2018(04)

■公私ともども一刀両断

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「オミさーん、すき焼き食べたくないですかー?」
「口を動かすならそれ以上に手も動かせ」
「はーい」

 今日はバイトの日だけど、そこまで忙しくないから会社の空気自体がどこかゆるっとしてる。今日の出荷作業はもう終わったし、その他にも特に急ぎの仕事はない。だから、時間があるときに出来る仕事をしている真っ最中。
 社員のオミさんから与えられた仕事は、ロケーション表示の看板を作り直すこと。倉庫内では何がどこにあるのかっていうのを明確にしておく必要があって、ロケーションはその場所の名前。A1とかB5とか、いろいろ住所がある。
 パッと見で今いるのがどこかわかるように床にロケーションを貼ってるんだけど、それが古くなってきたから新しくするんだって。マグネットロールを均一な幅にカットして、そこに文字が印刷されたシールを貼っていくお仕事。
 アタシは裁断機で、オミさんは円形刃カッターで1枚1枚磁石をカットしていく。一言でロケーションと言っても結構な数があるし、磁石はあればあるだけ使うからどんどん切っていく。でも、座っての仕事がなかなか落ち着かないんですよね。

「オミさん、すき焼き食べたくないですか」
「お前は本当に手も動かすよな」
「オミさんが手も動かせって言ったんじゃないですか」
「まあな。大体の人材は「口を動かすなら手を動かせ」って言うと黙るんだけどな」
「だってオミさん、黙れとは言ってないですし」
「お前が口を動かしながらでも手の動きが落ちないのは知ってるしな」

 オミさんとの付き合いもかれこれ4年になる。大学に入ってから今の派遣会社に登録して、ちょこちょこここに派遣されてるうちに囲い込まれてたって感じ。主任から聞いたけど、オミさんが「あの学生は筋がいいから呼べるときは呼んだ方がいい」って言ってたんだって。
 今では人材の人の面倒を見るじゃないけど、管理をするっていう仕事もしてるみたい。繁忙期になったり、急に吊り札付けとかの仕事が入って来ると、オミさんは人材の人を取りまとめるのに忙しくなる。何か、パッと見でその人の能力がわかるんだって。筋の良し悪しとか、特色とか。

「で、すき焼き? 俺に奢らせる気か」
「えっ、奢ってくれるんですか?」
「いや、奢らねえけどすき焼きは食いてえなあ」
「ですよね。冬ですし。オミさんいい卵屋さん知ってるじゃないですか。アタシ葱持ってくるんですき焼きやりません?」
「何でお前そんなピンポイントなんだよ。ネギとか」
「魯山人風のすき焼きがやりたいんですよ、こういうの」

 魯山人風のすき焼き。鍋の真ん中に輪切りにした葱を立てて、その周りを肉で囲っただけのもの。立てた葱がすき焼きの美味しい味をぎゅぎゅっと吸ってくれて、美味しくなるんだって。画像を見てこれはやらなきゃって慧梨夏ちゃんとも会議しましたよね。

「ふーん、肉とネギだけか。ごちゃごちゃしてなくていいじゃねえか」
「でしょう? さすがオミさん話のわかる男!」
「まあ、2人ですき焼きっつーのも味気ねえし千景とか圭佑にも声かけるか、やるとすれば」
「やったー! 思った以上にオミさんが前向き!」
「奢らねえからな。俺が食う分は出すけど、お前が食う分はお前がちゃんと出す」
「葱は自前のを持ってきますし」
「育ててんのかよ」
「育ててますよ。今年の誕生日に弟の彼女ちゃんから種とプランターもらったんですよ」

 ガシャン、ガシャンとマグネットロールを切り分けながらお喋りをしているうちに、切り分ける磁石が無くなりそう。手も動かせるから口を動かしてても怒られないって感じだよね。とりあえず切った磁石を20枚ずつに分けながら、次の段取りを。
 切った磁石に貼るシールの確認と、フロア分け。1階の分と2階の分、それをさらにエリアで分けたりとか。数を数えたりするのはさすがに喋りながらだと危ないからしっかりと数えることに集中して。

「オミさん! エリア別にロケーションシール分けました!」
「よし。じゃあ貼るぞ。出来るだけ真っ直ぐな」
「はーい」
「ミヤ、それでお前いつ空いてんだ」
「えっ」
「だから、すき焼きやるんだろ。部屋の片付けとか俺にもいろいろ都合があんだよ」
「アタシは割といつでも空いてますよ」
「でもお前ん家、家族仲いいみたいだし年末年始は家族で過ごしたりすんだろ。確か手打ちの年越しそば食ってなかったか」
「そうですね、年末はみんなで年越しそば食べてますね」

 ちょっと前までは伊東家だけで食べてた年越しそばだけど、亮一さんが蕎麦打ちに凝り始めてからは浅浦家に伊東家みんなでお呼ばれしてるよね。蕎麦の具何がいいって聞かれると年の瀬だなって感じるし。今年も亮一さん蕎麦打ちするのかな。

「あっ、クリスマスパーティーにします?」
「俺は問題ないけどそれだと圭佑がな。彼女とデートでもするんじゃねえのかと。どっちかっつーと早い方がいいな、暇なうちが」
「えーじゃあもう今週とか来週の連休じゃないですか」
「その辺を狙っていくか。連休はちゃんと休みだし」

 そんなこんなですき焼き大会をやることになったみたい。そうとなったらアタシはしっかり葱を用意しないと。でもオミさんて結構な偏食だし魯山人風すき焼きでも肉以外の物を食べるのかどうかって結構疑問なんだけど。どうなのかなあ。


end.


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いつかのGREENsの話でも魯山人風すき焼きの話をしていたように思いますが、今年はこんなところで。
姉ちゃんはオミさんにも臆することなくガンガン喋りに行くようだけど、既視感があると思ったらサトシに対するさっちゃんだ
そしてすき焼き大会は塩見さん宅でやるのね。何故かプロ氏が湧いて来そうな予感がするけど、来させないだろうなあ

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