2018

■1人より一緒に

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「おはよーござーっす!」
「……おはよ」
「――ってヒロさん!? 大丈夫っすか顔色悪いっすよ!」

 消え入るような声で返された挨拶に、慌てて机に突っ伏すその人に駆け寄る。顔には血の気がないし、ぶっちゃけサークルになんか来てる場合じゃないんじゃないかって。尋常じゃなさがマジパねえ!
 ここは青浪敬愛大学。その放送サークルAKBCの部屋。カメラやレフ板、それからマイクなんかの機材や、撮って来た素材を編集する用にパソコンが置いてある。そう、AKBCは映像制作を活動の主体に置いているサークルなのだ、マジパねえ!
 で、このAKBCを束ねているのが今は机に突っ伏して具合が悪そうにしているヒロさんこと長野宏樹さん。3年生で、パートはアナウンサー。だけど今は自分が喋ると言うよりは作品の企画の方をメインにやってるような感じ。

「あんま、よくはないよね」
「じゃあ帰った方がいいっすよ!」
「逆に考えてよハマちゃん、家だったら1人じゃない。何かあったとする。誰にも気付いてもらえないじゃない」
「呼んでくれたらすぐアパートまで行きますって!」

 俺、浜田真司は2年生のアナウンサー。去年AKBCに入ってからヒロさんの後ろに雛鳥みたいにしてついて歩いて現在に至る。去年のヒロさんを知っているから、ここ最近のヒロさんの体調が異様なことくらいわかる。
 ヒロさんは呪いの民俗学なんて専攻にしてるしパッと見は根暗で陰湿な笑みを浮かべてるように見える。だけど実際は陽気でノリがいいおちゃめな人だ。呪いの民俗学という強烈な単語に引っ張られた印象になってるのかもしれない。
 だけど今は陽気でノリがいいとかそんな状態じゃなくなってる。ヒデさんだって心配して病院に行くように勧めてくれてるし、ツルさんともいつもはケンカしてるけど、それどころじゃないみたいで「呪うよ」とドスの効いた声と恨めしい目で見上げておしまい。逆に怖さマジパねえ。

「ヒロ、お茶買って来たよ」
「そこ置いといて」
「あ、ヒデさんおざっす」
「おはようハマちゃん」

 ヒロさんの前にペットボトルのあったかいお茶をトン、と置いたのがヒデさんこと松江英雄さん。体がすげー大きくて、例えるなら自販機みたいな? 俺は結構良くしてもらってて、急に飛び付いてもそのままおんぶしてくれるし優しい人だなって思う。

「こんにちはー!」
「です」
「あっ、いけない。今日だっけ」
「どーしたんすかヒデさん」
「見学希望の子だよね。えっと、好きな所に座ってもらって」
「お邪魔します」
「ます」

 急に慌ただしくなってきた。やってきたのは同じ顔、同じ背丈をした同じ服の女子2人。双子コーデとかじゃなくて見るからに一卵性双生児だ。実際に服も色違いだし、髪留めの色が違うから慣れればどっちがどっちかわかるかな、っつー感じ。

「えっと、それじゃあお名前から」
「諏訪かんなです」
「あやめです」
「えっと、2人は双子なのかな」
「そうです」
「です」
「私が姉で、あやめが妹です」
「です」
「学部はどこになるかな」
「メディア造形の映像メディアです」
「です」
「あ、2人とも同じ学科なんだね」

 淡々と双子に対する聞き取りが進んでいるけど、ヒロさんはそれを聞いているのかいないのか、相変わらず机に突っ伏してしんどそうにしている。さすがに双子たちもそれが気になるのか、ヒデさんからの質問に受け答えしつつも時折シンクロした動きでチラリとヒロさんに目をやっているのだ。
 そりゃあ気になるだろう、サークル見学に来たらいきなり顔色の悪い人が机に突っ伏してしんどそうにしているんだから。もしこの双子たちのところにいるのが俺だったらヒデさんの質問が耳に入って来ないし、この人大丈夫なんすかくらいのことは聞いていると思う。

「ちなみに、1人暮らしってアルバイトとかは」
「結婚式で使う映像を作る会社で始めました」
「ました」
「あ、とことん映像と貫くような感じなんだね。えーと、うちのサークルでは個人の制作もやるけど、人の企画をチームで形にするってこともやってます。それで、今はちょっとしんどいみたいだけど、このヒロが絵コンテとかを描いてくれるような感じで――」
「どう見ても死んでます」
「ます」
「ヒロ、1年生の子にも言われてるよ。そろそろ病院行きなよ」
「教科書買ったらお金無くなった」

 まあ、ニッチな本ほど高いっすから……ってそういう問題でもないっすよね。何はともあれ、双子たちはAKBCに入ることを決めてくれているようで、どんなことをやってるのかっていう具体的な作品を見せたりする段階へ。ヒロさんは相変わらず机に伏せている。時折、きゃっきゃとはしゃぐ双子に「うるさい」と睨みを利かせながら。

「……ヒデさんヒデさん」
「うん、どうしたのハマちゃん」
「ヒロさんのこと、無理やりにでも病院に連れてった方がいいっすよ」
「うん、そうは思うんだけど、本人の意思がさ」


end.


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久々に諏訪姉妹のステレオが見られた…! 昨年度はほとんど別行動してたもんなあ。今年度はどうなる諏訪姉妹。
さて、長野っちが死んでます。長野っちがダウンしてしまうとサークルの仕事はもじゃに託されることになるのね、よーくわかった
これから青敬にもいろんな動きが出て来ると思うけど、その時ハマちゃんはどういう行動を見せるのか!

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