2018(03)

■その棺桶の名は社会

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「おーす朝霞」
「ああ、鳴尾浜。よう」

 部活の現役中はこうやって授業前に声をかけてもステージのことばっかりばっかり考えてて上の空だったけど、部活を引退してからの朝霞はお前誰だという感じだ。雰囲気からしてちょっと違うような気がする。
 さっそく隣の席に陣取って、他愛もないことを話す。だんだん寒くなって来たとか、布団から出るのがしんどいとか。朝霞は寒いのが嫌いなようで、もうこたつから出られないらしい。トレードマークのカーディガンは、結ぶのではなくきちんと羽織っている。

「鳴尾浜、お前就活のこととか考えてるか」
「いや、全然」
「だろうな。ド派手な金髪のままだし」
「うるせーお前も茶髪のクセに。金髪でも考えるときは考えんだよ。いや? 就活については全然考えてねーけど。つかお前真面目か、就活とか」
「山口が部活引退した瞬間モードに入ってんじゃんな。こないだ農学部のオープンファームに一緒に行ったんだけど、その時にも将来の展望とか計画? みたいなモンを聞いて、ヤバい俺何も考えてねーってちょっと焦ってんだ。ちなみに俺のこの髪は地毛だ」

 大学3年ともなれば、そろそろ就職についても考えていかなくてはならない。経団連がどーした、ルールがどうしたみたいな話は見たような見てないようなあやふやな感じだけど、まだ売り手市場は続くよな? とかそんなことも思っている。
 洋平には一度にいろんなことをやったり考えたりすることの出来る要領の良さがある。朝霞はとにかく要領が悪い。不器用と言うか何と言うか。だけど、1コのことを突き詰めさせたら群を抜く。今まではステージに向けていた熱を、就活に持ってくることが出来るか的な?

「つか洋平って何系?」
「将来的には自分の店を持つっつってるけど、まずは飲食業界に入って外の世界を見て来るっつってて」
「は~、なかなかしんどいトコに突っ込んでくな洋平は」
「楽な仕事なんかそうそうないだろ。それよりお前は何か考えてんのか」
「いや、だから全然。お前は?」
「俺もまだ全然。業界研究だの自己分析すらぜーんぜんだ」
「いや、お前は派遣マスターでいろいろ渡り歩いてんだから現場のイメージも付きやすいだろうがよ」
「でも、クリエイティブな仕事とかは全然してないし、行った現場の数なんてたかが知れてる。少なくとも、パーティー会場のウェイターはもうやりたくない」

 そうこう話していたらいつの間にか授業が始まっていた。それをうとうとしながら頑張って聞いている間に終わっていたらしい。ルーズリーフの上には何を書いたつもりなのかさっぱりわからないうじゃうじゃな線。就職以前に成績がヤバい。

「朝霞、昼一緒に食おうぜ。寿さし屋」
「ああ。それは全然いいけど」
「半熟玉子奢るんで今のノート貸して下さい…!」
「ったく、しょうがないな。そうだ鳴尾浜、お前3限空きか?」
「空き」
「せっかくだし就職課でも覗いてみるか」
「あー……そうだな、そろそろ社会という名の棺桶に片足突っ込まなきゃいけねーのな」
「放り出されるなら社会と宇宙、どっちがいい」
「宇宙」

 ラーメンの焼豚丼セット、それから朝霞の分の半熟玉子の金を払って席に着く。朝霞はラーメンに玉子トッピング。しかしまあ、部活がこうまでガチな“区切り”になるとはそこまで思っていなかったというのが本音としてはある。
 普通なら、班の先輩の姿を見たりしていずれは自分も、みたいな風に考えることもあったんだろうと思う。だけどうちの班の先輩と言えば水鈴さんで、あの人は早々にタレント一本で行くことに決めて就活らしい就活もしてないし卒論も書かない。
 朝霞の先輩と言えば越谷さんだ。噂によるとあの人は成績もいいし、何かいい会社に内定をもらっているらしい。だけど、ステージがある以上朝霞はそんなことに目を向ける奴ではない。お互い、一番近い先輩の話が何の参考にもならないから……ってのは言い訳だってわかってますよ、はい。

「そう言えば、鎌ヶ谷は何系に進むとかって聞いてるのか」
「あー、響人な。アイツはそのまま環境関係に進むんじゃねーの? 知らないけど」
「知らないのか」
「学部違えば会わなくなるじゃんな」
「それはわかる。俺も山口と会わなくなったし」
「え、つかお前洋平と会ってないのかよ。でもさっきオープン何とかに行ってきたとかって」
「部活を引退してからはマジでそれだけだ。ああ、そんな話してたら店に行きたくなってきたな」

 逆に、学部が同じだから部活を引退しても繋がりがある……と言うか引退したから朝霞から相手にしてもらえるようになった俺だ。どうせなら、顔を見なくなって久しいそれぞれの相棒ともわちゃわちゃしたい。

「よし! 朝霞、俺が洋平と遊びたいから企画するぞ! あと生存確認のために響人も呼んで」
「それはいいけど何をするつもりだ?」
「うーん、そうだな~……響人はスポーツとかは苦手だし……あっ、そうだ。釣りでもやるか!」
「釣りか、いいな。今の時期だと何が釣れるんだ」
「えっと、カレイとか?」
「でも、俺初心者だぞ」
「いや? 俺もイカ釣りしかしたことない初心者だから大丈夫だ。お前らと行くまでの間にちゃんとハマ坊にノウハウ聞いとくって」

 真面目にも考えなきゃいけないのはわかってるけど、やっぱりまだまだ有り余る時間は遊びに回したいワケで。働いたら負けとは思ってないけど、社会が棺桶に思えてしまうくらいには現実を直視出来ないっていうな。

「確認だけど、釣りって屋外だよな」
「屋内の釣りなんか聞いたことないぞ」
「防寒対策が必要だってことだな、わかった」


end.


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部活を引退して会わなくなる人がいる一方、引退したから喋る機会が増えたのはここ。朝霞Pとシゲトラ。
珍しい組み合わせで真面目な話をしているけれど、まだまだ遊びの方が本気になれるようで。
そういや朝霞Pって成績優秀でもないけど内職してない限り真面目に受けてるしシゲトラよりはマシなんでノートも貸してあげられるのね

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