2018(03)
■ヒポクリット・ワーク
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酷い目に遭った先週のことを思い出し、今日は早々に大学に避難してきた。ゼミ室にはバイトの休憩中だというリンと、別件で来ていた美奈がいた。俺は冷蔵庫を覗き込み、食糧状況をチェックする。よかった、こないだ買ったナポリタンの材料が残っている。
「石川、どうした」
「いや、ちょっと避難をな」
「……避難…?」
「こないだ、沙也とその友達どもに家庭教師という名目で勉強を教えてたんだ」
「……徹が、沙也ちゃん以外の人にも勉強を教えてた…!?」
「どうした、シスコンデミサイコ狸が」
俺の妹の沙也は現在中学3年生で、受験を控えている。必要があれば、時間のある時に俺が勉強を見ているのだ。言って俺も星大生だ。高校受験程度であれば簡単な家庭教師くらいにはなるだろうから。変な塾に行かせて妙な思想に洗脳されるよりよっぽどいい。
だけど、何がどうしたのか、先週は沙也の友達とかいうクソどうでもいい連中まで家に押し掛けてきやがったのだ。正直沙也以外に掛ける時間が無駄で仕方ないしライバルを増やすようなことに加担するのも嫌すぎる。と言うかお前らはそれだけの金……1時間当たり最低2000円は払えよと思う。
もちろんそんなことを面と向かって言ってしまえば沙也が学校でいじめられかねないので、ここではいいお兄さんのポーズをしているとはお伝えせねばなるまい。しかしいいお兄さんのポーズをしていると、友達面して都合のいい時ばかり相乗りしてくるクソを追い払うワケにも行かないワケで。
「……表現が……」
「みんながお前のように友人をツールとしてしか見ていないワケではないぞ」
「――とまあ、そんな理由でこれ以上押し掛けて来られないよう研究熱心なお兄さんを装って外に出て来た。あの連中、またお願いしますとか言ってやがったんだぞ。は? ふざけんなよと。お前らの勉強を見て俺に何のメリットがあるんだ」
「これが妹なら」
「喜んで見る」
「正真正銘のクズだな」
「……残念ながら、徹はそういう人……」
「何とでも言え。残念ながら今はクレーマー社会だからな。友達とかいう奴と関わることでその親連中がいちゃもんつけて来る可能性だってあるからな」
「さすがに、そこまではないと思うけれど……」
「わからんぞ。うちの子に余計なことを拭きこみやがってと言って来る奴もいるかもしれん」
「そうだ、さすがリン。性格が悪いだけあって理解がいい」
正直、俺は勉強を教える前に「これは個人が善意でやってあげざるを得なくなったことであり、ここで教わった事柄によって不利益を生じたとしても責任は負いません。そのことをご了承いただきますよう署名をお願いします」と一筆ぶんだくりたい気持ちでいっぱいだった。予防線は引いておきたい。
金を取っているワケではないのだから、何があっても知ったことかと。あまり調子に乗らせて俺のことをタダで使える家庭教師のように思われても困る。俺は死んでもどうでもいい奴のために時間を費やしたくない。冬に向けた原稿だってあるのに。
「タダで勉強させたいならYoutubeの学習動画でも見とけよっていうな」
「確かに最近ではそういうコンテンツも充実しているな」
「教えるだけなら学校の教師より上手い連中だって多いからな」
「動画に負けるようでは教師も形無しか」
「学校の教員は勉強だけを見ているワケではないから、人格が問われるはずだ。逆に言えば、教員としてやれるほど良心に自信がない奴は動画を上げて神格化されていればいい」
「……だから、表現……」
「いや、ああいう動画を上げてる奴も結局は「うわ~、すっごい頭いい~」って持ち上げられたいんだろ?」
「みんながみんな以下略とは言っておくぞ」
結局のところ、絵でも音楽でも動画でも、何かしらを世に向けて公開するということは自己満足でしかないのだ。その結果他者から求められるようになることがあったとしても、根底にあるのは己の承認欲求だったり心の開放だったりする。
もちろんそれを悪と言うつもりはない。一応俺も絵描きの端くれ、創作者のことにはある程度理解がある。問題は、それを「使えそうだな」と外からやって来て食い散らかす連中の方だ。そして、自分の思う結果を得られなければ叩き潰す。そもそもお前たちは俺の客じゃねえ、ほっとけ、関わるなと。
「とりあえず今日は中学生が出歩いているような時間帯はここで籠っておこうと思う」
「その分妹と触れ合える時間を削るというワケだな。使えない兄は要らんと見切り妹は他に使える家庭教師を探しに夜の街へ」
「てめえぶっ殺すぞ」
「おお、恐ろしい」
「止めだ止めだ、これ以上この話題を続けても誰も得をしない。チッ、クソが。やってらんねえな。誰が他人に慈善事業なんてやってられんだよ、暇人か。こちとら趣味で偽善者やってんじゃねえんだよ」
「……リン」
「ん?」
「ただ、徹が面倒見がよくて勉強も教えてくれるいいお兄ちゃん、という話は近所でも評判になっていて……」
「それはコイツの外面が変にいい所為だろう」
end.
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イシカー兄さんが荒れています。仕方ないね、ロリコンじゃなくてただのシスコンだから三次元に用事はないし
それをリン美奈は「まーた始まったよ」という程度にしか見ていないのが安定ですね。ここは本当に安定感がある。
そして偽善者をやっているという自覚のある兄さんである。趣味でやっているワケではないんだな!?
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酷い目に遭った先週のことを思い出し、今日は早々に大学に避難してきた。ゼミ室にはバイトの休憩中だというリンと、別件で来ていた美奈がいた。俺は冷蔵庫を覗き込み、食糧状況をチェックする。よかった、こないだ買ったナポリタンの材料が残っている。
「石川、どうした」
「いや、ちょっと避難をな」
「……避難…?」
「こないだ、沙也とその友達どもに家庭教師という名目で勉強を教えてたんだ」
「……徹が、沙也ちゃん以外の人にも勉強を教えてた…!?」
「どうした、シスコンデミサイコ狸が」
俺の妹の沙也は現在中学3年生で、受験を控えている。必要があれば、時間のある時に俺が勉強を見ているのだ。言って俺も星大生だ。高校受験程度であれば簡単な家庭教師くらいにはなるだろうから。変な塾に行かせて妙な思想に洗脳されるよりよっぽどいい。
だけど、何がどうしたのか、先週は沙也の友達とかいうクソどうでもいい連中まで家に押し掛けてきやがったのだ。正直沙也以外に掛ける時間が無駄で仕方ないしライバルを増やすようなことに加担するのも嫌すぎる。と言うかお前らはそれだけの金……1時間当たり最低2000円は払えよと思う。
もちろんそんなことを面と向かって言ってしまえば沙也が学校でいじめられかねないので、ここではいいお兄さんのポーズをしているとはお伝えせねばなるまい。しかしいいお兄さんのポーズをしていると、友達面して都合のいい時ばかり相乗りしてくるクソを追い払うワケにも行かないワケで。
「……表現が……」
「みんながお前のように友人をツールとしてしか見ていないワケではないぞ」
「――とまあ、そんな理由でこれ以上押し掛けて来られないよう研究熱心なお兄さんを装って外に出て来た。あの連中、またお願いしますとか言ってやがったんだぞ。は? ふざけんなよと。お前らの勉強を見て俺に何のメリットがあるんだ」
「これが妹なら」
「喜んで見る」
「正真正銘のクズだな」
「……残念ながら、徹はそういう人……」
「何とでも言え。残念ながら今はクレーマー社会だからな。友達とかいう奴と関わることでその親連中がいちゃもんつけて来る可能性だってあるからな」
「さすがに、そこまではないと思うけれど……」
「わからんぞ。うちの子に余計なことを拭きこみやがってと言って来る奴もいるかもしれん」
「そうだ、さすがリン。性格が悪いだけあって理解がいい」
正直、俺は勉強を教える前に「これは個人が善意でやってあげざるを得なくなったことであり、ここで教わった事柄によって不利益を生じたとしても責任は負いません。そのことをご了承いただきますよう署名をお願いします」と一筆ぶんだくりたい気持ちでいっぱいだった。予防線は引いておきたい。
金を取っているワケではないのだから、何があっても知ったことかと。あまり調子に乗らせて俺のことをタダで使える家庭教師のように思われても困る。俺は死んでもどうでもいい奴のために時間を費やしたくない。冬に向けた原稿だってあるのに。
「タダで勉強させたいならYoutubeの学習動画でも見とけよっていうな」
「確かに最近ではそういうコンテンツも充実しているな」
「教えるだけなら学校の教師より上手い連中だって多いからな」
「動画に負けるようでは教師も形無しか」
「学校の教員は勉強だけを見ているワケではないから、人格が問われるはずだ。逆に言えば、教員としてやれるほど良心に自信がない奴は動画を上げて神格化されていればいい」
「……だから、表現……」
「いや、ああいう動画を上げてる奴も結局は「うわ~、すっごい頭いい~」って持ち上げられたいんだろ?」
「みんながみんな以下略とは言っておくぞ」
結局のところ、絵でも音楽でも動画でも、何かしらを世に向けて公開するということは自己満足でしかないのだ。その結果他者から求められるようになることがあったとしても、根底にあるのは己の承認欲求だったり心の開放だったりする。
もちろんそれを悪と言うつもりはない。一応俺も絵描きの端くれ、創作者のことにはある程度理解がある。問題は、それを「使えそうだな」と外からやって来て食い散らかす連中の方だ。そして、自分の思う結果を得られなければ叩き潰す。そもそもお前たちは俺の客じゃねえ、ほっとけ、関わるなと。
「とりあえず今日は中学生が出歩いているような時間帯はここで籠っておこうと思う」
「その分妹と触れ合える時間を削るというワケだな。使えない兄は要らんと見切り妹は他に使える家庭教師を探しに夜の街へ」
「てめえぶっ殺すぞ」
「おお、恐ろしい」
「止めだ止めだ、これ以上この話題を続けても誰も得をしない。チッ、クソが。やってらんねえな。誰が他人に慈善事業なんてやってられんだよ、暇人か。こちとら趣味で偽善者やってんじゃねえんだよ」
「……リン」
「ん?」
「ただ、徹が面倒見がよくて勉強も教えてくれるいいお兄ちゃん、という話は近所でも評判になっていて……」
「それはコイツの外面が変にいい所為だろう」
end.
++++
イシカー兄さんが荒れています。仕方ないね、ロリコンじゃなくてただのシスコンだから三次元に用事はないし
それをリン美奈は「まーた始まったよ」という程度にしか見ていないのが安定ですね。ここは本当に安定感がある。
そして偽善者をやっているという自覚のある兄さんである。趣味でやっているワケではないんだな!?
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