2018(03)
■小さな家の屋根の下
++++
朝霞クン聞いてください、人がいるのは飲み屋なんです。そんな、某金メッシュ……今は元か。もさい頭をしていた奴がよく言ってたようなことを伏見がふっかけてきて、俺は西海行きの電車に揺られている。
今日は伏見と飲みに行くことになっているけど、これはゼミのペア研究と卒論のためで、あくまで研究の一環だ。でも飲みはする。山口が言うことを借りれば、飲み屋には人間模様のドラマがある。まさに俺の研究テーマに沿うのだ。
「じゃーん、ここです!」
「バーだな」
「バーです!」
伏見行きつけの“petite maison”という名前のバーは、直訳すれば「小さな家」という意味でこぢんまりとしている。ママは基本的に来る者を拒まないそうだけど、あくまで“家”だから一見だと少し厳しいそうだ。
俺も初めて来るけど、伏見の紹介があるからこそすんなり入ることが出来るのだろう。普通のバーとは少し違うそうだけど、どう違うのかは「先入観がない方がいいから」とか言って教えてもらえていない。
「ハルちゃーん、来たよー」
「あずさ、いらっしゃい。あら、彼氏?」
「違いますぅー、知ってるクセに!」
「冗談よ。モスコミュールでいい? お兄さんは何にする?」
「あ、えっと、じゃあシャンディガフで」
185はあるだろう長身でガタイも凄い。でも、着てる服は女物だし化粧もばっちり。伏見から、ママのベティさんだと紹介が入る。でも、伏見は“ハルちゃん”て呼んでるよな? ベティのベの字もないけど仲いいみたいだし常連故か?
「伏見、ハルちゃんてのは何なんだ?」
「本名が大石千晴で、千晴のハルだよ。あたしの幼馴染みのハルちゃんです」
「え、っつーことは、大石の兄貴!?」
「ですね。ちーのお兄ちゃんです」
「うぁあえっ!? あ、ヤバい、変な声出た」
「ちーがお世話になってまーす」
「あ、えっと、朝霞薫です」
確かに大石も兄貴が西海駅前でバーをやってるということは言ってた。周りを見渡せば、店のスタッフの人もそれなりにクセが強い。異性装は当たり前だし、見た目にはわからないけど、話して初めてわかる特色もあるそうだ。
飲み屋には人がいるとは本当によく言ったものだと思う。と言うかこの場合、スタッフ側の方が凄そうだ。いや、あくまで“家”の中だしそういう風に見るのは良くない。今日は研究は措いといて、初めてのバーを楽しもう。
「あのねえ朝霞クン、おつまみにね、ドライフルーツが美味しいの」
「ドライフルーツ? お洒落だな、食べてみたい」
「ハルちゃん、ドライフルーツ食べたいんだけど、今日は何ある? あたしオレンジがいいな」
「オレンジは今切らしてるのよ。リンゴとマンゴーと、柿でしょ? ジンジャーに、それから……」
何でもいいよと言おうとした瞬間、俺たちが入ってきた店の表側じゃない方からカランコロンとベルが鳴り、ベティさんもカウンターの裏に目をやる。音が鳴った瞬間スタッフの一部の人が色めき立っているし、何事か。
「兄さん、ドライフルーツいる? 昨日オレンジとレモンが切れそうだったから買ってきてみたけど」
「ちー、ナイスタイミング~! それよりちー、あずさが男連れなのよ」
「えっ、あずさが!? ……って何だ、朝霞か」
「何だとは何だ」
「ちーナイス~! あたしオレンジ食べたかったんだー!」
「ああ、そうなんだ。じゃあちょうど良かったね」
どうやらスタッフの人が色めき立っているのは大石の登場がきっかけのようだ。伏見によれば大石はスタッフの間で人気者。ただ、手を出せばベティさんが黙ってないのでアイドル止まりだとか。一部常連客の間でも大石に会えたらラッキーみたいな幸運のマスコットと化しているとも。ちょっとしたイベントらしい。
「でも朝霞、どうしたの?」
「いい店があるからって伏見に誘われたんだ」
「そっか、ゆっくりしてってよ。でもここで会うのは初めてだよね」
「そうだな。でもたまに出てるからカクテル作りも少し覚えたみたいなことはほら、こないだ定例会おでんで言ってたじゃんな」
大石のカクテル作りに話が及ぶと、ベティさんは小さく溜め息を吐いた。店に入ってからずっと笑顔だったのに、この話題になった瞬間だ。
「アタシはちーにこの仕事をさせたくないのよ。人の口に入るものを出す仕事だから誇りではあるのよ。人の話を聞いて、楽しい時間を提供出来るというのも。だけど夜の水商売じゃない?」
「気持ちはわからないでもないです」
「でもここは“家”なのよね。ちーの家でもあるの。だから禁止じゃなくて、お酒を出すのは友達限定っていう縛りは設けてるのよ」
「俺の友達にも将来飲み屋を開きたいんだって言ってる奴がいて、話を聞いてるとそこに人間がいるなっていうのを感じるんです」
「カオルちゃんは人間に興味があるのかしら」
「そうですね。だって面白いじゃないですか、それぞれ歩んできた道も考え方も違うのに、知り合って人間関係を築いて、さらに前に進んでいくんです。いいことばっかりじゃないのは当然です。でもまだ生きている。だからいろんな人の話を聞きたいです。いろんな人と繋がりたいです。いろんなことを知って、感じて、どこに行き着くのかはわかりませんけど、将来的には人と人を結ぶ仕事がしたいです」
思わず熱弁してしまっていたし、大石と伏見が「ほ~」って感じの顔をしている。でも、口に出してはっきりしたような気がする。俺は人と人を結ぶ仕事がやりたいんだ。やり方を考えるのはこれからだけど、就活のヒントにはなった。すると、またカランカランとベルの音。今度は表から。
「あっ、塩見さん! どうしたんですか!?」
「まあ、たまにはな」
「あら拓馬、久し振りね」
「ご無沙汰してます」
「ちー、上司に何かお出しして」
「えっ、兄さんお酒出すの友達限定じゃなかったの?」
別にわざわざ話を聞かなくても、座ってるだけで面白い店だしまた来よう。でも、来るためにはバイトしないと。何気に痛いのが交通費なんだ。
end.
++++
今年度はね、まだベティさんのお店に朝霞Pが行ってなかったんですよ!!(平年よりだいぶ遅い)
ベティさんのお店の名前も決まってとてもめでたいですね。ちーちゃんは幸運のマスコットです。
朝霞Pのやりたいこともちょっと定まって来たし、たまたま塩見さんも現れたし、年が明けてからが楽しみだ!
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朝霞クン聞いてください、人がいるのは飲み屋なんです。そんな、某金メッシュ……今は元か。もさい頭をしていた奴がよく言ってたようなことを伏見がふっかけてきて、俺は西海行きの電車に揺られている。
今日は伏見と飲みに行くことになっているけど、これはゼミのペア研究と卒論のためで、あくまで研究の一環だ。でも飲みはする。山口が言うことを借りれば、飲み屋には人間模様のドラマがある。まさに俺の研究テーマに沿うのだ。
「じゃーん、ここです!」
「バーだな」
「バーです!」
伏見行きつけの“petite maison”という名前のバーは、直訳すれば「小さな家」という意味でこぢんまりとしている。ママは基本的に来る者を拒まないそうだけど、あくまで“家”だから一見だと少し厳しいそうだ。
俺も初めて来るけど、伏見の紹介があるからこそすんなり入ることが出来るのだろう。普通のバーとは少し違うそうだけど、どう違うのかは「先入観がない方がいいから」とか言って教えてもらえていない。
「ハルちゃーん、来たよー」
「あずさ、いらっしゃい。あら、彼氏?」
「違いますぅー、知ってるクセに!」
「冗談よ。モスコミュールでいい? お兄さんは何にする?」
「あ、えっと、じゃあシャンディガフで」
185はあるだろう長身でガタイも凄い。でも、着てる服は女物だし化粧もばっちり。伏見から、ママのベティさんだと紹介が入る。でも、伏見は“ハルちゃん”て呼んでるよな? ベティのベの字もないけど仲いいみたいだし常連故か?
「伏見、ハルちゃんてのは何なんだ?」
「本名が大石千晴で、千晴のハルだよ。あたしの幼馴染みのハルちゃんです」
「え、っつーことは、大石の兄貴!?」
「ですね。ちーのお兄ちゃんです」
「うぁあえっ!? あ、ヤバい、変な声出た」
「ちーがお世話になってまーす」
「あ、えっと、朝霞薫です」
確かに大石も兄貴が西海駅前でバーをやってるということは言ってた。周りを見渡せば、店のスタッフの人もそれなりにクセが強い。異性装は当たり前だし、見た目にはわからないけど、話して初めてわかる特色もあるそうだ。
飲み屋には人がいるとは本当によく言ったものだと思う。と言うかこの場合、スタッフ側の方が凄そうだ。いや、あくまで“家”の中だしそういう風に見るのは良くない。今日は研究は措いといて、初めてのバーを楽しもう。
「あのねえ朝霞クン、おつまみにね、ドライフルーツが美味しいの」
「ドライフルーツ? お洒落だな、食べてみたい」
「ハルちゃん、ドライフルーツ食べたいんだけど、今日は何ある? あたしオレンジがいいな」
「オレンジは今切らしてるのよ。リンゴとマンゴーと、柿でしょ? ジンジャーに、それから……」
何でもいいよと言おうとした瞬間、俺たちが入ってきた店の表側じゃない方からカランコロンとベルが鳴り、ベティさんもカウンターの裏に目をやる。音が鳴った瞬間スタッフの一部の人が色めき立っているし、何事か。
「兄さん、ドライフルーツいる? 昨日オレンジとレモンが切れそうだったから買ってきてみたけど」
「ちー、ナイスタイミング~! それよりちー、あずさが男連れなのよ」
「えっ、あずさが!? ……って何だ、朝霞か」
「何だとは何だ」
「ちーナイス~! あたしオレンジ食べたかったんだー!」
「ああ、そうなんだ。じゃあちょうど良かったね」
どうやらスタッフの人が色めき立っているのは大石の登場がきっかけのようだ。伏見によれば大石はスタッフの間で人気者。ただ、手を出せばベティさんが黙ってないのでアイドル止まりだとか。一部常連客の間でも大石に会えたらラッキーみたいな幸運のマスコットと化しているとも。ちょっとしたイベントらしい。
「でも朝霞、どうしたの?」
「いい店があるからって伏見に誘われたんだ」
「そっか、ゆっくりしてってよ。でもここで会うのは初めてだよね」
「そうだな。でもたまに出てるからカクテル作りも少し覚えたみたいなことはほら、こないだ定例会おでんで言ってたじゃんな」
大石のカクテル作りに話が及ぶと、ベティさんは小さく溜め息を吐いた。店に入ってからずっと笑顔だったのに、この話題になった瞬間だ。
「アタシはちーにこの仕事をさせたくないのよ。人の口に入るものを出す仕事だから誇りではあるのよ。人の話を聞いて、楽しい時間を提供出来るというのも。だけど夜の水商売じゃない?」
「気持ちはわからないでもないです」
「でもここは“家”なのよね。ちーの家でもあるの。だから禁止じゃなくて、お酒を出すのは友達限定っていう縛りは設けてるのよ」
「俺の友達にも将来飲み屋を開きたいんだって言ってる奴がいて、話を聞いてるとそこに人間がいるなっていうのを感じるんです」
「カオルちゃんは人間に興味があるのかしら」
「そうですね。だって面白いじゃないですか、それぞれ歩んできた道も考え方も違うのに、知り合って人間関係を築いて、さらに前に進んでいくんです。いいことばっかりじゃないのは当然です。でもまだ生きている。だからいろんな人の話を聞きたいです。いろんな人と繋がりたいです。いろんなことを知って、感じて、どこに行き着くのかはわかりませんけど、将来的には人と人を結ぶ仕事がしたいです」
思わず熱弁してしまっていたし、大石と伏見が「ほ~」って感じの顔をしている。でも、口に出してはっきりしたような気がする。俺は人と人を結ぶ仕事がやりたいんだ。やり方を考えるのはこれからだけど、就活のヒントにはなった。すると、またカランカランとベルの音。今度は表から。
「あっ、塩見さん! どうしたんですか!?」
「まあ、たまにはな」
「あら拓馬、久し振りね」
「ご無沙汰してます」
「ちー、上司に何かお出しして」
「えっ、兄さんお酒出すの友達限定じゃなかったの?」
別にわざわざ話を聞かなくても、座ってるだけで面白い店だしまた来よう。でも、来るためにはバイトしないと。何気に痛いのが交通費なんだ。
end.
++++
今年度はね、まだベティさんのお店に朝霞Pが行ってなかったんですよ!!(平年よりだいぶ遅い)
ベティさんのお店の名前も決まってとてもめでたいですね。ちーちゃんは幸運のマスコットです。
朝霞Pのやりたいこともちょっと定まって来たし、たまたま塩見さんも現れたし、年が明けてからが楽しみだ!
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