2018(02)
■ポテト・ベネフィット
++++
「――というワケで、芋だ」
思わず「どんなワケだ」とツッコミを入れそうになったが、寸前のところで止める。例によってリンが出所のよくわからない大量の芋をゼミ室に抱えてやって来る季節になったかと。
パッと見で、北辰のじゃがいもと書かれた箱は5箱はある。リンは苦虫を噛み潰したような顔をして、これはまだ第1陣だとドスの効いた声で告げる。よほどこの芋、または芋の出元に強い恨みがあるのだろう。
「前の芋もまだ残ってなかったか」
「残っているな」
「これが第1陣って」
「オレに聞くな。欲しければ好きなだけ持っていけ。モノはいい。一般的な家庭であればジャガイモは需要があるだろう」
「お前を助け過ぎない程度に持ち帰ってやるか。モノはいいし」
リンによれば、情報センターのバイトリーダーがリンをはじめとしたスタッフに芋を押し付けまくるそうだ。何でも、親戚が各地で芋農場をやっているとか。しかし、その量が尋常ではなく、文字通り芋に押し潰されて死ぬ次元。
箱ごと持って行っていいのだぞという誘いは、丁重に断る。確かに北辰のジャガイモ10キロ1ケースを買おうとすれば結構な贅沢ではあるんだろうけど、それではリンを助けることになってしまう。俺はコイツが酷い目に遭っているのを見て楽しみたい。
「……でも、前の芋を、食べてしまわないと……」
「その問題がある。美奈、何か芋を大量に消費出来そうなメニューはないか」
「……お好み焼き……」
「ほう。またここではあまり食わんメニューだな。興味深い」
「お好み焼き? 山芋ならよく聞くけど、ジャガイモは」
「……お好み焼きと言うくらいだから、食べられれば問題ない……」
言うが早いか、美奈は白衣を羽織り流し台の前に立った。俺とリンも手伝うように促され、共に白衣を羽織る。これから始まるのは実験のようだが、単純に夕飯の調理だ。手元には先の芋の季節にリンが押し付けられた物の残り。
俺はスライサーでジャガイモを薄くスライスする仕事を、リンはおろし金でジャガイモをすりおろす仕事を任された。その間に美奈がこんなゼミ室でも揃う材料を見極め、準備していく。お好み焼きの材料になりそうな物が果たして揃うか。
「キャベツは、ある……玉ねぎ、人参……あっ。……徹」
「どうした」
「……こないだの、ベーコン。使っていい…?」
「むしろ使ってくれ」
「ありがとう……」
先日ナポリタンを作った残りのベーコンやスライスチーズ、ツナ缶などなどこの場にいる人間が所有する物や無記名の物を拝借してお好み焼きの具を選定していく。俺とリンの腕が張ってきた頃、ようやく芋を擦る仕事から解放された。
俺はリンの擦った芋と小麦粉やだしなどの材料を合わせていき、美奈は俺のスライスしたジャガイモなどの具をひたすら千切りにしていく。それらを合わせればタネが完成した。これを焼くと確かに美味そうだ。何より、先の芋を結構使った。
「……焼きます」
油を敷いたフライパンにタネを流すと、ジュウと音を立てて焼けていくのが分かる。フライ返しを握りコンロの前で仁王立ちする美奈の頼もしいことこの上ない。美奈が作る物だから、味は保証されているような物だ。
「お好み焼きを焼くコツは、我慢すること……そう、教わった」
「おばさんからか?」
「菜月から……」
「え、まさか奥村さんだとは思わなかった」
「こないだ、一緒に遊んだ……ランチがお好み焼きで、菜月が焼いてくれたときに、コツを……」
奥村さん曰く、フライパンで焼くときは気持ち小さめに形作ること。それから、ヘラでパチパチ叩くと中の空気が抜けてふっくらしないそうだ。豚バラ肉(今回はベーコンで代用)は、ひっくり返す直前に乗せること。
優しくひっくり返したら、フライパンに蓋をしてしばし蒸し焼きにする。こうすることでひっくり返したときに下がったフライパンの温度をまた素早く上げて、中まで熱を通すそうだ。とにかく触らずに、ひたすら待つ。我慢が大事なんだそうだ。
よく見ると、タネを混ぜるところから既に奥村さんの教えを忠実に守っているというのがわかる。タネは1枚分ずつボウルに移し、空気を混ぜるようにすばやく混ぜて焼く、というポイントもしっかり押さえてある。
「菜月が焼いて、味付けをして、切り分けるところまで、全部やってくれた……」
「美奈が全部やってもらうって、そうそうないんじゃないか?」
「お好み焼きには、自信があるんだと思う……私にお皿を出してくれた時の顔が、本当に可愛くて……」
――などと、お泊りデートの惚気話(相手が男だったら殺しているところだ)を聞いている間にお好み焼きがしっかりと焼けていた。それを美奈が切り分けて、ソースなどで味付けをして俺たちに出してくれる。
「どうぞ……」
「美奈、食べないのか?」
「次を焼くのに、忙しい……」
「言っても俺たちは多分まだ食べるぞ。次に焼いたのは美奈が食べたらいい。そしたら俺が代わるし」
「ありがとう……まずは、熱いうちに食べて……」
「そうさせてもらう」
で、全ての元凶のリンは早々に食ってやがるし。ったくこの男は。
end.
++++
……毎度おなじみの季節がやってきました。情報センターから岡本ゼミに芋が流れて来るのももはや通常運転のようです
そして美奈がたまにはゼミ室でもラーメン以外の物、それも結構変わった物を作ってくれるということで男たちが助手です。
でも兄さんがこないだ作ったというナポリタンの件も気になるね。兄さんは何気に岡本ゼミの中じゃ料理が出来る方だぞ!
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「――というワケで、芋だ」
思わず「どんなワケだ」とツッコミを入れそうになったが、寸前のところで止める。例によってリンが出所のよくわからない大量の芋をゼミ室に抱えてやって来る季節になったかと。
パッと見で、北辰のじゃがいもと書かれた箱は5箱はある。リンは苦虫を噛み潰したような顔をして、これはまだ第1陣だとドスの効いた声で告げる。よほどこの芋、または芋の出元に強い恨みがあるのだろう。
「前の芋もまだ残ってなかったか」
「残っているな」
「これが第1陣って」
「オレに聞くな。欲しければ好きなだけ持っていけ。モノはいい。一般的な家庭であればジャガイモは需要があるだろう」
「お前を助け過ぎない程度に持ち帰ってやるか。モノはいいし」
リンによれば、情報センターのバイトリーダーがリンをはじめとしたスタッフに芋を押し付けまくるそうだ。何でも、親戚が各地で芋農場をやっているとか。しかし、その量が尋常ではなく、文字通り芋に押し潰されて死ぬ次元。
箱ごと持って行っていいのだぞという誘いは、丁重に断る。確かに北辰のジャガイモ10キロ1ケースを買おうとすれば結構な贅沢ではあるんだろうけど、それではリンを助けることになってしまう。俺はコイツが酷い目に遭っているのを見て楽しみたい。
「……でも、前の芋を、食べてしまわないと……」
「その問題がある。美奈、何か芋を大量に消費出来そうなメニューはないか」
「……お好み焼き……」
「ほう。またここではあまり食わんメニューだな。興味深い」
「お好み焼き? 山芋ならよく聞くけど、ジャガイモは」
「……お好み焼きと言うくらいだから、食べられれば問題ない……」
言うが早いか、美奈は白衣を羽織り流し台の前に立った。俺とリンも手伝うように促され、共に白衣を羽織る。これから始まるのは実験のようだが、単純に夕飯の調理だ。手元には先の芋の季節にリンが押し付けられた物の残り。
俺はスライサーでジャガイモを薄くスライスする仕事を、リンはおろし金でジャガイモをすりおろす仕事を任された。その間に美奈がこんなゼミ室でも揃う材料を見極め、準備していく。お好み焼きの材料になりそうな物が果たして揃うか。
「キャベツは、ある……玉ねぎ、人参……あっ。……徹」
「どうした」
「……こないだの、ベーコン。使っていい…?」
「むしろ使ってくれ」
「ありがとう……」
先日ナポリタンを作った残りのベーコンやスライスチーズ、ツナ缶などなどこの場にいる人間が所有する物や無記名の物を拝借してお好み焼きの具を選定していく。俺とリンの腕が張ってきた頃、ようやく芋を擦る仕事から解放された。
俺はリンの擦った芋と小麦粉やだしなどの材料を合わせていき、美奈は俺のスライスしたジャガイモなどの具をひたすら千切りにしていく。それらを合わせればタネが完成した。これを焼くと確かに美味そうだ。何より、先の芋を結構使った。
「……焼きます」
油を敷いたフライパンにタネを流すと、ジュウと音を立てて焼けていくのが分かる。フライ返しを握りコンロの前で仁王立ちする美奈の頼もしいことこの上ない。美奈が作る物だから、味は保証されているような物だ。
「お好み焼きを焼くコツは、我慢すること……そう、教わった」
「おばさんからか?」
「菜月から……」
「え、まさか奥村さんだとは思わなかった」
「こないだ、一緒に遊んだ……ランチがお好み焼きで、菜月が焼いてくれたときに、コツを……」
奥村さん曰く、フライパンで焼くときは気持ち小さめに形作ること。それから、ヘラでパチパチ叩くと中の空気が抜けてふっくらしないそうだ。豚バラ肉(今回はベーコンで代用)は、ひっくり返す直前に乗せること。
優しくひっくり返したら、フライパンに蓋をしてしばし蒸し焼きにする。こうすることでひっくり返したときに下がったフライパンの温度をまた素早く上げて、中まで熱を通すそうだ。とにかく触らずに、ひたすら待つ。我慢が大事なんだそうだ。
よく見ると、タネを混ぜるところから既に奥村さんの教えを忠実に守っているというのがわかる。タネは1枚分ずつボウルに移し、空気を混ぜるようにすばやく混ぜて焼く、というポイントもしっかり押さえてある。
「菜月が焼いて、味付けをして、切り分けるところまで、全部やってくれた……」
「美奈が全部やってもらうって、そうそうないんじゃないか?」
「お好み焼きには、自信があるんだと思う……私にお皿を出してくれた時の顔が、本当に可愛くて……」
――などと、お泊りデートの惚気話(相手が男だったら殺しているところだ)を聞いている間にお好み焼きがしっかりと焼けていた。それを美奈が切り分けて、ソースなどで味付けをして俺たちに出してくれる。
「どうぞ……」
「美奈、食べないのか?」
「次を焼くのに、忙しい……」
「言っても俺たちは多分まだ食べるぞ。次に焼いたのは美奈が食べたらいい。そしたら俺が代わるし」
「ありがとう……まずは、熱いうちに食べて……」
「そうさせてもらう」
で、全ての元凶のリンは早々に食ってやがるし。ったくこの男は。
end.
++++
……毎度おなじみの季節がやってきました。情報センターから岡本ゼミに芋が流れて来るのももはや通常運転のようです
そして美奈がたまにはゼミ室でもラーメン以外の物、それも結構変わった物を作ってくれるということで男たちが助手です。
でも兄さんがこないだ作ったというナポリタンの件も気になるね。兄さんは何気に岡本ゼミの中じゃ料理が出来る方だぞ!
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