2018(03)

■地球の裏側で七輪を焚く

公式学年+1年

++++

「鵠さん」
「ん?」
「鵠さんの部屋って確か七輪なかったっけ」
「……あるけど、どうかしたか」

 10月某日午前2時過ぎ。佐藤ゼミでもやれ大学祭だなんだと曜日や時間を問わず精力的に活動をしていた。日中よりも爛々とした目をしてブースの看板に色を塗る高木が、突然何を言い出したかと言えば、七輪だ?
 ちなみに、うちの七輪は元々GREENsの誰かが所有していた物だ。伊東サンの誕生会でネギパーティーをしたときに初めて持ち込まれた。俺の住むコムギハイツⅠが大学から徒歩5分という事情でイベント会場にされたりたまり場になったりした結果、部屋がGREENsの用具倉庫になりつつあった。

「サンマを焼きたいんだよね」
「お前、学食で食うので満足してなかったのか」
「学食のサンマ定食も美味しいけど、やっぱりサンマと言えば七輪みたいなところがあるじゃない。七輪で、炭で焼くと美味しくなるって言うじゃん。1回やってみたいんだよね。俺の部屋には七輪なんてないし、あったとしても七輪なんて使える環境じゃないから」

 高木の部屋は星港市郊外にあるマンションだ。郊外と言っても街の中。しかも10階建てのすげーマンションだ。そんなところで七輪でサンマ。確かにやれそうにない。それに対してムギワンは山の中だ。やりたい放題だろう。
 ただ、2時過ぎにもなるとさすがに脳の働きが低下するのか、俺の頭には高木の言っていることが全然入ってこない。サンマを食いたい、くらいのことはわかるけど。睡魔や倦怠感と戦いながら俺も筆を動かしているけど、約束したことを覚えていられる気もしないじゃんな。
 一方、夜型の高木は常に眠そうにしている授業中とは打って変わって生き生きとしているのだ。口数も多いしテンションも高そうだ。いや、ただ単にサンマに熱くなってるだけかもしれない。でも、元々細かい作業が得意だというのもあって絵筆の動かし方も精密じゃんな。

「鵠さんの部屋でサンマ焼こう。それで一緒に食べようよ。でも出来れば鵠さんに焼いてもらった方が確実じゃないかなーと。あ、ご飯も欲しいね」
「んー…? つか、自分で焼けよ。……くぁ」
「眠そうだねえ」
「俺は朝型じゃん…? つか、徹夜で作業とかよりも、5時起きで作業するとかのが得意じゃんな……」
「えっ、俺5時起きとか絶対無理。あー、そしたらあれだね。俺が夜に作業して、入れ替わりで鵠さんが朝作業するとかだと手が途切れないし効率も良かったかもね」
「インドのITじゃん…?」

 作業があるのは俺たちだけじゃない。2年から4年までがみんな大学祭に向けて動いていて、スタジオの中や防音室の中には毛布にくるまってダウンしている連中がゴロゴロ転がっていて。俺はまだ頑張ってる方なんだ。異常なのは高木だ。いや、コイツは授業中に寝てるから元気が有り余ってるのに違いない。
 うとうとして絵筆がとんでもないところにはみ出てもいけない。夜の間にそんなことになっていたら看板リーダーの安曇野がキレるだろう。俺は睡魔との戦いを諦めて絵筆を置いた。その間にも高木は俺に話を振りながら、物凄い勢いと精密さで手を動かしていた。

「つか高木」
「何?」
「マジでサンマ焼くつもりなら、買ってきてすぐじゃないと出来ないじゃんな。うちの冷蔵庫、GREENsの肉やら何やらに浸食されてるから」
「えっ、もう? 学祭までまだあるけど」
「何回か練習するじゃんな。試食を繰り返して唐揚げを完成させてく。GREENsはイベント好きだから無駄に練習回数も多いんだよな。だから冷蔵庫の中がすでに肉まみれじゃん? サンマを置いとくスペースがない」
「なるほど……大学から近いからだね」
「それな」

 七輪でサンマを焼くと一言で言っても用意しなければならないものはまだある。炭も確か残り少なかったし、アイツはすだちが何とかと言っていたけどうちにすだちなんてオシャレな物はない。しょうゆやポン酢くらいなら何とか。
 大体、俺たちは昼夜問わず学祭の準備に走り回っている。ゼミだけじゃなくて、互いにサークルのこともある。俺はバイトもあるし。スケジュールを合わせるだけで一苦労だ。まあ、焼きそばソースの件にしても高木は言ったら聞かないところがあるし、多少無理にでもやるんだろうけど。

「つかもう無理じゃん…? 高木、俺はもうダメだ。マジで眠い」
「うん、鵠さん無理そうなら寝ていいよ。俺はまだやってるし」
「6時に起きるし、アラームかけるけどそこまで起きてたら起こしてくれ」
「6時くらいなら起きてられるよ。起こせばいいんだね。あ、そしたら俺は鵠さんを起こして寝ることにするよ。2限の前に起こして」
「……お前、起こしても起きないじゃんな」
「多少荒っぽくしてもらっても大丈夫だから」

 作業は高木に託して、俺は仮眠を取ることにした。眠いのに無理にやってても効率が悪いしクオリティが下がる。ジャージを羽織ってしばしの休息。そして俺は6時に起きたとき、看板の進捗とそのクオリティに度肝を抜くことになるんだけど、それはまた別の話。


end.


++++

昼も夜もない作業だと、夜型のTKGと朝型の鵠さんでそれぞれの時間に片方ぐだってそうだなと思いました。
本題は七輪でのサンマっていう話だったんだけど、鵠さんがおねむだったのでTKGがテンション高らかにワガママ放題なだけになった
ヒゲゼミ2年生の看板リーダーはやっぱりあずみんに回ってくるようですね。あれっ、でもあずみんそしたらこれでリーダー2回目じゃ……

.
13/100ページ