2018(03)

■昔掘ってた落とし穴

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「ちょっ、マジで言ってる!?」
「逆に聞くが、俺がそんな冗談を言うように見えるか」
「ですよねー……」

 なんてこった。高ピーから大事な話があるって言うから聞いてみたら、大学祭の女装ミスコンに俺名義でエントリーしてあるって!? いやいやいやちょっと待てよ、いくら何でもそれはちょっとおかしくないかおい、と思いつつも話し合いは冷静に。

「優勝賞品が某有名オーディオメーカーのカタログから好きな物を1点だ」
「で、機材代を浮かそうと」
「まあそんなトコだな。誰がただお前を女装させたいがためだけにそんなことをするか」
「俺を女装させたい奴はいるからなあ身内に」
「……まあ、その顔に心当たりがないことはないが、俺はあくまでMBCCのためにお前を売った」
「いや、俺を売ったって真正面から言われても」
「じゃあ聞くぞ。俺が女装するのとお前が女装するの、どっちが確率が高い」
「まあ、俺でしょうね!」
「よーくわかってるじゃねえか」

 高ピーと俺を女装という観点で比較するのは反則だよなー。まず、体格が違い過ぎる。高ピーは体つきも筋肉質でしっかりしてるし顔だってめっちゃ男前だ。何かこう、黙ってても男前オーラがふわ~ってビシバシ出てんのがわかるんだよな。
 それに対して俺はどうだ。169センチ51キロは女子の中に放り込んでもいないことはない数字だ。顔つきがそんな感じなのか、昔から女に間違えられてたし。だからせめて髪を短くして男アピールしてんだけど。

「で、100歩譲って女装するとして、俺が自分で何でもしなきゃいけないの? 中途半端なクオリティだったら賞品獲って来れないっしょ?」
「心配は要らねえ。プロデューサーを雇ってある。おう、入ってきていいぞ」
「はーい」

 してやられたよな。はーいと声がして、まあその時点でその声には覚えがあったワケだけど、声の主の姿を確認した瞬間だよ。俺が本当に売られたのは機材獲得のためとか云々じゃなくて、慧梨夏に売られたんじゃないかという気すらしてくる。

「慧梨夏お前……高ピーとグルだったのか」
「グルだね」
「そういや最近やたら美肌メニューにハマってたみたいだけど、それも」
「カズのためだよね。何にせよ! うちがプロデュースする以上、カズを高崎クンの求める以上のクオリティにしてお渡しします!」
「頼んだぜ。大事なことだから何回でも言うが、俺がお前を売ったのはMBCCのためだ」
「うーん」
「うちがこの話に乗ったのは私利私欲のためです」
「だろうな!」

 ウソを吐かないこの2人がいっそ清々しいぜ! 確かに高ピーの周りじゃ慧梨夏が一番このテのことに強いんだよな。と言うか慧梨夏に協力を持ちかけるのも多分めっちゃチョロかっただろうし。俺を女装させられるとか断る理由がないもんな。
 しかしまあ体のいい人身売買じゃねーか。まあ、何かもう逃げ道は用意されてなさそうなんでやるしかなさそうなんですけど! うーん、女装か。女の子の服着るだけじゃ多分許してもらえないんだろうなあ。

「ところでカズ、逃げ道を完全に塞ぐとっておきのネタがあるんだけど、見たい?」
「見たくないです」
「そう、じゃあ見せてあげるね! じゃーん! これを見て」
「また懐かしい物が出て来たな。えっ、これっていつのケータイだっけ」
「高校1年生です」

 じゃーんと慧梨夏が取り出してきたのは、5年前に使っていたケータイだ。スマホじゃなくて、いわゆるガラケー。どうやらそれを実家から掘り起こしてきたらしく、バッチリ充電されたそれをポチポチと操作している。

「まずは高崎クンに。これなんだけど」
「……うわっ。あー、高1当時のお前、なかなかイキってたな」
「えっちょっと待って何が残ってんだそこに!」
「カズはうちにこんなメールを送って来てたんですよ」

 目の前に突きつけられたのは、高1当時の俺が慧梨夏に送ったメールの文面だ。これだけを見ると前後がわからないけど、俺が「一度女の子になってちやほやされてみたいなー。俺ならイイ線行くと思うんだけど」と送った事実は残っている。
 証拠としてこれを突きつけられてしまえば、女装してこれ以上なくちやほやされようなどと慧梨夏が助長しない理由がない。俺は力なく「やります」と返事をした。いや、マジで何でそんなモンが残ってたマジで。

「え、何で残ってるか? うち、この頃カズとのメール全部保護ってたもん」
「マジかよ」
「好きな人からのメールを事故って消しちゃったら大変じゃん」
「このメールって高1のいつ?」
「9月9日って書いてる」
「付き合う前じゃんか」
「ちなみにうちが生徒会時代に学祭で女装コンテストを企画したのはこのメールが発端です」
「あー、何か絶対伊東を出すって気合入れてたなそういや」
「なのに出せなかった! その悔しさやら何やらを全部ぶつける! 大学生の財力と時間とオタクのこだわりを今こそ!」

 本気になった慧梨夏からは逃れる術はない。そもそも黒幕は高ピーだ。大学祭関係の商魂に関わる高ピーの情念は凄まじい。いかにお金を浮かせて打ち上げに回すかということの鬼。完全に退路は断たれていた。

「あっ、そう言えば高ピー、肝心の機材カタログの中身だけど、どんなのがあるの?」


end.


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いち氏に女装ミスコンの件が伝えられました。昨日の話での高崎が「お前明日覚えとけよ」と言ってたのはこのこと。
高崎と慧梨夏が本気になったら逃げられないっていうのはいち氏が一番わかっているので逃げることを諦めた模様。
そして掘り起こされた昔の携帯電話であった。そらいくら昔のこととは言えいいネタを放り投げたいち氏が悪いわなw

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