2018(03)
■異文化だったり宇宙語だったり
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「伊東、これ左の上段」
「へーへー」
ロフトの下から上がってくる本を、ひたすら指定された場所に詰めていくだけの作業だ。俺が浅浦の部屋に入り浸っていると、たまにこうやって大規模な本棚の整頓に付き合わされる。どうせロフトにいるんだから手伝え、と。
浅浦の部屋には学生の部屋としては超絶贅沢なロフトがある。浅浦はそのロフトを実質的な書斎として利用していて、パソコンや小さな本棚を置いている。ちなみに、ここには人をダメにするクッションも置かれているから、俺が遊びに来たときの定位置でもある。
何か、よくわかんないけどロフトの本棚はながら読みでも余裕なくらい読んだ文庫が主で、下にある本棚のは重いハードカバーだったり本腰を入れて読みたい本なんかが入ってるんだと。で、それがたまに入れ替わるんだな。
「なあ、同じタイトルの本2冊あるけど。ダブって買った?」
「いや、表紙が違うだろ」
「お前までそんなオタクっぽい買い方してんのかよ」
「表紙はそれを描いた人がどういう解釈をしてるかっていうことが分かる重要な情報だろ」
「ふーん。中の文章は一緒なんじゃねーの? しかもさ、ハードカバーと文庫もダブってんじゃんか」
「ハードカバーと文庫は全然違うぞ。単行本を文庫化するときにすげー加筆する作家もいるし。難ならそれぞれのメリットとデメリットを語るくらいのことはするけど」
「いや、いい。だって俺はお前と違って小説っつーか活字を長々と読んでられねーし」
「ちなみに目が疲れにくいのは単行本だな」
「だからいいっつーの」
えー、これでも一応俺も書店バイトです。でも、小説は完全に浅浦の担当だし、俺はノータッチ。お客さんから小説のことについて聞かれた瞬間浅浦に投げるよな! 只今担当の者に繋ぎますので~みたいな感じで。だってその方が速いし。
それからも俺は浅浦からの指示通りに働き続け、奴が納得するまでにかかった時間は1時間弱。これでも早く終わった方なんだと。まあ、俺も慧梨夏の部屋の本棚の整頓に付き合わされたことがあったけど、こんなモンじゃなかったもんなあ、いろんな意味で。
慧梨夏は今日も東都で開かれているイベントに出ているそうだから、帰ってきたらまた戦利品の消化が始まって、本人曰く床に区分けしてあるそれにしばらくは触るなと言われるんだろうな。俺からすればどこからどう見ても放置してあるようにしか見えないんだけど。
「ただ、最近ちょっと興味あることがあって」
「ん? 本に関してか」
浅浦が淹れてくれたココアを飲みながら、まだ話に付き合ってやる。何やかんや浅浦も好きな物は突き詰めるタイプだ。それをあまり表に出すことはしないけど、密かにすげー潜ってるみたいな。熱がとにかく凄かったりする。
「ああ。海外の作品が翻訳されてこっちで読めるように、こっちの作品も海外で翻訳されて読まれてたりするだろ」
「あー、そうね。ノーベル賞取ったり候補になるくらいなんだから読まれてんだろうな」
「いろんな国の言語で翻訳された同じタイトルの本を集めてどういう訳され方をしてるのかとかを見比べてみたいなーと思って」
――と、ここまで聞いて少し思い当たった。俺は苦手な話題だからって無意識に避けててちゃんと聞けてなかったけれど、記憶が正しければ確かそんなようなことを勉強してるのが近場にいたはず。
「俺のサークルの友達に文学部の子がいるんだけど、その子が確かそんなようなことやってなかったかなーと思う」
「MBCCで文学部って言うと、岡崎君か?」
「えっ、浅浦お前ヨシのこと知ってんの」
「岡崎君は有名だろ。見た目派手って言うかミステリアスだし」
「……“文学部の王子様”がよく言うよな」
「それはいいけど、彼、そういう勉強をやってるのか」
「確かな! 確証はないけど」
聞いた話では、ヨシが生まれつき持ってる目の異常から点字に興味があって、点字本に触れてるうちに、ひとつの作品を他の言語で表現するとどうなるんだろうっていう疑問を抱いたんだったかな? 確かそんな。翻訳者についても調べてたりして、俺にはちんぷんかんぷんだった。
「ヨシは育ちゃんっていう同期の国際の子に頼んでよく海外の本とか買って来てもらってるみたいなんだよ。育ちゃんよく海外行ってるから」
「なるほど、国際の知り合いがいればそういうことも出来るか」
「あっ、難ならヨシに聞いてみる?」
「でも、俺はあくまで興味本位と言うか、趣味レベルだからそこまでガチじゃないぞ」
「いーからいーから」
こういうのはノリと勢いが大事だったりする。趣味だろうがガチな研究だろうが。高ピー風に言えば、使える物は使えってヤツだ。さっそくヨシにLINEを送ってみる。すぐには返信もないだろうから、後はまったりとした休日をだな。
「――ってもう返信来た!? ヨシにしちゃ早いな! 完全に誤算だった! 浅浦、お前ちょっと来い! ヨシがこの話に乗り気だ、話詰めとけ!」
「え、言ったらそのように返って来るの」
「知らねーけど。つか俺を挟むよか直接やり取りしてもらった方がいいんじゃね? 俺要らなくね?」
end.
++++
休日のいち浅です。慧梨夏に放置されているいち氏が転がり込むところなんてここくらいです。
さて、思わぬところで出て来たユノ先輩の名前。ユノ先輩の専攻めいたことまでこの話で勢いよく決まって書いてる方がビックリ。
このユノ先輩に関連してふえるなのすぱんえっくすがあるとか、ないとか……
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「伊東、これ左の上段」
「へーへー」
ロフトの下から上がってくる本を、ひたすら指定された場所に詰めていくだけの作業だ。俺が浅浦の部屋に入り浸っていると、たまにこうやって大規模な本棚の整頓に付き合わされる。どうせロフトにいるんだから手伝え、と。
浅浦の部屋には学生の部屋としては超絶贅沢なロフトがある。浅浦はそのロフトを実質的な書斎として利用していて、パソコンや小さな本棚を置いている。ちなみに、ここには人をダメにするクッションも置かれているから、俺が遊びに来たときの定位置でもある。
何か、よくわかんないけどロフトの本棚はながら読みでも余裕なくらい読んだ文庫が主で、下にある本棚のは重いハードカバーだったり本腰を入れて読みたい本なんかが入ってるんだと。で、それがたまに入れ替わるんだな。
「なあ、同じタイトルの本2冊あるけど。ダブって買った?」
「いや、表紙が違うだろ」
「お前までそんなオタクっぽい買い方してんのかよ」
「表紙はそれを描いた人がどういう解釈をしてるかっていうことが分かる重要な情報だろ」
「ふーん。中の文章は一緒なんじゃねーの? しかもさ、ハードカバーと文庫もダブってんじゃんか」
「ハードカバーと文庫は全然違うぞ。単行本を文庫化するときにすげー加筆する作家もいるし。難ならそれぞれのメリットとデメリットを語るくらいのことはするけど」
「いや、いい。だって俺はお前と違って小説っつーか活字を長々と読んでられねーし」
「ちなみに目が疲れにくいのは単行本だな」
「だからいいっつーの」
えー、これでも一応俺も書店バイトです。でも、小説は完全に浅浦の担当だし、俺はノータッチ。お客さんから小説のことについて聞かれた瞬間浅浦に投げるよな! 只今担当の者に繋ぎますので~みたいな感じで。だってその方が速いし。
それからも俺は浅浦からの指示通りに働き続け、奴が納得するまでにかかった時間は1時間弱。これでも早く終わった方なんだと。まあ、俺も慧梨夏の部屋の本棚の整頓に付き合わされたことがあったけど、こんなモンじゃなかったもんなあ、いろんな意味で。
慧梨夏は今日も東都で開かれているイベントに出ているそうだから、帰ってきたらまた戦利品の消化が始まって、本人曰く床に区分けしてあるそれにしばらくは触るなと言われるんだろうな。俺からすればどこからどう見ても放置してあるようにしか見えないんだけど。
「ただ、最近ちょっと興味あることがあって」
「ん? 本に関してか」
浅浦が淹れてくれたココアを飲みながら、まだ話に付き合ってやる。何やかんや浅浦も好きな物は突き詰めるタイプだ。それをあまり表に出すことはしないけど、密かにすげー潜ってるみたいな。熱がとにかく凄かったりする。
「ああ。海外の作品が翻訳されてこっちで読めるように、こっちの作品も海外で翻訳されて読まれてたりするだろ」
「あー、そうね。ノーベル賞取ったり候補になるくらいなんだから読まれてんだろうな」
「いろんな国の言語で翻訳された同じタイトルの本を集めてどういう訳され方をしてるのかとかを見比べてみたいなーと思って」
――と、ここまで聞いて少し思い当たった。俺は苦手な話題だからって無意識に避けててちゃんと聞けてなかったけれど、記憶が正しければ確かそんなようなことを勉強してるのが近場にいたはず。
「俺のサークルの友達に文学部の子がいるんだけど、その子が確かそんなようなことやってなかったかなーと思う」
「MBCCで文学部って言うと、岡崎君か?」
「えっ、浅浦お前ヨシのこと知ってんの」
「岡崎君は有名だろ。見た目派手って言うかミステリアスだし」
「……“文学部の王子様”がよく言うよな」
「それはいいけど、彼、そういう勉強をやってるのか」
「確かな! 確証はないけど」
聞いた話では、ヨシが生まれつき持ってる目の異常から点字に興味があって、点字本に触れてるうちに、ひとつの作品を他の言語で表現するとどうなるんだろうっていう疑問を抱いたんだったかな? 確かそんな。翻訳者についても調べてたりして、俺にはちんぷんかんぷんだった。
「ヨシは育ちゃんっていう同期の国際の子に頼んでよく海外の本とか買って来てもらってるみたいなんだよ。育ちゃんよく海外行ってるから」
「なるほど、国際の知り合いがいればそういうことも出来るか」
「あっ、難ならヨシに聞いてみる?」
「でも、俺はあくまで興味本位と言うか、趣味レベルだからそこまでガチじゃないぞ」
「いーからいーから」
こういうのはノリと勢いが大事だったりする。趣味だろうがガチな研究だろうが。高ピー風に言えば、使える物は使えってヤツだ。さっそくヨシにLINEを送ってみる。すぐには返信もないだろうから、後はまったりとした休日をだな。
「――ってもう返信来た!? ヨシにしちゃ早いな! 完全に誤算だった! 浅浦、お前ちょっと来い! ヨシがこの話に乗り気だ、話詰めとけ!」
「え、言ったらそのように返って来るの」
「知らねーけど。つか俺を挟むよか直接やり取りしてもらった方がいいんじゃね? 俺要らなくね?」
end.
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休日のいち浅です。慧梨夏に放置されているいち氏が転がり込むところなんてここくらいです。
さて、思わぬところで出て来たユノ先輩の名前。ユノ先輩の専攻めいたことまでこの話で勢いよく決まって書いてる方がビックリ。
このユノ先輩に関連してふえるなのすぱんえっくすがあるとか、ないとか……
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