2018(03)

■健全な肉体と内容で遊ぶ

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 今日も今日とて真面目で研究熱心なお兄さんを装って出て来たゼミ室に、バイト上がりだというリンが戻って来た。土曜ということもあり、情報センターの開放時間も平日よりはいくらか短い。とは言え日給上限の6000円を座っているだけで稼ぎやがったかと。
 それはそうと、午後5時を回って空は大分暗くなってきて、夕飯のことなども考えなければならない時間帯に来ていた。ゼミ室での食事と言えば備蓄されているカップ麺やリンが放置しているジャガイモなどがあるが、今日はどうしたものか。まあ、帰ってもいいんだけど。

「石川、何か食うものはあるか」
「ない」
「使えん奴だな」
「お前に言われる筋合いはない。お前、今日は何時までここにいるつもりだ」
「特に考えてないが、日付が変わるまでには家に帰るつもりだ」
「珍しいことがあったモンだな、実質的住所が大学になってるお前が家に帰るとか」

 理系の研究室ではそこに籠りっきりでほぼそこに住んでいる“ヌシ”のような奴が少なからず出る。ウチのゼミの場合はリンがそうで、少なくとも週に1回は家に帰っているらしいが、それでも帰る頻度は俺や美奈に比べると少ない。家の人もそれを気にしないそうだ。
 物干しには大体リンの服や白衣が吊られているし、カップ麺にしてもゼミの予算で買った物を食い尽したからという理由でリンが実費で買い直したりもする。その他にも、ジャガイモをはじめとしたリンの生活感が滲む部屋と化していた。
 そんなリンが日付が変わるまでには家に帰るという宣言をするというのはちょっとした事件で、どうした、天地でもひっくり返ったかと。俺は沙也の勉強を見たりするのに忙しくなってきているから帰る頻度も前よりは上がった。

「いや、明日はバンドの方の練習があってな」
「まだ続いてたのかあのバンド」
「オレも何故まだやっているのかわからんが、どうやら年末まで契約が延長されたようだ」
「ここにいても暇だし、久々に外で適当に暇潰しするか」
「よかろう。ところで美奈はどうした。バイトか」
「美奈は奥村さ……友達と約束があるとかで今日はそもそも来てない。てめえ、美奈がいたらどうするつもりだったんだ。返答次第では殺すぞ」
「いや、美奈が居ればダーツでもやろうかと思ったのだが」

 美奈は前々から今日の約束を楽しみにしていた。元々は松岡君からの誘いだったらしいけど、奥村さんを連れてくることを条件にその誘いに乗ることにしたとか。と言うか松岡君が美奈に何の用事だ。奥村さんがいるなら心配しなくていいんだろうけど。
 まあ、美奈がいればダーツもしくはビリヤード、という発想自体はわからないでもない。美奈はダーツが趣味で、実際にかなり上手い。俺とリンが束になっても軽く遊ばれる程度には。ビリヤードは少し頑張ればたまに勝てるくらいの差だけど。

「いや、リン。ここは敢えてダーツをやろう」
「オレとお前の2人でか」
「ああ。美奈を挟まない1対1の勝負だ」
「いいだろう、受けて立ってやろう」
「とりあえず今日は漫喫でいいか?」
「そうだな」

 美奈がいるときはダーツバーにも行ったりするけど、俺とリンの2人でダーツバーというのはなかなかに敷居が高い。ちょっと遊びたいだけだし、ダーツに飽きれば違うことが出来るというのも漫画喫茶の強みだろう。

「今からなら6時間パックとかで入ればそれなりに遊べるだろ。お前は日付変わるまでには帰るんだろ」
「ああ、そのつもりだ」
「俺も明日は原稿やるし、お互い明日に支障が出ないよう健全に遊ぼうじゃないか」
「性悪狸の口から健全とかいう単語が出て来るなど、笑うしかないな」
「言って普段は賭け麻雀とかだし不健全極まりないだろ」
「違法だしな。それとも今後は『一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りではない』の範囲で賭けることにするか」
「それはそれで面白くない」

 麻雀で学生の良識の範囲内の金銭が動いているということはこのまま闇に葬っておこう。ダーツやポーカーなどで「一時の娯楽に供する物」が動くことなら多々あっても何ら違法性が問われることはないだろうと思うから、そういう体で。
 さて、ダーツの出来るいつもの漫喫に行くことは決まったが、どうしたものか。腹ごしらえをしてから行くのか、それとも漫喫の中で食べるのか、などなど。まあ、その辺りは行き当たりばったりでどうにでもなるだろう。

「リン、飯はどうする」
「ああ……ここにいてもロクな物はないし、外に出んことには始まらんだろう」
「確かに」
「とりあえず、持ち帰る物をまとめねばならん。少し待て」

 リンの机に広げられていた楽譜や、立てかけられていたキーボードなどがどんどん荷物になっていく。“ヌシ”が一時的にとは言え席を外すとなれば、明日はこの部屋の空気が動くことはほとんどないだろう。4年生でも日曜までいる人はウチのゼミにはそういないらしい。
 俺も荷物がまとまり、帰る準備が整った。これから始めるのは漫喫での暇潰し、もとい俺とリンのダーツでの勝負だ。思えば、ダーツをやるのは結構久々だ。きっと最初のうちは感覚が戻らなくて変な所に飛ばしたりするのだろう。

「しかし、1対1の勝負もいいが、勝負となるとやはり証人が必要だな」
「まあ、それはまた今度でいいんじゃないか? 今日は美奈も久々に奥村さんに会えて楽しんでるだろうから」


end.


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ウン年前の「トリプルアーチ」に関連した流れを缶蹴りの日くらいから地味にやっていますが、菜月さんたちの様子は今年はないみたいですね
イシカー兄さんとリン様のサシの話というのも最近では本当に久しぶりな気がするし、良くも悪くもない兄さんのような気がしないでもない
しかし、圭斗さんの名前を思い出すと兄さん的には面白くないので、ここは目の前のリン様との勝負に集中した方がいいね!

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