2018(03)
■99.9％
＋＋＋＋
軽く２回ノックをして、重厚な扉を押し開く。失礼しますと一礼すれば、中からはどうぞと返って来る。
いつ来てもこの文化会役員室という部屋の雰囲気には慣れない。絨毯の床に皮張りのソファや観葉植物が置かれていて、本当にどこかの会社の応接間のよう。この建物自体は殺風景なのに、扉の向こうはまるで別世界のように思えた。
文化会役員の中でも、さらに限られた役職の者しかこの部屋に席を持つことは出来ないそうだ。監査席で書類仕事中だった萩さんは、私の顔を見ると応接用のソファに移動した。
「急にどうした」
「はい、ご報告を差し上げようと参りました」
「報告？」
「結論から申し上げますと、日高班のステージの枠を剥奪しました」
「……続けてくれ」
「その理由につきましては、まずは現時点で台本の提出がないこと。それから、日高班による過去の台本の盗用。これが第１点。ちなみに、この事実については書類を管理している戸棚の合鍵を作って盗みを働こうとしていた日高班ディレクターからその場で聞きました。夏の台本もそのようにして書かれた物です」
夏の丸の池ステージでは、全体練習にも出て来なかった日高班。いざ蓋を開けてみれば、そのステージは過去の台本を切り張りして書かれていた盗作。盗みを許したのは私の落ち度もある。だから今回は自費で鍵を増設して備えていた。
ある日、怪しい動きを見せた日高班ディレクター・所沢怜央を追っていくと、案の定戸棚を漁っているところで。それを捕まえると、部長に言われて盗みを繰り返していたとあっさり供述した。日高は救いのない屑だと再確認したところで。
「夏の盗用に関しては俺も話には聞いている。朝霞の……厳密には川口班の台本が使われていたとは。盗用の件が１点目で、他には」
「はい、部費の横領です。制作費として割り振られる予算に差異が。須賀班・魚里班・朝霞班に対して実際に渡された額は、帳面に記載された額よりかなり少なくなっていました。その上、その３班に属する部員に対する部費の追加徴収が行われていました」
「その金はどこへ行った」
「日高班の私的な飲み会の費用になったようです。SNSのキャプチャー画面があります。これが証拠になるのではないかと。これが２点目」
私が淡々と日高班のステージの枠を剥奪した理由を並べていくのを、萩さんは表情一つ変えることなく見ていた。きっと、文化会側でも放送部の暗部と言うか、日高の悪行をある程度は掴んでいるのだろう。
それでなくても放送部とその部長である日高は文化会からマークされている。度重なる呼び出しにも応じなければ、より文化会側からの目も厳しくなるというのがわからないまま好き勝手なことを繰り返しているのだから。
「次に、班員の素行です。こちらをご覧ください」
「……見るに耐えないが、これは」
「高萩麗が開設しているSNSの裏アカウントです。投稿後30分程度で削除されるので今は残っていませんが、日夜自撮りした猥褻な写真や動画を上げ続けています。これは私が保存した物ですが、顔もしっかり写っているので本人で間違いありません。高萩麗は猥褻画像目的のフォロワーと電子マネーのコードをDMなどでやり取りし、利益を得ているようです」
「高萩のその手の行動については去年から噂には聞いていた」
「――と、言いますと」
「美人局で部での立場を確立させた、と。先代部長の元に滑り込んだのも……ということだ。シチュエーションプレイという体で非合意で行われている風な性交の動画を撮影し、その動画をネタに脅す、と。話に聞いただけだったから半信半疑ではいたが、これは黒だな」
台本や班員の素行などが積み重なり、私は我慢ならなくなって日高班のステージの枠を剥奪した。こんな連中が立つ枠なんかあってたまるかとも思う。今では日高班の面々がミーティングルームに現れることもなくなり、すっかり音沙汰がなくなった。
「それで、浮いた日高班の枠はどうした」
「やれる班で分配しました。それでなくても先の処罰で枠が削れていたのでその補填にも。各班には枠の増減で振り回したことをお詫びして回って」
「……朝霞班はどうしている」
「朝霞班はいつもと何ら変わりありません。強いて言えば枠が増えたことで朝霞がノリにノっているくらいで。何か」
「それならいいのだが、日高の事だから朝霞班への妨害にシフトしていそうでな」
「その可能性のことも考えています。ネット上や部室周辺は日々見回って」
「何はともあれ、よく報告してくれた。以上の件も踏まえて文化会としての放送部への処分はまた検討して通達することにする」
「萩さん、お時間いただきありがとうございました。それでは、私はこれで失礼します」
この静かで重厚な役員室から出れば、コンクリート打ちのビルに反響した声で溢れかえる。この騒がしさが耳から来てとてもイライラするけれど、私にはやるべき事がある。志はまだ半ばなのだから。
end.
＋＋＋＋
放送部新旧監査の話です。最近ではすっかり忘れそうになるのですが、宇部Ｐには野望があったんですね
放送部自体もマークされているのですが、マークされる原因を作っているのは主に日高班ですね。日高班は相当黒い模様。
と言うか、放送部で立場を良くしたところでその後の人生に何か影響はあるのだろうか……
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軽く２回ノックをして、重厚な扉を押し開く。失礼しますと一礼すれば、中からはどうぞと返って来る。
いつ来てもこの文化会役員室という部屋の雰囲気には慣れない。絨毯の床に皮張りのソファや観葉植物が置かれていて、本当にどこかの会社の応接間のよう。この建物自体は殺風景なのに、扉の向こうはまるで別世界のように思えた。
文化会役員の中でも、さらに限られた役職の者しかこの部屋に席を持つことは出来ないそうだ。監査席で書類仕事中だった萩さんは、私の顔を見ると応接用のソファに移動した。
「急にどうした」
「はい、ご報告を差し上げようと参りました」
「報告？」
「結論から申し上げますと、日高班のステージの枠を剥奪しました」
「……続けてくれ」
「その理由につきましては、まずは現時点で台本の提出がないこと。それから、日高班による過去の台本の盗用。これが第１点。ちなみに、この事実については書類を管理している戸棚の合鍵を作って盗みを働こうとしていた日高班ディレクターからその場で聞きました。夏の台本もそのようにして書かれた物です」
夏の丸の池ステージでは、全体練習にも出て来なかった日高班。いざ蓋を開けてみれば、そのステージは過去の台本を切り張りして書かれていた盗作。盗みを許したのは私の落ち度もある。だから今回は自費で鍵を増設して備えていた。
ある日、怪しい動きを見せた日高班ディレクター・所沢怜央を追っていくと、案の定戸棚を漁っているところで。それを捕まえると、部長に言われて盗みを繰り返していたとあっさり供述した。日高は救いのない屑だと再確認したところで。
「夏の盗用に関しては俺も話には聞いている。朝霞の……厳密には川口班の台本が使われていたとは。盗用の件が１点目で、他には」
「はい、部費の横領です。制作費として割り振られる予算に差異が。須賀班・魚里班・朝霞班に対して実際に渡された額は、帳面に記載された額よりかなり少なくなっていました。その上、その３班に属する部員に対する部費の追加徴収が行われていました」
「その金はどこへ行った」
「日高班の私的な飲み会の費用になったようです。SNSのキャプチャー画面があります。これが証拠になるのではないかと。これが２点目」
私が淡々と日高班のステージの枠を剥奪した理由を並べていくのを、萩さんは表情一つ変えることなく見ていた。きっと、文化会側でも放送部の暗部と言うか、日高の悪行をある程度は掴んでいるのだろう。
それでなくても放送部とその部長である日高は文化会からマークされている。度重なる呼び出しにも応じなければ、より文化会側からの目も厳しくなるというのがわからないまま好き勝手なことを繰り返しているのだから。
「次に、班員の素行です。こちらをご覧ください」
「……見るに耐えないが、これは」
「高萩麗が開設しているSNSの裏アカウントです。投稿後30分程度で削除されるので今は残っていませんが、日夜自撮りした猥褻な写真や動画を上げ続けています。これは私が保存した物ですが、顔もしっかり写っているので本人で間違いありません。高萩麗は猥褻画像目的のフォロワーと電子マネーのコードをDMなどでやり取りし、利益を得ているようです」
「高萩のその手の行動については去年から噂には聞いていた」
「――と、言いますと」
「美人局で部での立場を確立させた、と。先代部長の元に滑り込んだのも……ということだ。シチュエーションプレイという体で非合意で行われている風な性交の動画を撮影し、その動画をネタに脅す、と。話に聞いただけだったから半信半疑ではいたが、これは黒だな」
台本や班員の素行などが積み重なり、私は我慢ならなくなって日高班のステージの枠を剥奪した。こんな連中が立つ枠なんかあってたまるかとも思う。今では日高班の面々がミーティングルームに現れることもなくなり、すっかり音沙汰がなくなった。
「それで、浮いた日高班の枠はどうした」
「やれる班で分配しました。それでなくても先の処罰で枠が削れていたのでその補填にも。各班には枠の増減で振り回したことをお詫びして回って」
「……朝霞班はどうしている」
「朝霞班はいつもと何ら変わりありません。強いて言えば枠が増えたことで朝霞がノリにノっているくらいで。何か」
「それならいいのだが、日高の事だから朝霞班への妨害にシフトしていそうでな」
「その可能性のことも考えています。ネット上や部室周辺は日々見回って」
「何はともあれ、よく報告してくれた。以上の件も踏まえて文化会としての放送部への処分はまた検討して通達することにする」
「萩さん、お時間いただきありがとうございました。それでは、私はこれで失礼します」
この静かで重厚な役員室から出れば、コンクリート打ちのビルに反響した声で溢れかえる。この騒がしさが耳から来てとてもイライラするけれど、私にはやるべき事がある。志はまだ半ばなのだから。
end.
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放送部新旧監査の話です。最近ではすっかり忘れそうになるのですが、宇部Ｐには野望があったんですね
放送部自体もマークされているのですが、マークされる原因を作っているのは主に日高班ですね。日高班は相当黒い模様。
と言うか、放送部で立場を良くしたところでその後の人生に何か影響はあるのだろうか……
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