2018(03)

■ネットワークを封鎖せよ!

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 とんでもないモンを見ちまったなと思う。いや、俺もバッチリ見られた側には違いなかったんだが、一瞬で「互いに見なかったことにしよう」という空気が漂い、目と目でそれを確認し合った。
 駅前の百貨店と併設しているショッピングビルの最上階はレストランフロアになっていて、今日はそこにある自然食ビュッフェに来ていた。俺は菜月と来ていたが、目の前には見慣れたポニーテールとツレがいる。
 俺と目で意志疎通を計ったのはそのツレの方だ。これは互いに都合の悪い現場というヤツで、ここで見たことを俺は誰にも言わない代わりにてめェも絶対に漏らしてくれるな、確認したのはそんな暗黙の了解だ。

「高崎、何か」
「……見なかったことにした」
「――っていうのは?」
「いや、女装デートするっつー話は聞いてたんだけど、まさかそれに遭遇するとは思わなかった」
「えっ!? それじゃああれって」
「見なかったことにしてやってくれ。特にお前は向島とかいう地雷原みたいなトコがホームなんだ」
「人の大学を地雷原とか失礼な表現をしやがって。……と思ったけど、強ち間違いでもないな。確かに危ない。誰とは言わないけど主に3人ほどが危ない」
「ここで見た物が外に漏れた瞬間、こっちの事も漏れてまた悲惨な目に遭うぞ」
「あの地獄はもう勘弁だ……」

 学祭の女装ミスコンで優勝したら女装デート。そんなような話を揚々とか鬱々とか、それぞれの表情で聞かされてはいたが、いや、真面目にそれに遭遇するとは思わなかったっつーな。そう、見慣れたポニーテールのツレはミスコンのミス、その人だ。
 女装デートとかいう字面だけでもそれなりのトピックにはなる。菜月が土産話をするだけでインターフェイスに激震が走るだろう。ただ、その話をした瞬間、そのさらに奥に奥にある事柄を引っこ抜いて突っついてくる麻里さんとかいう人に……想像するだけでもビビるぜ。
 ただでさえこないだとんでもない目に遭ってるし、ここは伊東の件ごと黙っておくのが得策だ。特に疚しいことがあるワケでもないが、何故か俺と菜月が一緒にいるというそれだけで根掘り葉掘り聞かれてめんどくせえことになる。俺も伊東も面倒事を回避したかったのだ。

「てか完成度高いな」
「曲がりなりにも緑大のミスだぞ」
「お前が準ミスターになったって話は聞いたけど、緑ヶ丘って女の子のミスコンはやらなかったのか?」
「あー、そう言われればなかったな」
「うちはとうとう噂の彼女さんを見ることが出来たワケだな。本当にポニーテールが似合う可愛い子じゃないか」
「アイツの中身は可愛いモンじゃねえけどな」
「お前とも高校の同級生だっけ?」
「ああ。悪友だな」

 おそらく、向こうでもこっちについての話がされている事だろう。ちょうどディナー時ということで生じている多少の待ち時間がもどかしい。店内に通してもらえれば互いが視界から外れるだろうし、なかったことに出来るんだろうが。

「あ、指輪してる。左手だ。ガチなヤツじゃないか」
「ああ、なんか誕生日にもらったとかで浮かれてたけど」
「あれってペアリングなのかな。圭斗がたまにしてる指輪は右の薬指だけど、2人とも左だとなんかそわそわする」
「え、アイツもしてんのか。ああ、してるわ。普段はしてねえはずだけどな。外デートのときだけしてるパターンのヤツか?」

 菜月に言われて初めて気付いたが、確かに伊東の左薬指にもシルバーの指輪がキラリと光る。まあ、ここはガチでいつ籍を入れてもおかしくないバカップルだし指輪が左でも何ら驚くことはないが、とうとうかと謎の感慨を覚える俺がいる。
 そういう順風満帆な恋愛とは無縁な俺だ。いや、だからと言って伊東を羨んでいるとかではないが、そういうのもアリかね、とは思う。現状俺の将来設計に結婚だの家庭だののことは1ミリたりとも入っていない。将来的にそういうことを考えるのだろうか。それすらも未知数だ。

「――で、どうしてこうなる」
「見事に隣の席だな」

 やっと席に通されたと思ったら、連中と隣の席だったよな。で、宮ちゃんはレディースプラン2つ頼んでるし。

「見なかったことにはしたがひとつツッコミ入れていいか。レディースプラン2つは詐欺だろ」
「それが通用するか試したかったんだよね」
「そうかよ。以上だ」

 聞きたいことは聞いたし、これで必要以上に絡むことをしない。レディースでイケちまう完成度なのもどうかと思うが、俺はMBCCの打ち上げの件でその恩恵を受けるだけ受けることになっているのだから文句は言えない。

「あ、そうだ高崎」
「何だ」
「でもやっぱりさ、こんなに面白いことを黙っとくなんて最終的には出来ないと思うんだよ。だからさ、大学では言わないけど美奈ならいい?」

 どうだろうなと考えていると、俺が答えるより先に隣から声が飛んでくるのだ。福井さんは本当に勘弁して、と。

「お前、美奈に何か弱みでも握られてたか」
「福井さん本人じゃなくてさ、ほら、何かリンちゃんと同ゼミみたいな話だし」
「石川とかいう性悪もいたなそういや」

 問題は美奈本人より石川にリン君とかいう性質の悪い連中だ。俺と伊東の間で密約が交わされたとしても、常に爆発の危険を孕んでいる事案であることには違いなかったようだ。

「菜月、喋るなとは言わねえが口止めはしといてやってくれ」
「大丈夫だろ、美奈は口が堅いし」


end.


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高崎と菜月さんのデートがいちえり女装デートの衝撃で吹っ飛ぶような感じのヤツ。決行されたらしいっす
王様の耳はロバの耳りたい菜月さん、危険度が向島の極悪三人衆より低いだろうと見た美奈でしたが周りが危険だったパターンのヤツ
雨宮先生が彼氏と女装デートした話でもしようものなら片桐神に漏れちまうもんなあ……せめてオフでは口止めしておこう

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