は菜月先輩のようには」
「人も時代も違うんだから当然だ。と言うかうちレベルで満足されても困るぞ」
番組の総括どころか、とんでもないところに話が飛んだと思う。だけど、菜月先輩から俺という人間がそんな風に見えていたのかと思うと、俺は誰だという気になる。だって、今の俺自身は菜月先輩が語るような前向きで真っ直ぐな人間であるようにはとても思えないからだ。
「3年はもう引退なんだ。いつまでもそんなことを言って後ろを振り返ってやがったら捻り潰すぞ。すぐにでも殴ってやる」
菜月先輩は俺の背後に回り、左の拳を俺の背中にそっと当てた。俺が後ろを振り返ればすぐにでも殴れる距離にいてくださるということなのかと都合のいい解釈をしてしまう。いや、そんなことがあるはずはないのだけど。先輩方にもそれぞれの道がある。ここから行く道が同じであるはずはないのだから。
「そう言えば、最終回恒例のをやってなかったな」
「……はい」
互いに向き合い、右手を交わした。最終回の終わりにいつもやっていた、お疲れさまでしたとありがとうございましたの握手。だけど、今回は本当にこれで最後。
「さあノサカ、そろそろ部屋を出ないと守衛さんに怒られるぞ」
「もうそんな時間でしたか! えっ、終バスがない!」
「終バスを逃したついでにふたご座流星群でも探して歩くか。極大は昨日だけど、まだもうちょっと見えるだろ」
「……うう、喜んでお付き合いいたします」
最終回だからと言って何が変わるわけでもなかったけど、火曜日のオンエア後にはしみじみしたりするのだろうか。冬の山での星空観察はきれいだろうなー!
end.
++++
久々にナツノサの昼放送最終回日のあれこれでしたが、菜月さんがノサカのいいところを説いて終わりました。
だけど、ノサカが思うより菜月さんの目にはノサカは強くしっかりしてる風に映っているようです。理解しているからこそ。
終わったからと言って何が変わるわけではないけれど、とりあえずノサカは圭斗さんから恋愛に対する積極性を学びに行くべき
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