2018(03)
■2人の葬式
++++
「朝霞クン、目は大丈夫?」
「ああ、問題ない」
俺たちは、少しずつ解体されていく大学祭の舞台装置を眺めていた。大学祭が終われば3年は部活を引退する。インターフェイスの他の大学では秋学期が終わるまで活動を続けるのが主だそうだけど、星ヶ丘はこれですっぱり引退だ。
今はメインステージで後夜祭が行われている。ブースのテントやサブステージなどは解体に入っているものの、部としての解散は後夜祭の後だ。班の引継ぎは済ませたが、現状“待ち”の状態だった。
「でも酷いよね、レーザーポインターなんて。海外製の粗悪品だったってね。最悪失明もあったってメグちゃん言ってたよ」
「明日になって見え方に異常があれば医者に行ってくる」
「うん、そうして」
結論から言えば、ステージは無事に終えることが出来た。大人の事情による枠の増減が繰り返されたものの、俺と言うか俺たちにはそんなことどうにだってなるし、枠が増えるなら儲け物というスタンス。乞食上等だ。
ただ、宇部によって枠を剥奪された日高班の妨害がいくらかあった。朝霞班のステージの最中には、物陰から俺を狙ってレーザーポインターが照射されたりして。それは元を突き止めた宇部が止めてくれたそうだ。
部活を引退して、俺は朝霞班の班長でもプロデューサーでもなくなった。これからのことを考えなければならない時に来た。目先だとゼミのペア研究とか進路のことがだろうか。他には何かあっただろうか。緩やかな日常に慣れれば、そのうち思い出すだろう。
「山口、お前はこれからどうするんだ」
「そうだね、まずは髪を切って黒染めするよ」
「随分思い切るんだな」
「この髪型はステージスター仕様だからね。本当は短い方が好きなんだ、速く乾くし洗うの楽だし」
「人にどうこう言っておきながら、お前も十分ステージにいろいろ振ってたんじゃないか」
「俺は朝霞クンほどじゃないし。まあ、Pと向き合うときのステージスターなりの礼儀ってヤツ?」
山口とは3年間一緒にやってきたけれど、ステージ以外に何かがあったかと問われると答えに詰まる。とにもかくにも俺はステージの事ばかりやっていたから。一見プライベートな遊びに見えることでも、実際にはステージのためだったりした。
俺がプロデューサーである限り、山口もステージスターを貫いてくれていたのだろう。ただ、それが終われば俺は名もない何かになるし、山口はステージスターの象徴であった金メッシュのもさい髪を捨てる。
「山口、最後に言わせてくれ」
「うん、何?」
「今まで、本当にありがとう。お前は確かにステージスターだった。これからも元気でやってくれ」
3年間で今日が一番いいステージが出来たと思っている。あくまで俺の主観ではあるが。やり残したことは何もない。放送部プロデューサーとしての俺は死んだ。だからこそ最後に言っておかなければならないと思った。
「――ってちょっと待って!? 何でそんな今生の別れみたいなノリなの!?」
「誰が今生の別れだって言った」
「お別れみたいなノリじゃない、今までありがとうとかこれからも元気でとか」
「Pとしての俺は死んだしステージスター仕様の“側”を捨てるんだからお前も死んだと同じようなモンじゃねーか」
「ええ~……じゃあさ、Pでもない、ステージスターでもない俺と朝霞クンって何になるの?」
「さあ」
「さあじゃないよ! いろいろあるでしょ友達とか戦友とか!」
プロデューサーとアナウンサーとしては強固な信頼関係があったと思う。だけどそれはステージありきのことだと俺は思っている。プライベートでのコイツがどんな動きをしていて、とかは全然知らない。俺は山口のことを熟知していたけど、関係のほとんどを占めた部活がなくなってほぼ“謎”で占められるようになってしまったのだ。
「えっ、もしかしてジョブチェンジしたからこれまでの親密度もリセットされましたみたいなこと!?」
「PとMCとしてSまで行ってたのが、Cになったみたいな」
「無二の相棒が顔見知りクラスにまで下がってるじゃない…! そんな酷い話ある!? なんならレーザーポインターよりも酷い!」
「しょーがねーだろ俺はMCとしてのお前としか付き合ったことねーんだから! もっと言えば俺がステージ抜きの状態でお前を見るのが初めてなんだよふざけんなよ」
「あーはいはいそういうことを言いますか。俺は部活を引退したら友情みたいなものが残ってるといいなって思ってたのに、朝霞クンの中ではただの顔見知りにまでランク落ちちゃうんだ。はいはい、わかりましたよ」
「お前こそ何だそれ。不貞腐れてんじゃねーよ」
「不貞腐れたくもなるよ」
しばしの沈黙の後に、思う。ケンカめいたことを言い合うのも初めてなんじゃないか、と。これまでは基本俺の言うことに頷いてくれていたのが、そうではなくなっている。なるほど、これが新しい関係の第一歩か。
「山口」
「なに、顔見知りの朝霞クン」
「棘があるな。と言うか俺は別にお前との付き合いをやめるとは一言も言ってないぞ。頻度は下がるだろうけど」
「で? 何ていう名前の関係?」
「そんなものは、本当に終わるときに付いてるんじゃないか」
「……それってズルくない?」
「何にせよ、PとMCを終わらないと始められないだろ。葬式だ葬式。で、今日飲むのか飲まないのか」
「飲む」
「ならガタガタ言うな」
end.
++++
> ただの痴話喧嘩 <
ステージ終わり、部活引退直後の洋朝。レーザーポインターの件は去年以前を参照。
と言うかジョブチェンジで親密度が下がるとかどんなシステムや。ここから新しい洋朝の関係が始まって行くよ!
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「朝霞クン、目は大丈夫?」
「ああ、問題ない」
俺たちは、少しずつ解体されていく大学祭の舞台装置を眺めていた。大学祭が終われば3年は部活を引退する。インターフェイスの他の大学では秋学期が終わるまで活動を続けるのが主だそうだけど、星ヶ丘はこれですっぱり引退だ。
今はメインステージで後夜祭が行われている。ブースのテントやサブステージなどは解体に入っているものの、部としての解散は後夜祭の後だ。班の引継ぎは済ませたが、現状“待ち”の状態だった。
「でも酷いよね、レーザーポインターなんて。海外製の粗悪品だったってね。最悪失明もあったってメグちゃん言ってたよ」
「明日になって見え方に異常があれば医者に行ってくる」
「うん、そうして」
結論から言えば、ステージは無事に終えることが出来た。大人の事情による枠の増減が繰り返されたものの、俺と言うか俺たちにはそんなことどうにだってなるし、枠が増えるなら儲け物というスタンス。乞食上等だ。
ただ、宇部によって枠を剥奪された日高班の妨害がいくらかあった。朝霞班のステージの最中には、物陰から俺を狙ってレーザーポインターが照射されたりして。それは元を突き止めた宇部が止めてくれたそうだ。
部活を引退して、俺は朝霞班の班長でもプロデューサーでもなくなった。これからのことを考えなければならない時に来た。目先だとゼミのペア研究とか進路のことがだろうか。他には何かあっただろうか。緩やかな日常に慣れれば、そのうち思い出すだろう。
「山口、お前はこれからどうするんだ」
「そうだね、まずは髪を切って黒染めするよ」
「随分思い切るんだな」
「この髪型はステージスター仕様だからね。本当は短い方が好きなんだ、速く乾くし洗うの楽だし」
「人にどうこう言っておきながら、お前も十分ステージにいろいろ振ってたんじゃないか」
「俺は朝霞クンほどじゃないし。まあ、Pと向き合うときのステージスターなりの礼儀ってヤツ?」
山口とは3年間一緒にやってきたけれど、ステージ以外に何かがあったかと問われると答えに詰まる。とにもかくにも俺はステージの事ばかりやっていたから。一見プライベートな遊びに見えることでも、実際にはステージのためだったりした。
俺がプロデューサーである限り、山口もステージスターを貫いてくれていたのだろう。ただ、それが終われば俺は名もない何かになるし、山口はステージスターの象徴であった金メッシュのもさい髪を捨てる。
「山口、最後に言わせてくれ」
「うん、何?」
「今まで、本当にありがとう。お前は確かにステージスターだった。これからも元気でやってくれ」
3年間で今日が一番いいステージが出来たと思っている。あくまで俺の主観ではあるが。やり残したことは何もない。放送部プロデューサーとしての俺は死んだ。だからこそ最後に言っておかなければならないと思った。
「――ってちょっと待って!? 何でそんな今生の別れみたいなノリなの!?」
「誰が今生の別れだって言った」
「お別れみたいなノリじゃない、今までありがとうとかこれからも元気でとか」
「Pとしての俺は死んだしステージスター仕様の“側”を捨てるんだからお前も死んだと同じようなモンじゃねーか」
「ええ~……じゃあさ、Pでもない、ステージスターでもない俺と朝霞クンって何になるの?」
「さあ」
「さあじゃないよ! いろいろあるでしょ友達とか戦友とか!」
プロデューサーとアナウンサーとしては強固な信頼関係があったと思う。だけどそれはステージありきのことだと俺は思っている。プライベートでのコイツがどんな動きをしていて、とかは全然知らない。俺は山口のことを熟知していたけど、関係のほとんどを占めた部活がなくなってほぼ“謎”で占められるようになってしまったのだ。
「えっ、もしかしてジョブチェンジしたからこれまでの親密度もリセットされましたみたいなこと!?」
「PとMCとしてSまで行ってたのが、Cになったみたいな」
「無二の相棒が顔見知りクラスにまで下がってるじゃない…! そんな酷い話ある!? なんならレーザーポインターよりも酷い!」
「しょーがねーだろ俺はMCとしてのお前としか付き合ったことねーんだから! もっと言えば俺がステージ抜きの状態でお前を見るのが初めてなんだよふざけんなよ」
「あーはいはいそういうことを言いますか。俺は部活を引退したら友情みたいなものが残ってるといいなって思ってたのに、朝霞クンの中ではただの顔見知りにまでランク落ちちゃうんだ。はいはい、わかりましたよ」
「お前こそ何だそれ。不貞腐れてんじゃねーよ」
「不貞腐れたくもなるよ」
しばしの沈黙の後に、思う。ケンカめいたことを言い合うのも初めてなんじゃないか、と。これまでは基本俺の言うことに頷いてくれていたのが、そうではなくなっている。なるほど、これが新しい関係の第一歩か。
「山口」
「なに、顔見知りの朝霞クン」
「棘があるな。と言うか俺は別にお前との付き合いをやめるとは一言も言ってないぞ。頻度は下がるだろうけど」
「で? 何ていう名前の関係?」
「そんなものは、本当に終わるときに付いてるんじゃないか」
「……それってズルくない?」
「何にせよ、PとMCを終わらないと始められないだろ。葬式だ葬式。で、今日飲むのか飲まないのか」
「飲む」
「ならガタガタ言うな」
end.
++++
> ただの痴話喧嘩 <
ステージ終わり、部活引退直後の洋朝。レーザーポインターの件は去年以前を参照。
と言うかジョブチェンジで親密度が下がるとかどんなシステムや。ここから新しい洋朝の関係が始まって行くよ!
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