2018(03)

■SO HOT!

++++

 MMPサークル室のまったりした空気を、稲妻の如き叫び声が引き裂いた。何だ、どうしたんだと俺たちが視線をやった先には、もんどりうつこーたとそれを見て面白がる三井先輩。机の上には、齧った跡のあるまんじゅうらしき物体。

「ひっ、水っ、お茶っ」
「さすがこーた、外さないなあ。リアクション芸人としてもやっていけるね」

 慌てて水筒のお茶を飲んでいる様子から推測するに、あのまんじゅうに何か仕込まれていたんだろうな。俺や律たちはこーたの様子を見ているけど、菜月先輩と圭斗先輩は叫び声にチラリと目だけやってまた作業に戻られている。

「三井先輩、そこに座って下さい」
「えー」
「いいから座る!」
「えっ、何が始まるの」
「誰が椅子に座りなさいと言いました。床ですよ、床!」
「何で床に!?」
「当然正座ですよ! 早くなさい!」

 迫真のこーたに三井先輩は渋々言われるがまま、床に正座をした。これにはさすがに何が始まるんだと菜月先輩と圭斗先輩も少し様子を窺っているし、俺や律らのガヤはいつでも茶化せるようにスタンバっている。

「三井先輩、このおまんじゅうを何と言って私に寄こしました?」
「こーたの誕生日の前祝いだね」
「ですよね? なのに何故甘いあんこの美味しいおまんじゅうではなく、激辛まんじゅうだったのかを説明してください」
「面白いと思ったんだよ。ほら、こーたってイジられてナンボじゃない。僕がもっと面白くしてあげようと思って」
「ところで野坂さん」
「ん?」
「辛さを感じるのは味覚ではありませんでしたね」
「ああ、痛覚だな。カプサイシン受容体」
「私は辛い物が苦手だと知りながら激辛まんじゅうを祝いの名のもとによこすという極悪非道なことをしでかしたと。この憤りは筆舌に尽くし難いですよ」

 なるほど。机の上にあるこのまんじゅうが激辛で、騙されたこーたがキレてる、と。たまーにあるんだよなあ、三井先輩のこのテの悪乗りって。
 三井先輩のノリの何がアレって、誰も得しないし三井先輩以外誰も楽しくないところだ。MMPの伝統としてムライズムなる悪乗りがあるけれど、あれは全力でのおふざけをみんなで楽しむのがベースにある。
 こーたの説教はまだまだ続いている。よほど怒り心頭なのだろう。正座をさせられた三井先輩が少しでも足を崩そうとすると、姿勢を正すようピシャリとお叱りが飛ぶ。

「辛みは痛覚への刺激。すなわち激辛まんじゅうは私に対する暴力であり、拷問であり、虐待であると言えます。三井先輩によって肉体的、精神的苦痛を被っているんですよ私は」
「あの、こーた、そんな大層なこと?」
「大層なことです。三井先輩のやっていることは自己満足以外の何物でもないですよ。それを押し付けられた側のことなど何ひとつ考えてなく、少しでも疑問を呈せば自らの行動を正当化して相手を責め立てるでしょう。自分は良かれと思った? ノリがわからないなんてまだまだだね? 過剰に反応するこちらが間違っている? 冗談じゃありませんよ。大体、私は面白くしてくれだなんて何ひとつ頼んでなく――」

 つーかこーたマジパねえ((c)真司)。
 かつて三井先輩の口を封じた上でこれだけ言いたいことを真正面から言えた人がいただろうか。いや、菜月先輩がそうだったと思うけど、三井先輩の動きと口を止めるってのはなかなか出来ないぞ。

「やァー、野坂」
「どうした律」
「こーたのド正論、対策委員的には5~6月にぶつけて欲しかったスね」
「それな。ま、聞く耳はないだろうけど」

 相変わらずこーたの説教は続いているし、三井先輩は正座のまま縮こまっている。反省しているかどうかはわからないけれど、粛々とこーたの話を聞く様を見て菜月先輩と圭斗先輩も溜め息混じりに笑っていらっしゃる。
 俺もこーたからはよくガミガミと怒られるけど、それでもこんなに長いことはない。よほどこの件が許し難かったのか、あるいは俺が「あなたってそういう人ですよね」と諦められているのか。
 横槍を入れられるようにスタンバっていたガヤ隊だけど、あまりに説教がガチ過ぎて茶化すどころじゃなかった。難なら横槍を入れれば火の粉が飛んできかねない。俺も律も気付けば真面目に学祭のことを考える振りをしていた。

「――ということを踏まえて、何か私に言うことはありませんか」
「大変申し訳ありませんでした」
「はい。まんじゅうは三井先輩が責任を取って処理しておいてください。以上です」
「……はー、長かったぁー」
「何が長かったんです!?」
「何でもないです!」

 ようやく三井先輩への説教が終わり、張りつめていたサークル室の空気も一気に緩む。再びゆるりと漂い始めた空気の中、菜月先輩が件のまんじゅうに興味を示されている。

「カンザキ、そんなに辛かったのか?」
「地獄のようでしたよ。まあ、菜月先輩は辛さに強いですし辛さの欠片も感じないかもしれませんが」
「ちなみにカラシワサビ系の辛さは水で流すのが有効だけど、唐辛子系の辛さはコーティングの方がいい。ヨーグルトとか牛乳を飲むんだ」
「さすが菜月先輩、今日から使える豆知識をありがとうございます」
「ったく。三井はこんなのどこで調達してくるんだ。そんな暇があったら準備のひとつでも手伝ってくれればいいのに」


end.


++++

神崎が三井サンに説教をしているだけの話がやりたかったので、それだけの話をやりました。
神崎はMMP唯一の常識人という体だけど、2年生4人でぎゃあぎゃあ言い合っているときなんかはツッコミで忙しいんだろうなあ
ノサカはそらあれよ。「まあ、あなたってそういう人ですよね」で諦められてますとも

.
14/100ページ