2018(02)
■限界のライフラッピング
++++
「おい高木、おい! 起きろっていう!」
「う~ん」
星港市の郊外、ベッドタウンとして栄える町に高木は住んでいる。10階建てのマンションはエントランスがオートロック式で、高木の部屋はその6階にある。緑ヶ丘大学までは電車とバスを乗り継ぎ45分。通学より生活を優先した結果の立地。
オートロックなのを信用しすぎるのか本人がだらしないのか。いや、後者だな。高木は玄関の鍵を閉めずに寝ることも多々ある。今日も例に漏れず玄関の鍵は開いていて、念のため借りていた合鍵の出番はなかった。
「ったく、お前が7時半に来いとかバカみたいなこと言うからこっちは始発で来てやってんだぞ! 5時半過ぎの始発でな! 起こしたら起きろ!」
「無理……さっき寝たばっか……」
「知るか! この野郎人の苦労も知らないで」
「あ~」
「クソッ、抵抗だけはいっちょ前だべ」
タオルケットを剥ぎ取ろうとすると、ぐるんと丸まってなかなかそうさせてくれない。つーかすげー力だっていう。腰とかケツとかのあんま痛くないようなところを小突いて刺激を与えつつ、何とかタオルケットを剥ぎ取れないものか。
そもそも、どうして俺がわざわざ始発で高木の部屋に来てこうやって奴を叩き起こしているのかという話だ。今日の日付は9月23日。世間では9月2回目の3連休だ。だけど、緑ヶ丘大学は明日から平常授業。秋学期が始まるのだ。
つまり、そういうことだ。長い休みの間に生活リズムが夜型に固定されてしまった高木が月曜1限からまともに起きられるはずがない。しかもその1限は必修科目の応用英語ライティング。明日に備えて今日から早起きの練習をするんだと。
「台所もちょっと見ない間に汚くなってやがる」
流し台には洗ってない皿が無尽蔵に積み重なっているし、ガスコンロの脇にはチューハイの空き缶が積み上がっている。つか換気扇に届きそうなタワーって。いや、コイツのことだからむしろ積むのを楽しんでやがったな。
もしやと思って玄関にある傘立て代わりのバケツの中を覗いてみれば、こちらにも空き缶やらペットボトルやらがバカみたいに放り込まれている。雨に降られる度に増えるビニ傘をちょっと動かすだけでバケツから空き缶が転がり落ちる。
高木の部屋に出入りし始めた頃はわからなかったけど、入り浸るようになってからは気付いたことがある。もしかしなくてもコイツはめちゃくちゃだらしない奴なんじゃないだろうかと。そして間もなくその疑惑は確信に変わった。
「絨毯の上もよくよく見たらゴミだらけじゃないかっていう……お前こんなトコにおぼん置いて飯食うとかあり得ないっていう」
「へーきへーき」
「クソッ、さっさと出ろこの野郎」
タオルケットの中から「気になるならコロコロしたらいいと思うよ」と返ってきたときにはマジでタオルケットごと包んで粗大ゴミに出してやろうかと思ったし、大体そのコロコロだってあまりの汚さに耐えきれず俺が実費で導入した物だ。
「おい高木、コロコロのテープないっていう」
「ないならもうないんじゃない」
「換えは」
「ない」
「コロコロは毎日使うんだからストックしとけ!」
「毎日はしないよ」
「掃除機かけないなら毎日しろ!」
こんな部屋で過ごしていたら堕落するのも当たり前だし、そもそもコイツの親はどうしてこれに一人暮らしをさせようと思ったのか。必要に駆られれば出来るようになるとでも思ったのだろうか。コイツを見ていて感じるのは、ダメな奴は必要に駆られたところでないならないように順応して生きていけるということだ。
「はー……俺がこの汚さに耐えられんべ。掃除しよう」
「がんばって」
「誰の部屋だっていう!」
相変わらずタオルケットの中でもぞもぞと二度寝を目論む高木は無視して、俺は俺の掃除をする。まず、この水回りの惨状をどうにかしなくては。幸い(?)、このマンションは水道代が定額だ。流し台の掃除をするのに水を流しっぱなしでも罪悪感がない。掃除用に占拠したストッカーの引き出しからキッチンハイターを取り出す。桶にハイター水を作り、あらゆる物をぶち込む。まな板には泡ハイターを。よし、次はコンロだ。
「……エイジ、よくやるね」
「起きたか」
「トイレ」
「つかお前メガネしてないってことは用が済んだらまた寝る気だな。ここまで出てきたんだから顔洗え」
「えー……」
ハッ。高木がタオルケットから出た今がチャンスなのでは。洗濯機は空。やるなら今だ。高木がトイレに入っているうちに、部屋からタオルケットとベッドシーツを担ぎ出し、洗濯機にぶち込む。洗剤と、ワイドハイターEX! スイッチオン!
はっはっは! やってやった! やってやったべ! 夏の間ずーっと同じタオルケットを使ってやがったのは知ってるんだ! 汗やら何やらで絶対汚いし、一度洗わないと気が済まなかったっていう!
「エイジ、何を洗濯してるの?」
「ざまあみろ」
「あっ! タオルケットがない! シーツも!」
「後は寝具の扱いが雑だっつー話を明日のサークルですればいいっていう」
「それは勘弁してください。高崎先輩が怖いので」
「じゃあ俺が飲むコーヒーを淹れろ」
「はーい。あっ、トースト食べる?」
「食う」
ったく。つか、本題は何だったっけ。
end.
++++
久々に本格的にやれたような気がするTKG家の惨状。エイジは神経質なので汚いのに耐えられないよ!
しかし、「タオルケットごと包んで粗大ゴミに出してやろうかと思った」とか。エイジなら本当にやりかねん。
寝具の扱いやら部屋の衛生状態に関してはMBCCには鬼のような人たちがいるからね、怖いね。でもエイジも十分鬼だったね。慣れてるからそんなに堪えないね。
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「おい高木、おい! 起きろっていう!」
「う~ん」
星港市の郊外、ベッドタウンとして栄える町に高木は住んでいる。10階建てのマンションはエントランスがオートロック式で、高木の部屋はその6階にある。緑ヶ丘大学までは電車とバスを乗り継ぎ45分。通学より生活を優先した結果の立地。
オートロックなのを信用しすぎるのか本人がだらしないのか。いや、後者だな。高木は玄関の鍵を閉めずに寝ることも多々ある。今日も例に漏れず玄関の鍵は開いていて、念のため借りていた合鍵の出番はなかった。
「ったく、お前が7時半に来いとかバカみたいなこと言うからこっちは始発で来てやってんだぞ! 5時半過ぎの始発でな! 起こしたら起きろ!」
「無理……さっき寝たばっか……」
「知るか! この野郎人の苦労も知らないで」
「あ~」
「クソッ、抵抗だけはいっちょ前だべ」
タオルケットを剥ぎ取ろうとすると、ぐるんと丸まってなかなかそうさせてくれない。つーかすげー力だっていう。腰とかケツとかのあんま痛くないようなところを小突いて刺激を与えつつ、何とかタオルケットを剥ぎ取れないものか。
そもそも、どうして俺がわざわざ始発で高木の部屋に来てこうやって奴を叩き起こしているのかという話だ。今日の日付は9月23日。世間では9月2回目の3連休だ。だけど、緑ヶ丘大学は明日から平常授業。秋学期が始まるのだ。
つまり、そういうことだ。長い休みの間に生活リズムが夜型に固定されてしまった高木が月曜1限からまともに起きられるはずがない。しかもその1限は必修科目の応用英語ライティング。明日に備えて今日から早起きの練習をするんだと。
「台所もちょっと見ない間に汚くなってやがる」
流し台には洗ってない皿が無尽蔵に積み重なっているし、ガスコンロの脇にはチューハイの空き缶が積み上がっている。つか換気扇に届きそうなタワーって。いや、コイツのことだからむしろ積むのを楽しんでやがったな。
もしやと思って玄関にある傘立て代わりのバケツの中を覗いてみれば、こちらにも空き缶やらペットボトルやらがバカみたいに放り込まれている。雨に降られる度に増えるビニ傘をちょっと動かすだけでバケツから空き缶が転がり落ちる。
高木の部屋に出入りし始めた頃はわからなかったけど、入り浸るようになってからは気付いたことがある。もしかしなくてもコイツはめちゃくちゃだらしない奴なんじゃないだろうかと。そして間もなくその疑惑は確信に変わった。
「絨毯の上もよくよく見たらゴミだらけじゃないかっていう……お前こんなトコにおぼん置いて飯食うとかあり得ないっていう」
「へーきへーき」
「クソッ、さっさと出ろこの野郎」
タオルケットの中から「気になるならコロコロしたらいいと思うよ」と返ってきたときにはマジでタオルケットごと包んで粗大ゴミに出してやろうかと思ったし、大体そのコロコロだってあまりの汚さに耐えきれず俺が実費で導入した物だ。
「おい高木、コロコロのテープないっていう」
「ないならもうないんじゃない」
「換えは」
「ない」
「コロコロは毎日使うんだからストックしとけ!」
「毎日はしないよ」
「掃除機かけないなら毎日しろ!」
こんな部屋で過ごしていたら堕落するのも当たり前だし、そもそもコイツの親はどうしてこれに一人暮らしをさせようと思ったのか。必要に駆られれば出来るようになるとでも思ったのだろうか。コイツを見ていて感じるのは、ダメな奴は必要に駆られたところでないならないように順応して生きていけるということだ。
「はー……俺がこの汚さに耐えられんべ。掃除しよう」
「がんばって」
「誰の部屋だっていう!」
相変わらずタオルケットの中でもぞもぞと二度寝を目論む高木は無視して、俺は俺の掃除をする。まず、この水回りの惨状をどうにかしなくては。幸い(?)、このマンションは水道代が定額だ。流し台の掃除をするのに水を流しっぱなしでも罪悪感がない。掃除用に占拠したストッカーの引き出しからキッチンハイターを取り出す。桶にハイター水を作り、あらゆる物をぶち込む。まな板には泡ハイターを。よし、次はコンロだ。
「……エイジ、よくやるね」
「起きたか」
「トイレ」
「つかお前メガネしてないってことは用が済んだらまた寝る気だな。ここまで出てきたんだから顔洗え」
「えー……」
ハッ。高木がタオルケットから出た今がチャンスなのでは。洗濯機は空。やるなら今だ。高木がトイレに入っているうちに、部屋からタオルケットとベッドシーツを担ぎ出し、洗濯機にぶち込む。洗剤と、ワイドハイターEX! スイッチオン!
はっはっは! やってやった! やってやったべ! 夏の間ずーっと同じタオルケットを使ってやがったのは知ってるんだ! 汗やら何やらで絶対汚いし、一度洗わないと気が済まなかったっていう!
「エイジ、何を洗濯してるの?」
「ざまあみろ」
「あっ! タオルケットがない! シーツも!」
「後は寝具の扱いが雑だっつー話を明日のサークルですればいいっていう」
「それは勘弁してください。高崎先輩が怖いので」
「じゃあ俺が飲むコーヒーを淹れろ」
「はーい。あっ、トースト食べる?」
「食う」
ったく。つか、本題は何だったっけ。
end.
++++
久々に本格的にやれたような気がするTKG家の惨状。エイジは神経質なので汚いのに耐えられないよ!
しかし、「タオルケットごと包んで粗大ゴミに出してやろうかと思った」とか。エイジなら本当にやりかねん。
寝具の扱いやら部屋の衛生状態に関してはMBCCには鬼のような人たちがいるからね、怖いね。でもエイジも十分鬼だったね。慣れてるからそんなに堪えないね。
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