2018(03)
■朝が灼く空の色
++++
悪夢から目覚めてしばらく。現在時刻は午前5時。台所では冷え切った体をあっためるためのお茶を沸かしていて、隣にはユキちゃん。昨日はインターフェイスの1年生が俺の部屋に集まって飲んでたんだ。終電のある子は終電で帰ったけど、帰らなかった子も少し。
ユキちゃんはハナちゃんに潰されちゃって早々に寝ちゃって、夜中まで頑張ってた……と言うか夜の方がイキイキしてたのがタカティだったな。部屋ではそのタカティとエージが今も眠っていて、ドアを1枚隔てただけの台所が明るいから起こしちゃわないか心配。
「ミドリ、そろそろいいんじゃない?」
「そうだね。えーっと、マグカップはーっと。あれっ、ないなあ」
「部屋じゃない? 昨日使ったとか」
「あ、そうかも。ちょっと取って来るね」
案の定部屋にあったマグカップを回収して、それをサッと洗う。自分のとユキちゃんの、2人分のお茶が入った。
「あっつ!」
「そりゃそうだよ。沸騰してたんだから」
「そうだよねー。失敗したー。ちょっと置いとこう」
あれは4時半ごろだったのかな、俺は魘されていたらしい。魘されて、汗もだらだら掻いて。たまたま目覚めちゃったユキちゃんが、これは大変だって俺のことをゆさゆさ起こしてくれて、何とか助かった。大学に入るまで5年付き合った、彼女の夢。縁起でもない。
その彼女……深雪さんと別れたのは俺が勝手に進路を変えて星大を受けたことが原因。2人で一緒に夢を叶えようねって言ってたけど、俺には違う目標が出来ちゃって。建築で人の役に立ちたいとか、人のことを助けたいって思うようになった。災害に強い建築を勉強するんだって。
それが原因で別れてからは、俺のケータイに無言電話がかかってくるようになったんだ。何度も、何度も。最初のうちは出てたけど、今ではもう出ることすらしなくなった。実家に帰ると、家族からも深雪さんの話を振られる始末。公認だったもんなあ。
この国のどこかで災害が起きる度に無言電話の頻度が、その密度がすごいことになっていて。お前は建築で人を救うんじゃないのか、早くしろよと言われているような気がして心がぞわぞわっと、ぎゅっと締め付けられるような感じがして。
そんなようなことを、今さっきユキちゃんには全部打ち明けた。先に、夏の時点で無言電話のことは知られていたから。外の通路で2人並んで座って、上着だけ被って。夜を引き摺りつつも次の朝に向かっていける。この話をするにはいい時間だなって思った。
「えっと、朝ごはん作るんだよね。ミドリ、何か材料ある?」
「朝ごはんだし、とりあえずご飯は炊かなきゃいけないかな。それから味噌汁も欲しいよね。えーっと、サバ缶はーっと。あった! よかったぁー」
「えっ、ちょっと待ってミドリ、何でサバ缶?」
「味噌汁の具だよ」
「えー! そんなの聞いたことないよ!」
「えっ、ウソ! やらないの!?」
「やらないよ! 長篠ローカルだよ多分」
「えー……全国どこでも普通にやると思ってた……ローカルなんだー……」
でも、薄々思ってたんだよね。スーパーとか行ってもサバ缶のコーナーが狭いもん。それに、長篠は長篠でも場所が違えばやらないっぽいから本当にローカルな文化みたい。でも本当に美味しいんだよね。本当はネマガリタケとかヒメタケも入れるんだけど、これは端折って。
「えっ、どう作るの?」
「缶の汁ごと鍋に入れて、適当に具を入れて、お味噌を入れるだけ。簡単だよ」
「でも、サバの味噌煮もあるし味噌との相性はきっと抜群だよね。あたしミドリのお味噌汁食べてみたいな」
「わかった。それじゃあ作るよ」
「あたしも何か作ろうか。ミドリの部屋ジャガイモあるしポテサラとかオムレツとか出来るけど。あっ、でも味噌汁で和食だし合わないかな」
「えー! 俺もユキちゃんのジャガイモ料理食べたいよ!」
――とかってご飯の準備をしてると、部屋に繋がるドアが開いたんだ。その向こうからは、目をこすりながらエージが出て来る。どうやらトイレに起きて来たみたい。用を足してはっきりと目が覚めたのか、エージは台所の状況に関心を移す。
「ミドリ、何やってんだっていう」
「ユキちゃんと一緒に朝ごはん作ってるんだー」
「マジか。起きたし俺も何か手伝うか?」
「ううん、エージは二度寝してもらっても大丈夫だよ」
「つっても俺は普段この時間だっていう。多分寝れないし部屋片しとくべ。せっかく飯作ってくれてんのに、汚い部屋でなんか食えんべ」
エージが部屋に戻れば、これは本当に片付けてくれてるんだろうなあっていう音が立ち始める。タカティが起きちゃわないかなあって思ってエージに聞いてみたら、タカティはこの程度じゃ起きないって。さすが、知り尽くしてるなあ。
「……本当に、ユキちゃんがいてくれてよかった」
「それ、さっきも聞いたよ」
「まあ、うん。心が支えられたっていうのもそうなんだけど、ユキちゃんに起こされなかったら多分俺もタカティばりに起きなかったと思うから、こう……家主としては、どうかなーって」
「いいんじゃない? ミドリは家主だけど、幹事ではないんだから」
「そっか」
end.
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15年度だったかのこの時期にやった「morrow」という話を引っ張ってきました。ミドユキの朝ごはん作りです。
お味噌汁事情については、どこでどんなお味噌を使ってるのかなと調べようとしたらそんなのがヒットしてビックリしました。
で、エイジである。元々早起きだけど、起きてすぐ部屋の片付けを始める辺りが既にTKG宅で鍛えられた感じがありますね
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悪夢から目覚めてしばらく。現在時刻は午前5時。台所では冷え切った体をあっためるためのお茶を沸かしていて、隣にはユキちゃん。昨日はインターフェイスの1年生が俺の部屋に集まって飲んでたんだ。終電のある子は終電で帰ったけど、帰らなかった子も少し。
ユキちゃんはハナちゃんに潰されちゃって早々に寝ちゃって、夜中まで頑張ってた……と言うか夜の方がイキイキしてたのがタカティだったな。部屋ではそのタカティとエージが今も眠っていて、ドアを1枚隔てただけの台所が明るいから起こしちゃわないか心配。
「ミドリ、そろそろいいんじゃない?」
「そうだね。えーっと、マグカップはーっと。あれっ、ないなあ」
「部屋じゃない? 昨日使ったとか」
「あ、そうかも。ちょっと取って来るね」
案の定部屋にあったマグカップを回収して、それをサッと洗う。自分のとユキちゃんの、2人分のお茶が入った。
「あっつ!」
「そりゃそうだよ。沸騰してたんだから」
「そうだよねー。失敗したー。ちょっと置いとこう」
あれは4時半ごろだったのかな、俺は魘されていたらしい。魘されて、汗もだらだら掻いて。たまたま目覚めちゃったユキちゃんが、これは大変だって俺のことをゆさゆさ起こしてくれて、何とか助かった。大学に入るまで5年付き合った、彼女の夢。縁起でもない。
その彼女……深雪さんと別れたのは俺が勝手に進路を変えて星大を受けたことが原因。2人で一緒に夢を叶えようねって言ってたけど、俺には違う目標が出来ちゃって。建築で人の役に立ちたいとか、人のことを助けたいって思うようになった。災害に強い建築を勉強するんだって。
それが原因で別れてからは、俺のケータイに無言電話がかかってくるようになったんだ。何度も、何度も。最初のうちは出てたけど、今ではもう出ることすらしなくなった。実家に帰ると、家族からも深雪さんの話を振られる始末。公認だったもんなあ。
この国のどこかで災害が起きる度に無言電話の頻度が、その密度がすごいことになっていて。お前は建築で人を救うんじゃないのか、早くしろよと言われているような気がして心がぞわぞわっと、ぎゅっと締め付けられるような感じがして。
そんなようなことを、今さっきユキちゃんには全部打ち明けた。先に、夏の時点で無言電話のことは知られていたから。外の通路で2人並んで座って、上着だけ被って。夜を引き摺りつつも次の朝に向かっていける。この話をするにはいい時間だなって思った。
「えっと、朝ごはん作るんだよね。ミドリ、何か材料ある?」
「朝ごはんだし、とりあえずご飯は炊かなきゃいけないかな。それから味噌汁も欲しいよね。えーっと、サバ缶はーっと。あった! よかったぁー」
「えっ、ちょっと待ってミドリ、何でサバ缶?」
「味噌汁の具だよ」
「えー! そんなの聞いたことないよ!」
「えっ、ウソ! やらないの!?」
「やらないよ! 長篠ローカルだよ多分」
「えー……全国どこでも普通にやると思ってた……ローカルなんだー……」
でも、薄々思ってたんだよね。スーパーとか行ってもサバ缶のコーナーが狭いもん。それに、長篠は長篠でも場所が違えばやらないっぽいから本当にローカルな文化みたい。でも本当に美味しいんだよね。本当はネマガリタケとかヒメタケも入れるんだけど、これは端折って。
「えっ、どう作るの?」
「缶の汁ごと鍋に入れて、適当に具を入れて、お味噌を入れるだけ。簡単だよ」
「でも、サバの味噌煮もあるし味噌との相性はきっと抜群だよね。あたしミドリのお味噌汁食べてみたいな」
「わかった。それじゃあ作るよ」
「あたしも何か作ろうか。ミドリの部屋ジャガイモあるしポテサラとかオムレツとか出来るけど。あっ、でも味噌汁で和食だし合わないかな」
「えー! 俺もユキちゃんのジャガイモ料理食べたいよ!」
――とかってご飯の準備をしてると、部屋に繋がるドアが開いたんだ。その向こうからは、目をこすりながらエージが出て来る。どうやらトイレに起きて来たみたい。用を足してはっきりと目が覚めたのか、エージは台所の状況に関心を移す。
「ミドリ、何やってんだっていう」
「ユキちゃんと一緒に朝ごはん作ってるんだー」
「マジか。起きたし俺も何か手伝うか?」
「ううん、エージは二度寝してもらっても大丈夫だよ」
「つっても俺は普段この時間だっていう。多分寝れないし部屋片しとくべ。せっかく飯作ってくれてんのに、汚い部屋でなんか食えんべ」
エージが部屋に戻れば、これは本当に片付けてくれてるんだろうなあっていう音が立ち始める。タカティが起きちゃわないかなあって思ってエージに聞いてみたら、タカティはこの程度じゃ起きないって。さすが、知り尽くしてるなあ。
「……本当に、ユキちゃんがいてくれてよかった」
「それ、さっきも聞いたよ」
「まあ、うん。心が支えられたっていうのもそうなんだけど、ユキちゃんに起こされなかったら多分俺もタカティばりに起きなかったと思うから、こう……家主としては、どうかなーって」
「いいんじゃない? ミドリは家主だけど、幹事ではないんだから」
「そっか」
end.
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15年度だったかのこの時期にやった「morrow」という話を引っ張ってきました。ミドユキの朝ごはん作りです。
お味噌汁事情については、どこでどんなお味噌を使ってるのかなと調べようとしたらそんなのがヒットしてビックリしました。
で、エイジである。元々早起きだけど、起きてすぐ部屋の片付けを始める辺りが既にTKG宅で鍛えられた感じがありますね
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