2018(03)

■真夜中の駄々っ子

公式学年+1年

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「あ~、しんどい~、もうアカーン。俺、この編集作業が終わったら風呂行くんだ……」
「店長仕事して」

 佐藤ゼミのスタジオには昼も夜も、季節感もない。大学祭が終わって一段落したのも束の間、今度は本題の学業でスタジオ暮らしが始まっていた。8号館の地下1階にある社会学部のスタジオは、佐藤ゼミが実質的に占拠したゼミ室と化していた。防音の鉄扉を開いて階段を下れば、円卓が並ぶ。
 スタジオの壁際には、パソコンが5台ほど横に並ぶコーナーがある。そのパソコンには映像編集ソフトや音声編集ソフト、それから画像の編集など、ゼミでの活動に必要なソフトがたくさん詰め込まれているいる。現在時刻は深夜2時、パソコンの前には学年問わず人がいる。

「パパー、しんどいのはわかるけど、お仕事してー」
「娘ー、パパは疲れたんだ」

 佐藤ゼミの3年生は、強制ではないけど実質的必修科目である映像系の需要を履修している。当然ヒゲの授業ですよねー。そこで編成した班で作品をドキュメント作品とドラマ作品の2本を作ってるんだけど、昼も夜も関係なく作業しないと進まないんですよね。
 で、ゼミ生以外の人もこの授業は履修してるんだけど、こうやってスタジオにまで籠るのはゼミ生しかいない。いつものように、スタジオ泊の準備はしっかりとしてある。食糧もバッチリ買い込んで、戦争の様相。
 アタシは桃華と小田ちゃん、それからパパこと店長・平田クンと一緒の班。映像編集のエース・小田ちゃんがいるから楽勝だねって思ってたけど、今日は小田ちゃんがいないからみんなで協力してやらないといけない。桃華は台本を詰めてるし、編集は実質的にアタシと店長の仕事。

「まずはヘッドホンつけましょうよ」
「メガネはヘッドホンに向かんのやよ」
「パパー! ヘッドホンしてー!」
「店長、左見て。イケメン君は日付変わる前からずーっとヘッドホンして作業してるけど?」
「あれはエリートやん」

 パソコン席の左端では、タカちゃんが音声編集の作業をしていた。2年生も音声作品の提出期限が迫っているようで、ここに籠り始める人が出て来てるみたい。タカちゃんは実際のミキサーだけじゃなくてパソコンの方も得意だったようで、集中力が物凄い。店長に爪の垢を煎じて飲ませたい。
 タカちゃんのいる2年生の3班も分業がしっかりとしている班だという印象がある。ゆかりんと鵠さんが企画、タカちゃんとあずみんが録音・編集担当って感じで。夜に弱い鵠さんはこの部屋の奥にある録音スタジオの方で寝てるけど、今はタカ・あずといった夜行性メンバーが主に働いている。

「って言うか弟はいつから休みなく作業しとるん? 異常じゃね?」
「タカちゃんの集中力は本当に凄いからねえ」
「さすが、先生が2年生のエースって言うだけあるわ」
「ほらパパ、パパもヘッドホンして」
「やだよー、耳痛くなるでさー。俺は弟とは違うんやよー、小田ちゃんだずげでえええ」

 ちなみに、タカちゃんが店長から“弟”と呼ばれているのは、アタシと弟みたいだからだって。バーベキューの時に“パパ”と“娘”になったけど、何かノリでまだその呼び方が続いてますよね。でもパパは体もおっきいし安心感はある。でも今は駄々っ子ですよねー。
 タカちゃんがバリバリやってくれているからか、2年生3班メンバーには余裕が見受けられますよね。それで駄々をこねてるのが3年生って、完全に学年が逆転してる。まあ、2時も過ぎてるし、休むなら休んでもいいけどスタジオ泊のタイムテーブルとしてはまだまだ序盤だからなあ。

「ふう」
「高木、出来た?」
「Bパートまでは出来たよ。後は深夜のテンションじゃない時に企画側の人に聞いてもらって微修正するような感じ」
「は~、さすがだわ」
「一応安曇野さんも今聞いてみてもらっていい?」
「わかった。ヘッドホン貸して」
「はい」

 そんな様子を見ながら、アタシと桃華は店長に無言の圧を。

「タカちゃん一段落?」
「はい。まだ編集するところは残ってますけど、今日のノルマは達成しました」
「ほら~、店長! アタシたちも作業しますよ!」
「って言うか弟さ、メガネしてずっとヘッドホンしとったら耳痛くならんの?」
「やってるときは感じませんね。終わると当たってたんだなっていうのはちょっと感じますけど」
「タカちゃんずっとやっててお腹空かない?」
「やってるときは感じませんね。終わるとちょっとお腹が空きました。あったかい物が食べたいです」

 作業が一段落したけれど、夜行性のタカちゃんはまだまだ元気だ。企画担当の人から言われればいつでも行けますよ、という感じ。今はあずみんのモニター待ちだから、ちょっとした休み時間なのかな。でもあったかい物が食べたくなるのはわかる。
 ゼミ室での作業はみんなでいるとは言えヘッドホンの中に閉じ籠るから孤独だし、そんな状況だからあったかい物が本当にほっとする。給湯室にポットや火、電子レンジもあるから食べられないこともないけど、それすら面倒になるんだよね。

「じゃあタカちゃんアタシの食糧から何か好きなのあげるし、レンチンして来たらいいよ」
「あっ、それじゃあこの肉まんをもらっていいですか」
「それ、表面に薄く水塗ってからラップで包んでチンね」
「はい」
「高木、それレンチンしたら1回いい?」
「はーい」

 そんな2年生の様子を見て3年生のお尻に火は付くか。とりあえずアタシも作業前には軽く腹ごしらえをしとかなくちゃ。

「さ、パパ! アタシたちもやりますよ!」
「はーい」


end.


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果林らの学年の子からすれば、タカちゃんはエリートのように見えるらしい。まあ、MBCCのミキサーやもんなあ。
店長は深夜のテンションもありありで駄々っ子と化した模様。小田ちゃん早く帰って来て!
って言うか鵠さんは寝てるのね! 確かに学祭の準備の話でも夜は苦手だって言ってましたね……

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