2018(03)

■迫真の冬支度

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「今年の冬はヤバいらしい」

 高ピーが深刻な顔をして言うものだから、きっと本当にヤバいのだろう。今年の冬の何がどうヤバいのか。場合によっては俺にも何か関係のあることだったら……うーん、怖すぎる。それだけ高ピーの顔が迫真って感じなんだもんなあ。

「高ピー、何がどうヤバいの?」
「エルニーニョ現象が起きてるらしい」
「それがどうしたの」
「エルニーニョ現象が起こってると、向島は雪が降りやすくなるそうだ」
「あ、それは確かにヤバいね」
「死ぬぞ、マジで。食料の備蓄は十分にしとかねえとな」

 高ピーは寒いのが大の苦手だ。寒いとそれこそ大袈裟ではなく活動停止しちゃうんだ。装備はブランドもののダウンジャケット。秋や春はダウンベストを着ている。二輪だから体感温度が少し低いってあうのもあるけどそもそもが寒がりだから。
 これまでにも、サークルに高ピーが来ないなーって思ったら家のこたつの中で高ピーが固まってたとかがあったよね。その日は雪が降っていて、みんな寒い寒いとは言ってたんだけど、広瀬先輩が高ピーを部屋から引きずり出してたよね。懐かしい。

「おはよーございまーす」
「あ、おはよう果林」
「うーす。てめェは相変わらず見た目にさみィな」
「えー? ちゃんとヒートテックとか着てますよー?」
「うるせえ。黄色いジャージの時点でさみィんだよ」
「いひゃいいひゃいー!」

 やって来て早々無慈悲にほっぺたを抓られている果林は、トレードマークの黄色いジャージに迷彩柄のパンツというお馴染みのスタイル。さすがにジャージの下がタンクトップということはなくなったみたいだけど、薄着な方かもしれない。

「ちょっ、高ピー痛そうだから放してあげて!」
「あ?」
「いひゃい!」

 バチンと音がしそうな勢いで放されたほっぺはちょっと赤くなっていた。果林のほっぺたは柔らかくて気持ちいいからついむにむにしたくなるんだって。でも、やってることはむにむにとかいう可愛い次元じゃないよなあ絶対。

「果林はヒートテックの他に何か寒さ対策してる?」
「このもこもこのベストがあったかいんですよ。触ってみます?」
「わ、本当にあったかいね」
「高ピー先輩のダウンには負けますけどねー」
「高ピーのダウンはブランド物だからね」
「どんだけインに着込んでても外がジャージとかマジあり得ねえだろ、クソさみィ」
「えー! でもいっちー先輩もパーカーじゃないですかー」
「俺のパーカーは一防風使用だし首元とか風の入るところはネックウォーマーとかしてるから。見た目よりはあったかいよ」

 俺も見た目にはいつもと変わらないパーカーのように見えるけど、季節によって素材とか性能が微妙に違ったりする。冬のパーカーで大事なのは、風を通さないこと。特に俺はバイク乗りだから風は大敵だ。
 もうひとつ大事になってくるのは、速乾性だ。冬は日照時間も短いし、日差しも夏に比べると弱い。だから、洗濯をしてもなかなか乾かないんだ。部屋干しもするけど、やっぱり洗濯物は基本的に外で干したい。

「それで、服がどうしたんですか?」
「今年の冬は雪が降りやすいみたいだねっていう話だよ。エルニーニョ現象が起こると向島で降りやすくなるって高ピーが教えてくれたんだ」
「あー、大変ですね。でもまだ降ってないんで大丈夫じゃないですか? 降ったらもうちょっと服も考えますよ」
「降ってから考えてたら遅いだろ」
「って言うか高ピー先輩今の段階でこんなにもこもこしてて、雪が降ったらどうなるんですか?」
「外に出ねえ」
「安定ですよねー」

 確かに、雪が降る前からちゃんと備えてないと遅いんだよね。緑ヶ丘は山だから星港よりも雪が積もりやすそうだし。ここにいる二輪組や慧梨夏の車にしたって何らかの対策は必要だろうな。タイヤとかチェーンとか、どうしたらいいんだろう。

「おはようございます」
「おはよータカちゃん」
「タカシおはよう」

 ……と、やってきたタカシの格好を見て、思う。何ら変わりないじゃないかと。黒いジャケットに薄いシャツ。もう冬になろうとしているのに、コートとか、マフラーとか、そんなような物を身につけている様子がないんだ。

「なあ高木」
「はい」
「お前、そんな格好で寒くねえのか。コートとか、ブルゾンとか、何かねえのか」
「寒くないことはないですけど、今から厚着すると本当に寒くなってからが大変なので」
「もう十分さみィだろ……」
「部屋では毛布にくるまって酒を飲んでます。それで大体やり過ごせるので」
「え、確認するけど、暖房は」
「入れてませんね」
「マジでねえわ。もう12月だぞ。それなのに暖房入れねえとか」
「光熱費が」
「高ピーは備えすぎだと思うけど、タカシは逆に凄すぎるわ」
「マフラーでもした方がいいですかね」
「いや、マフラーもいいけど上着だろ。適当にフリースでも買えよ。雪が降っても暖房入れねえのか?」
「あ、さすがにシャワーの時は高崎先輩からもらったヒーターを入れてますけど、それ以外は毛布に酒で何とかなりませんかね」
「ならねえだろ、バカじゃねえのか」

 雪が降ったら動けなくなりそうな高ピーと、雪が降ってもケロリとしていそうなタカシ。高ピーとタカシは本当に両極端だ。一応それぞれの冬支度をして今に至ってるみたいだけど、本当に雪が降ってきたらどうなるんだろう。俺と果林はちょっと引いてますよね。


end.


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高崎が果林のほっぺたを引っ張ってる件がやりたいがためのヤツ。でも雪が降るとマズいのは本当。
いち氏は季節でパーカーの素材とかが結構違うみたい。防風のパーカーとかも持ってるのね。
そして暖房をまだ入れてないTKGである……エイジはもうお客さんに換算されてなさそうだし、どうなってんだ……

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