2018(03)
■between freedom and chaos
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菜月さんがイライラしているのは明らかだった。紙の上にはシャーペンの芯が折れた跡が山積している。菜月さんの横で指示を出すのは三井。三井の言うことを一言一句漏らさず書かなければならないという拷問を受ける中で、ストレスが溜まっているのだろう。
事の発端は、僕が持ち帰ってきた1枚のディスクだった。インターフェイスでは作品出典と称して各大学の制作した作品を持ち寄りモニターするという活動がある。先月の定例会では星ヶ丘の作品が提出されていた。今月の定例会を直前にして、そのモニターをしなければならないことを思い出したのだ。
「自分のキャパ以上の脚本な上にそれを演じる方もついていけていない」
「自分の、キャ……あっ」
シャーペンの芯が折れれば、菜月さんは舌打ちとともにカチカチとヘッドをノックして、文を書き続ける。モニターという事柄において基本三井の言うことは的を得ていない。だからモニター用紙に書く必要すらないというのが僕と菜月さんの総意だ。だけど、要らないと判断したことがバレてしまったのだ。
と言うか、三井がこれまで菜月さんに書くよう口頭で伝え続けた内容を素直に伝えれば間違いなく外交問題になる。だけど省くと三井がうるさい。やれその姿勢がインターフェイスの腐敗に繋がり~だのと。外交問題にしないために僕が定例会で直接朝霞君に謝ることにして、今はMMPの平和を優先した。
モニター用紙には能力以上の事をして爆死してるだの見栄っ張りだの、無駄が多い上に技術が拙いなどなどと、本当に言いたい放題な内容が記されていた。三井の演説が余りに長い所為でそれを書き写す菜月さんの文字が米粒に写経をしているようにも見える。0.3ミリの芯だからこそ書ける文字だね。
「あー、また芯が折れた」
「菜月、筆圧強すぎるんじゃない? 芯の硬さH以上にしたら?」
「すでに2Hだ」
「えっ、2Hをこんなに折る!? 菜月怪力だね!」
あ、また芯が折れた。菜月さんをこれ以上刺激しないでくれるかい、タダでさえ既に臨界点に達しようとしているのに。ほらほらほら、お前にこのシャーペンを突き刺してやろうかってオーラがバリバリ出てるじゃないか。
「って言うか、本当に僕の言ったこと書いてくれてる? 字を小さくして誤魔化してるんじゃないの?」
「疑うなら読め」
「こんなに小さい字、読めないよ」
「ルーペでも持ってこい。購買に売ってるだろ」
「えー。このためだけに買うの?」
「普段からロクでもない物ばかり買ってるじゃないか。と言うかお前の長い演説を紙の中に納めるためにこのフォントサイズになってるだぞ。文句を言うなら書かすな。そもそも文句があるなら朝霞にメールなり何なりで個人的に言えばいいじゃないか。何でうちが三井の虚栄心のためにこんなことをしないといけないんだ、報酬も出ないのにバカバカしい」
「菜月さん、心中お察しします」
とうとう菜月さんもぼとぼとと文句をこぼし始めた。まあでもMMPは三井以外全員菜月さんサイドだし、菜月さんのこぼす愚痴に対しては「そうだよね、三井がおかしいんだよ」と納得して受け入れている。
だけど、そんな菜月さんの愚痴も三井の演説も興味なしと言わんばかりに自分の世界に閉じこもっている男がいた。ミキサー席でヘッドホンを装着した野坂とかいう男だ。野坂はさっきからずーっとヘッドホンをして何か作業をしているのだ。
「野坂、お前はさっきから何をやってるんだ。……はい、無視。りっちゃん、野坂をつついてくれないかい?」
「野坂、圭斗先輩がお呼びですゼ」
「ふあっ!? いかが致しましたか圭斗先輩!」
「お前はさっきから何をやってるんだい?」
「はい! ドラマの中の山口先輩イケボ集をコピー&ディバイドで制作していました! 俺の俺による俺のための耳の保養ディスクに保存をしてですね、聞きたいときに聞けるようにしていました」
野坂は野坂で安定だし。というか耳の保養ディスクとは。そんなものを作っていたのか。そして野坂はドラマで言うところのどのセリフがどうよかったのかを熱弁し始めるのだ。三井ほど面倒ではないにしても、熱量がお前誰だ状態で。
「ここのセリフですよ、ヘッドホンで聴くと右と左で声が違うんです! 左は明るく快活な、よく知る山口先輩の感じなんですが、右がとにかく色気の塊なんです! 左右の声をそれぞれ抽出したバージョンを作って計3トラックを作りまして、さっきからここばっかりリピってるんですけど本当に最高でして」
「菜月さん、一応言っとくけど書かなくていいからね」
「心配するな。ペンすら持ってない」
「さ、三井と野坂の言いたいことは聞いたし、他のメンバーでまともなモニター用紙になるような感想を頼むよ」
それでなくても毎度毎度向島のモニター用紙は他の大学さんと比べてノリがおかしいと言われるんだ。だけど、毎度毎度外交問題にしないように必死だというのはお察しいただきたいところでして。
end.
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向島のモニター編。こないだ作ってた星ヶ丘のラジドラですね。だけどもモニター用紙がカオスになるからには現場もそれなりにアレ。
菜月さんは授業での板書はボールペンで行っているのでシャーペンで物を書くということが少なめ。
ノサカがノサカしていて非常に楽しい。何だよ俺の俺による俺のための耳の保養ディスクって。絶対圭斗さんのお声も収録されてるな、間違いない。
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菜月さんがイライラしているのは明らかだった。紙の上にはシャーペンの芯が折れた跡が山積している。菜月さんの横で指示を出すのは三井。三井の言うことを一言一句漏らさず書かなければならないという拷問を受ける中で、ストレスが溜まっているのだろう。
事の発端は、僕が持ち帰ってきた1枚のディスクだった。インターフェイスでは作品出典と称して各大学の制作した作品を持ち寄りモニターするという活動がある。先月の定例会では星ヶ丘の作品が提出されていた。今月の定例会を直前にして、そのモニターをしなければならないことを思い出したのだ。
「自分のキャパ以上の脚本な上にそれを演じる方もついていけていない」
「自分の、キャ……あっ」
シャーペンの芯が折れれば、菜月さんは舌打ちとともにカチカチとヘッドをノックして、文を書き続ける。モニターという事柄において基本三井の言うことは的を得ていない。だからモニター用紙に書く必要すらないというのが僕と菜月さんの総意だ。だけど、要らないと判断したことがバレてしまったのだ。
と言うか、三井がこれまで菜月さんに書くよう口頭で伝え続けた内容を素直に伝えれば間違いなく外交問題になる。だけど省くと三井がうるさい。やれその姿勢がインターフェイスの腐敗に繋がり~だのと。外交問題にしないために僕が定例会で直接朝霞君に謝ることにして、今はMMPの平和を優先した。
モニター用紙には能力以上の事をして爆死してるだの見栄っ張りだの、無駄が多い上に技術が拙いなどなどと、本当に言いたい放題な内容が記されていた。三井の演説が余りに長い所為でそれを書き写す菜月さんの文字が米粒に写経をしているようにも見える。0.3ミリの芯だからこそ書ける文字だね。
「あー、また芯が折れた」
「菜月、筆圧強すぎるんじゃない? 芯の硬さH以上にしたら?」
「すでに2Hだ」
「えっ、2Hをこんなに折る!? 菜月怪力だね!」
あ、また芯が折れた。菜月さんをこれ以上刺激しないでくれるかい、タダでさえ既に臨界点に達しようとしているのに。ほらほらほら、お前にこのシャーペンを突き刺してやろうかってオーラがバリバリ出てるじゃないか。
「って言うか、本当に僕の言ったこと書いてくれてる? 字を小さくして誤魔化してるんじゃないの?」
「疑うなら読め」
「こんなに小さい字、読めないよ」
「ルーペでも持ってこい。購買に売ってるだろ」
「えー。このためだけに買うの?」
「普段からロクでもない物ばかり買ってるじゃないか。と言うかお前の長い演説を紙の中に納めるためにこのフォントサイズになってるだぞ。文句を言うなら書かすな。そもそも文句があるなら朝霞にメールなり何なりで個人的に言えばいいじゃないか。何でうちが三井の虚栄心のためにこんなことをしないといけないんだ、報酬も出ないのにバカバカしい」
「菜月さん、心中お察しします」
とうとう菜月さんもぼとぼとと文句をこぼし始めた。まあでもMMPは三井以外全員菜月さんサイドだし、菜月さんのこぼす愚痴に対しては「そうだよね、三井がおかしいんだよ」と納得して受け入れている。
だけど、そんな菜月さんの愚痴も三井の演説も興味なしと言わんばかりに自分の世界に閉じこもっている男がいた。ミキサー席でヘッドホンを装着した野坂とかいう男だ。野坂はさっきからずーっとヘッドホンをして何か作業をしているのだ。
「野坂、お前はさっきから何をやってるんだ。……はい、無視。りっちゃん、野坂をつついてくれないかい?」
「野坂、圭斗先輩がお呼びですゼ」
「ふあっ!? いかが致しましたか圭斗先輩!」
「お前はさっきから何をやってるんだい?」
「はい! ドラマの中の山口先輩イケボ集をコピー&ディバイドで制作していました! 俺の俺による俺のための耳の保養ディスクに保存をしてですね、聞きたいときに聞けるようにしていました」
野坂は野坂で安定だし。というか耳の保養ディスクとは。そんなものを作っていたのか。そして野坂はドラマで言うところのどのセリフがどうよかったのかを熱弁し始めるのだ。三井ほど面倒ではないにしても、熱量がお前誰だ状態で。
「ここのセリフですよ、ヘッドホンで聴くと右と左で声が違うんです! 左は明るく快活な、よく知る山口先輩の感じなんですが、右がとにかく色気の塊なんです! 左右の声をそれぞれ抽出したバージョンを作って計3トラックを作りまして、さっきからここばっかりリピってるんですけど本当に最高でして」
「菜月さん、一応言っとくけど書かなくていいからね」
「心配するな。ペンすら持ってない」
「さ、三井と野坂の言いたいことは聞いたし、他のメンバーでまともなモニター用紙になるような感想を頼むよ」
それでなくても毎度毎度向島のモニター用紙は他の大学さんと比べてノリがおかしいと言われるんだ。だけど、毎度毎度外交問題にしないように必死だというのはお察しいただきたいところでして。
end.
++++
向島のモニター編。こないだ作ってた星ヶ丘のラジドラですね。だけどもモニター用紙がカオスになるからには現場もそれなりにアレ。
菜月さんは授業での板書はボールペンで行っているのでシャーペンで物を書くということが少なめ。
ノサカがノサカしていて非常に楽しい。何だよ俺の俺による俺のための耳の保養ディスクって。絶対圭斗さんのお声も収録されてるな、間違いない。
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