2018(03)
■ただひとりだけの
++++
「お風呂上がりのビールとは」
「お前さっき散々「まだビールの美味しさはわかんないな」とか言っときながら」
「飲んでみたいです~」
「で、また「よくわかんないな」とか言って俺に投げんだろ、知ってんだぞ」
菜月と飯を食う約束をして至る今。飲むのに部屋に戻れば学祭の準備に奔走する宮ちゃんに目撃されたり唐揚げを差し入れられたり。菜月とは互いの近況や学祭のこと、その他下らない事を話しながら至る今。日付が変わるか変わらないかくらいの時間帯だ。
ムギワンもすっかり静かになったし、帰って来た時には明るかった大学構内もいつしか暗く静まり返っていた。まあ、大学祭実行委員はサークル棟の中に籠って作業をしているだろうが。
シャワーには寒いからという理由で風呂に湯を張り、交代で入浴を済ませる。自分の部屋で湯を張るなんざ、ひょっとしたらこの部屋に住み始めてから始めてかもしれねえ。髪も乾かして、部屋着に着替えて、菜月はメガネをかけて。やることは晩酌だ。
「ところで菜月、明日は何時ごろに帰るつもりだ」
「んー、火曜は2限からだから、えーと」
「俺も火曜は2限あるから、往復のことも考えたら早めになるぞ」
「ん。お願いします」
時計にチラリと目をやれば、23時47分。
「まだ一応誕生日か」
「……知ってたか」
「うん。好きじゃないって知ってるから、触れてはなかったけど……やっぱり」
誕生日というヤツが好きじゃねえ。昔からこの日は双子の兄が特別で、俺は双子のダメな方なのだと思い知らされる日だった。高校に上がってからは必ずしもそうではなかったが、それでもガキの頃から好きじゃない物を今更いい風にも思えない。
特別好きじゃないのは自分の誕生日だけで、他の奴のそれには特に何も思わない。盛大に祝うなら祝えばいいし、MBCCの場合は無制限飲みなんて行事を開いて派手にやる。でも自分のそれに関してはあまり触れられたくなかったし、人にいつだと教えることも特になかった。
「お前が誕生日を好きじゃない理由も前に聞いてた。だから敢えて触れる」
「知ってて触れるか」
「うちはお前の双子の兄貴を知らない。だからその存在がお前におめでとうを言わない理由にはならない。だって、お前はお前しかいないじゃないか。バカなんじゃないのか」
「バカはお前だ。つか、酔ってるだろ」
「少し。慣れないものをたくさん飲んだからかな」
「普段なら言えもしねえことをペラペラと。聞いてるこっちが恥ずかしくてしょうがねえ」
「この場合恥ずかしいのはうちじゃないか! バカなんじゃないのか」
「あーはいはい、ありがとな」
ぷんすかという感じのライトな怒りで振り下ろす拳を上腕で受ける。菜月は楽しくなってきたのか、ポコ、ポコと一定のリズムで俺を殴り続けるものだから、それを俺はどうしろと。いくら緩くとは言え、一方的に殴られ続ける趣味はない。
ポコポコと振り下ろされ続ける拳を左手で受け、そのまま空いた右腕で体ごと引き寄せる。胡坐で座る俺の上に向かい合わせになるよう座らせれば、互いに無言のまま、ジッと相手の目を見て。すると、菜月の顔が左の方に切れていく。
菜月の鼻先が、俺の目元にある縫い傷をなぞる。俺が俺であるという印。アイツにはない、俺だけの傷だ。そして菜月の手が、俺の耳に触れる。ピアスのある方だ。それに応えるように、俺もアイツの耳に触れた。風呂に入る時に外したイヤリングの痕なのか、耳たぶが少しへこんでいる。
「耳……ダメ。くすぐったい」
「てめェが先に触ったんじゃねえか」
「うちが触るのはいいんだ」
「ガキかよ」
耳に触るのはやめて、また体勢を取り直す。菜月を上に座らせたまま、その顔を見て。
「今思ったけど、顔近いと恥ずかしいな」
「なら電気消すか。つか今更じゃねえか、7月なんてゼロ距離だったぞ」
「あの時は裸眼だったし」
「じゃあ、今もメガネ外したらいいだろ」
「メガネ外したら、眠くなるじゃないですか」
「――とは聞くな」
「……もうちょっとこうしてたい、です」
「はーっ……お前、今日が誰の誕生日だかわかんねえワガママっぷりだな」
「もう日付変わったからセーフ」
「そうかよ。なら朝早いし寝る支度するぞ」
ベッドの支度をして、電気を消す。菜月は止めても俺の聖域に上がって来やがるから、その辺のことはもう諦めて2人で寝る仕様のベッドメイキングだ。メガネを外して横になった菜月は、その言葉通り既に眠いのか、うつらうつらしている。
「で、もうちょっと何をしたかったって?」
「いちゃいちゃ…?」
「どこのバカップルみてえなこと言ってやがんだ」
「んー……」
菜月は眠さと酔いで自分が何を言っているのか半分わかっていないだろう。聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことをポンポンと投げてきやがる。腕枕がデフォルトの時点で今更ではあるが、少し間を取って鼻先を菜月のそれに重ねる。
「ん、きた」
「……やれって言われてやる方が恥ずかしいんだぞ、この野郎」
「じゃあ、お返し…?」
「おっ。……下手くそ」
「……ウルサイ」
「冗談だ」
end.
++++
まあ、唐揚げ食べるくらいの時間はきゃっきゃしてても夜が更けて来ればこうなるのが高菜年の2人である。
あとこっちが高崎の誕生日回。本人があんまり触れられたくないのでMBCCでも行事の開催はなし。
しかしやってることが十分バカップルなんだよなあ……これで付き合ってないのがこの2人なんだけれども
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「お風呂上がりのビールとは」
「お前さっき散々「まだビールの美味しさはわかんないな」とか言っときながら」
「飲んでみたいです~」
「で、また「よくわかんないな」とか言って俺に投げんだろ、知ってんだぞ」
菜月と飯を食う約束をして至る今。飲むのに部屋に戻れば学祭の準備に奔走する宮ちゃんに目撃されたり唐揚げを差し入れられたり。菜月とは互いの近況や学祭のこと、その他下らない事を話しながら至る今。日付が変わるか変わらないかくらいの時間帯だ。
ムギワンもすっかり静かになったし、帰って来た時には明るかった大学構内もいつしか暗く静まり返っていた。まあ、大学祭実行委員はサークル棟の中に籠って作業をしているだろうが。
シャワーには寒いからという理由で風呂に湯を張り、交代で入浴を済ませる。自分の部屋で湯を張るなんざ、ひょっとしたらこの部屋に住み始めてから始めてかもしれねえ。髪も乾かして、部屋着に着替えて、菜月はメガネをかけて。やることは晩酌だ。
「ところで菜月、明日は何時ごろに帰るつもりだ」
「んー、火曜は2限からだから、えーと」
「俺も火曜は2限あるから、往復のことも考えたら早めになるぞ」
「ん。お願いします」
時計にチラリと目をやれば、23時47分。
「まだ一応誕生日か」
「……知ってたか」
「うん。好きじゃないって知ってるから、触れてはなかったけど……やっぱり」
誕生日というヤツが好きじゃねえ。昔からこの日は双子の兄が特別で、俺は双子のダメな方なのだと思い知らされる日だった。高校に上がってからは必ずしもそうではなかったが、それでもガキの頃から好きじゃない物を今更いい風にも思えない。
特別好きじゃないのは自分の誕生日だけで、他の奴のそれには特に何も思わない。盛大に祝うなら祝えばいいし、MBCCの場合は無制限飲みなんて行事を開いて派手にやる。でも自分のそれに関してはあまり触れられたくなかったし、人にいつだと教えることも特になかった。
「お前が誕生日を好きじゃない理由も前に聞いてた。だから敢えて触れる」
「知ってて触れるか」
「うちはお前の双子の兄貴を知らない。だからその存在がお前におめでとうを言わない理由にはならない。だって、お前はお前しかいないじゃないか。バカなんじゃないのか」
「バカはお前だ。つか、酔ってるだろ」
「少し。慣れないものをたくさん飲んだからかな」
「普段なら言えもしねえことをペラペラと。聞いてるこっちが恥ずかしくてしょうがねえ」
「この場合恥ずかしいのはうちじゃないか! バカなんじゃないのか」
「あーはいはい、ありがとな」
ぷんすかという感じのライトな怒りで振り下ろす拳を上腕で受ける。菜月は楽しくなってきたのか、ポコ、ポコと一定のリズムで俺を殴り続けるものだから、それを俺はどうしろと。いくら緩くとは言え、一方的に殴られ続ける趣味はない。
ポコポコと振り下ろされ続ける拳を左手で受け、そのまま空いた右腕で体ごと引き寄せる。胡坐で座る俺の上に向かい合わせになるよう座らせれば、互いに無言のまま、ジッと相手の目を見て。すると、菜月の顔が左の方に切れていく。
菜月の鼻先が、俺の目元にある縫い傷をなぞる。俺が俺であるという印。アイツにはない、俺だけの傷だ。そして菜月の手が、俺の耳に触れる。ピアスのある方だ。それに応えるように、俺もアイツの耳に触れた。風呂に入る時に外したイヤリングの痕なのか、耳たぶが少しへこんでいる。
「耳……ダメ。くすぐったい」
「てめェが先に触ったんじゃねえか」
「うちが触るのはいいんだ」
「ガキかよ」
耳に触るのはやめて、また体勢を取り直す。菜月を上に座らせたまま、その顔を見て。
「今思ったけど、顔近いと恥ずかしいな」
「なら電気消すか。つか今更じゃねえか、7月なんてゼロ距離だったぞ」
「あの時は裸眼だったし」
「じゃあ、今もメガネ外したらいいだろ」
「メガネ外したら、眠くなるじゃないですか」
「――とは聞くな」
「……もうちょっとこうしてたい、です」
「はーっ……お前、今日が誰の誕生日だかわかんねえワガママっぷりだな」
「もう日付変わったからセーフ」
「そうかよ。なら朝早いし寝る支度するぞ」
ベッドの支度をして、電気を消す。菜月は止めても俺の聖域に上がって来やがるから、その辺のことはもう諦めて2人で寝る仕様のベッドメイキングだ。メガネを外して横になった菜月は、その言葉通り既に眠いのか、うつらうつらしている。
「で、もうちょっと何をしたかったって?」
「いちゃいちゃ…?」
「どこのバカップルみてえなこと言ってやがんだ」
「んー……」
菜月は眠さと酔いで自分が何を言っているのか半分わかっていないだろう。聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことをポンポンと投げてきやがる。腕枕がデフォルトの時点で今更ではあるが、少し間を取って鼻先を菜月のそれに重ねる。
「ん、きた」
「……やれって言われてやる方が恥ずかしいんだぞ、この野郎」
「じゃあ、お返し…?」
「おっ。……下手くそ」
「……ウルサイ」
「冗談だ」
end.
++++
まあ、唐揚げ食べるくらいの時間はきゃっきゃしてても夜が更けて来ればこうなるのが高菜年の2人である。
あとこっちが高崎の誕生日回。本人があんまり触れられたくないのでMBCCでも行事の開催はなし。
しかしやってることが十分バカップルなんだよなあ……これで付き合ってないのがこの2人なんだけれども
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