2018(03)
■知った空気の安心感
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毎週火曜日は緑大遠征の日。今日をめがけてこっちに来ている高校の後輩、モッチーに連絡をしていた。授業が終わったらちょっと会おうよとかそんなような感じで。モッチーは美術部に入ったそうだ。高校の時も、暇さえあれば何か作ってたことを思い出す。
高崎をナビ役に、緑大のサークル棟だという大きな建物に連れてきてもらった。コンクリート打ちっ放しで、吹き抜けからは光が燦々と降り注いでいる。吹き抜けを境に右手が運動系、左手が文化系という風に棲み分けがされているらしい。確かに向こうの方では自転車を担いで歩く人がいる。
「じゃ、俺はここまでだ。美術部は隣だから、後は好きにしろ」
「どうも」
高崎が入っていった隣、206号室が美術部の部屋らしい。ドアは開いているから、そーっと覗いてみる。中はフローリング張りで、イーゼルが立っていたりよくわからない立体作品が蠢いていたりする。ポコポコという音の方には、金魚……と言うには大きすぎる魚の泳ぐ水槽。
「あっ、宏樹先輩。もう来ていたんですね」
「やあモッチー。って言うか来たのがモッチーでよかった。そうじゃないと完全に不審者だったよ」
「あの、今は学祭に向けて皆さん制作中で、足の踏み場も怪しいような感じですが良ければどうぞ」
「おじゃましまーす」
小さなソファに腰掛け、辺りをきょろきょろと見渡す。隣からは少々の音漏れがあるらしい。
「モッチーが元気そうで何より」
「宏樹先輩、そう言えば言ってなかったと思うんですが、僕、名字が変わって望月じゃなくなったんです」
「あ、そうなの。ナニ実苑になったの」
「望月実苑改め浦和実苑になりました」
「ああそう。でもモッチーはモッチーだから別にいいよね」
「はい。大丈夫です。ところで、何か飲みますか?」
「それって、コーヒーバリスタだよね」
「はい」
「ごめん、コーヒーはちょっと控えてるんだ」
「前は好きでしたよね」
「言ってなかったけど、俺、消化器やらかして入院したんだよね。で、食事療法やっててカフェインはちょっと控えてるんだ」
「そうだったんですか。じゃあコーヒーは淹れない方がいいですね」
と言うか、金魚がいたりバリスタがあったり自由な部室だなと思う。当たり前のように冷蔵庫まであるけど。モッチーが言うにはこのフローリング張りも勝手に部室を改造してあるのだと言うから、本当に好き放題だ。そんな部室にお邪魔しつつ、近況報告に花が咲く。
モッチーは羽椛先生のゼミに希望届を出そうとしているとか、俺が羽椛先生の授業を受けにわざわざ青敬から単位交換制度を使って来てるとか。そういう話をしていると、お互い変わらないなあと思う。なんか実家に帰ったみたいな安心感がある。
「ところでモッチーは学祭で作品制作の他に何かやるの?」
「現状特にないですね。作品を作って、持ち回りで展示場の番をするという感じになると思います。僕はもうメインの作品がほぼ完成しているので余裕もありますし。宏樹先輩は」
「俺はね、ゼミで占いの館をやるんだよ」
「占いですか。それは暗黒占星術などですか?」
「ううん、本とかネットの引用だね。雰囲気だけそれっぽくして、俺の話術でいくら取れるかみたいなこと。真っ暗な部屋の中でローブを着て、水晶をかざすだけで雰囲気はちょっと出るでしょ」
その水晶の下から黒子が操作するタブレットを覗いて参考にしながら喋るっていう、イカサマ占い。それで値段は100円から500円までの変動性。いかに占い師役の俺が相手のメンタルにリンクして揺さぶるか、みたいな話術が求められている。
「でも宏樹先輩は人と話すのが得意ですもんね。適任だと思います」
「そうでしょ。ところでモッチーにお願いがあるんだけどさ」
「何ですか?」
「占いの館っぽい小道具を作ってくれないかな。報酬はちゃんと出すし」
「占いの館っぽい小道具と言うと、燭台などですか?」
「そうだね、そんな感じ。あとはモッチーのイメージに任せた方がいいのが出来そうだから任せていい? ちなみに俺の衣装の画像と使う教室の見取り図送っとくね」
モッチーに必要な資料を送って、しばらくお待ちくださいとオーダーを受注した旨の返事をもらう。うちの学祭は再来週末だから、その火曜日までが納期になる。俺の話術を盛るための装飾だからね。しっかりお願いしておかなくちゃ。
「そう言えば、青浪敬愛大学と緑大の学祭は開催日が違うんですね」
「そうだね、1週違い」
「1週間もあれば僕も何かもうひとつくらいは作れますね」
「さすがモッチー、アグレッシブ」
占い師ルックに雰囲気があるかどうかは1回隣で試させてもらうことにしよう。あ、でも高崎相手に脅かしたところで耐性と言うか閾値が低いからなあ。まあいいか。自信を付けるという意味でも1回高崎であーそぼっと。
end.
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ちなみに、前対策委員では高崎を残る男子3人がイジり倒すという構図が出来上がっていました。高崎はみんなのオモチャである……
長野っちが緑大でやることと言えばやっぱりミソノとのあれこれ。基本的に美術部の部室できゃっきゃとやってるような感じ。
て言うか美術部の部室がさらに自由になってるなあ。バリスタまで出てきたか。芸術系の人は変人揃いだからという体にしよう
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毎週火曜日は緑大遠征の日。今日をめがけてこっちに来ている高校の後輩、モッチーに連絡をしていた。授業が終わったらちょっと会おうよとかそんなような感じで。モッチーは美術部に入ったそうだ。高校の時も、暇さえあれば何か作ってたことを思い出す。
高崎をナビ役に、緑大のサークル棟だという大きな建物に連れてきてもらった。コンクリート打ちっ放しで、吹き抜けからは光が燦々と降り注いでいる。吹き抜けを境に右手が運動系、左手が文化系という風に棲み分けがされているらしい。確かに向こうの方では自転車を担いで歩く人がいる。
「じゃ、俺はここまでだ。美術部は隣だから、後は好きにしろ」
「どうも」
高崎が入っていった隣、206号室が美術部の部屋らしい。ドアは開いているから、そーっと覗いてみる。中はフローリング張りで、イーゼルが立っていたりよくわからない立体作品が蠢いていたりする。ポコポコという音の方には、金魚……と言うには大きすぎる魚の泳ぐ水槽。
「あっ、宏樹先輩。もう来ていたんですね」
「やあモッチー。って言うか来たのがモッチーでよかった。そうじゃないと完全に不審者だったよ」
「あの、今は学祭に向けて皆さん制作中で、足の踏み場も怪しいような感じですが良ければどうぞ」
「おじゃましまーす」
小さなソファに腰掛け、辺りをきょろきょろと見渡す。隣からは少々の音漏れがあるらしい。
「モッチーが元気そうで何より」
「宏樹先輩、そう言えば言ってなかったと思うんですが、僕、名字が変わって望月じゃなくなったんです」
「あ、そうなの。ナニ実苑になったの」
「望月実苑改め浦和実苑になりました」
「ああそう。でもモッチーはモッチーだから別にいいよね」
「はい。大丈夫です。ところで、何か飲みますか?」
「それって、コーヒーバリスタだよね」
「はい」
「ごめん、コーヒーはちょっと控えてるんだ」
「前は好きでしたよね」
「言ってなかったけど、俺、消化器やらかして入院したんだよね。で、食事療法やっててカフェインはちょっと控えてるんだ」
「そうだったんですか。じゃあコーヒーは淹れない方がいいですね」
と言うか、金魚がいたりバリスタがあったり自由な部室だなと思う。当たり前のように冷蔵庫まであるけど。モッチーが言うにはこのフローリング張りも勝手に部室を改造してあるのだと言うから、本当に好き放題だ。そんな部室にお邪魔しつつ、近況報告に花が咲く。
モッチーは羽椛先生のゼミに希望届を出そうとしているとか、俺が羽椛先生の授業を受けにわざわざ青敬から単位交換制度を使って来てるとか。そういう話をしていると、お互い変わらないなあと思う。なんか実家に帰ったみたいな安心感がある。
「ところでモッチーは学祭で作品制作の他に何かやるの?」
「現状特にないですね。作品を作って、持ち回りで展示場の番をするという感じになると思います。僕はもうメインの作品がほぼ完成しているので余裕もありますし。宏樹先輩は」
「俺はね、ゼミで占いの館をやるんだよ」
「占いですか。それは暗黒占星術などですか?」
「ううん、本とかネットの引用だね。雰囲気だけそれっぽくして、俺の話術でいくら取れるかみたいなこと。真っ暗な部屋の中でローブを着て、水晶をかざすだけで雰囲気はちょっと出るでしょ」
その水晶の下から黒子が操作するタブレットを覗いて参考にしながら喋るっていう、イカサマ占い。それで値段は100円から500円までの変動性。いかに占い師役の俺が相手のメンタルにリンクして揺さぶるか、みたいな話術が求められている。
「でも宏樹先輩は人と話すのが得意ですもんね。適任だと思います」
「そうでしょ。ところでモッチーにお願いがあるんだけどさ」
「何ですか?」
「占いの館っぽい小道具を作ってくれないかな。報酬はちゃんと出すし」
「占いの館っぽい小道具と言うと、燭台などですか?」
「そうだね、そんな感じ。あとはモッチーのイメージに任せた方がいいのが出来そうだから任せていい? ちなみに俺の衣装の画像と使う教室の見取り図送っとくね」
モッチーに必要な資料を送って、しばらくお待ちくださいとオーダーを受注した旨の返事をもらう。うちの学祭は再来週末だから、その火曜日までが納期になる。俺の話術を盛るための装飾だからね。しっかりお願いしておかなくちゃ。
「そう言えば、青浪敬愛大学と緑大の学祭は開催日が違うんですね」
「そうだね、1週違い」
「1週間もあれば僕も何かもうひとつくらいは作れますね」
「さすがモッチー、アグレッシブ」
占い師ルックに雰囲気があるかどうかは1回隣で試させてもらうことにしよう。あ、でも高崎相手に脅かしたところで耐性と言うか閾値が低いからなあ。まあいいか。自信を付けるという意味でも1回高崎であーそぼっと。
end.
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ちなみに、前対策委員では高崎を残る男子3人がイジり倒すという構図が出来上がっていました。高崎はみんなのオモチャである……
長野っちが緑大でやることと言えばやっぱりミソノとのあれこれ。基本的に美術部の部室できゃっきゃとやってるような感じ。
て言うか美術部の部室がさらに自由になってるなあ。バリスタまで出てきたか。芸術系の人は変人揃いだからという体にしよう
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